第10話-身分証を手に入れた

「ほれ、カリスさん。もうすぐ街じゃぞ」


 行商人マイクさんの声に顔を上げると目の前に街の門が立ちはだかっていた。


 石のブロックを積み上げたような壁で街の陸地側をぐるりと囲んでおり、街道が伸びる先に門がある。その入口には槍を持った兵士が二人。

 門に木の扉はあるが昼間のためか開け放たれている。

 その門の中にカウンターのような場所が設置されており、そこにも剣を持った兵士が二人立っていた。


 マイクさんの馬車は門の中へスピードを落として入っていき、前の馬車が進んで街中に入った後を追い、カウンターの前で停車する。


「次。身分証」

「こちらに」


 兵士はマイクさんが出した身分証と通行税を受け取り羊皮紙のようなもので作られた巻物に記帳している。


「いつもご苦労さん。マイクさん今日は例の酒仕入れて来てくれたんか?」

「ほほ、もちろんじゃ。あとで売りに来るから頼むぞい」

「あぁ、あの酒はスルートでしか買えないからな」

「たんまり買ってくれると助かるんじゃがな」


 兵士は笑いながらマイクさんと話をしながら何かを記帳している。

 なるほど行商人ということはそれなりに顔を合わせているからだろうか、この兵士とは知り合いのようだ。

 兵士はマイクさんに身分証を返却し、珍しいものを見るような視線を私に向ける。


「マイクさんが一人じゃないなんて珍しいこともあるんだな」

「あぁ、ちょっと荷運びを手伝ってもろたんじゃ。腰を痛めての。知り合いの娘じゃ。ほれ、


 マイクさんが私に向き直り私を呼び捨てにして通行税を出すように促す。


(あれ、さっきまで「カリスさん」って……あっ)


 突然のことだったが何とか意図を察することができた。

 私は表情を取り繕って慌てないようにポケットから銀貨を一枚取り出し、兵士に渡す。


「あっ、これ通行税です。あと身分証は無いのですが、これでもいいですか……?」


 兵士は私が差し出したものを怪訝な顔で受け取ると、それに視線を落とす。


「ネームカード……? 第三分隊のドス……あぁ、あいつか」

「はい、森で狩りをしている時に助けてもらいまして」

「あいつまた森に突撃させられてるのかよ。そういえば脱獄犯の手配が回って来てたが、それの件か……」


 兵士の口から『手配』と聞いて心臓がドキッと跳ねる。

 私は胸に手を置き、深呼吸をしてなんとか落ち着かせる。


「よし。行って良いぞ。もし今後も街を移動するなら何か身分証は作っておいた方が便利だぞ」


 兵士はそう言いながら片手でネームカードを渡してくるので私は身を乗り出して片手で受け取る。

 身分証の他に一枚の藁半紙のような紙を差し出してくるので合わせて受け取った。


「これは?」

「さっき言った手配書だ」

(――!?)


 紙を広げてみると、そこには……。


『生死不問 死刑囚クリス・ガメイ /金貨二百枚または五十枚 /ホド男爵』

『金髪で長髪 金眼 十七歳 女 魔法色は赤……』


(ホド男爵……)


 私は愛想笑いを浮かべながら兵士に礼を言うと、マイクさんが「じゃぁ後で売りに来るからの」と兵士に言いながら馬車を発車させた。


 ◇◇◇


 スリーズルは港町と呼ばれるだけあって、沢山の船が停泊しているのが見える。

 帆船から漁船まで様々船が並んでいた。


 町並みは見たところ二階建て以上の高さの建物はなく、煉瓦造りと木造の建物が混在している。


 道には石畳が敷かれ、その上をガタガタと馬車は進んでゆく。


「あのっ、先ほどはお気遣いありがとうございました」

「ほほ、気にせんでええ。商人は持ちつ持たれつじゃ」

「ふふっ、じゃあ今度どこかでお礼しますね」


「……。それにしてもネームカードなんぞよく持っておったの」

「その、偶然頂いたので……」

「そうか……」


 マイクさんがそれっきり黙り込んでしまうので、私は流れる街の風景を御者台の上から眺める。


 大きな木箱を持った水夫や、荷台いっぱいに荷物を乗せた商人があちこち歩いており、とても賑やかな雰囲気だった。


 人間以外にも獣人……たしかセリアンスロープと呼ぶのだったかな。頭から犬のような耳を生やしたおじさんや、肌がトカゲのようなお姉さんなども歩いており、私は物珍しさでキョロキョロとし、一つの結論に至った。


(ホントにあのゲームとは違う世界なんだ)


 私が最後に遊んでいたアプリには獣人のような亜人は登場していない。先日思い至った通り、ここは似ているだけで完全に他の世界だ。


 そんな事を御者台で考えていると、一軒の建物の前で馬車が止まる。


「ほれ、ここで身分証が作れるからそこまでは付き合おう」

「え? あっ、ありがとうございます」


 煉瓦造りの大きな建物で、入口には『スリーズル行政事務所』と書かれていた。


 マイクさんは馬車を道端に止め、馬留に馬を繋ぐとスタスタと中へ入って行く。

 私はキョロキョロしながらも遅れないように後ろをついていった。


◇◇◇


(なんか町役場って感じだなぁ~)


 マイクさんが最初にカウンターで受付をして戻ってきたので、ロビーの椅子に二人で並んで座る。


 「……」

 

 マイクさんは押し黙ったまま何も喋らないので少し気まずさを感じる。

 しばらくロビーで待っているとマイクさんの名前が呼ばれたので、二人でカウンターへ向かった。


「マイクさん、今日はどうしました?」

「この子、ワシの知り合いの娘さんなんじゃが、山奥の出での。身分証を作ってやって欲しいんじゃ」


 受付の女性が私のことをじっと見つめる。

 そしてチラリとカウンターの仕切りに貼り付けてある紙に視線を向けた。


(――っ!?)


 そこにあったのは私の人相書き。

 丁寧に顔の絵まで書かれている。

 その絵はスケッチほど上手く描いてあるものではなかったが、良く特徴をを捉えた絵だった。


「失礼ですがお名前は?」


 私に視線を戻した受付嬢が少し厳しい顔つきで問いかけてくる。

 そこには明確な疑いの感情が浮かんでいた。


「えっと。カリスと言います」

「ほれ、その手配されている人相によく似ておるじゃろ? 間違われたらかなわんので、身分証を作っておいてやりたくての」


 敢えて相手の疑いに乗っかりつつ、それを利用して言い訳をする良い手だと思った。


「あ、あぁ、そういう事ですか。えっとカリスさんは何か名前の書かれた公的な文章とかお持ちですか?」

「えぇっと、ネームカードでもいいんですか?」

「ごめんなさい。ネームカードだと身分証は作れないの。せめて貴族の方からのネームカードを合わせて二枚以上無いと証明にならなくて」


「わしも出すから、それでなんとかならんかの?」


 マイクさんが受付嬢に食いつくように詰め寄る姿を見て、私は咄嗟にポケットからもう一枚のカードを取り出す。


「あのっ、これを……」


カウンターの上に『中央軍第三分隊隊長ドス・グレイス / カリス』と書かれているネームカードと『フレンダ・フォン・オーガスト / カリス 』と記載された二枚を置いた。


「拝見します……オーガスト家の方とお知り合いなんですか?」

「フレンダには昔お世話になりまして」


 私はそんなことを言いながら用紙に名前と年齢を記入し、受付嬢に手渡す。

 名字の欄はなんと記載しようかと悩んだが、とりあえずそれっぽい名前を記載する。


「承知しました。ではこちらで受理させていただきますのでしばらくお待ちください」


 受付嬢が二枚のカードを持って奥へ向かって行く。

 私はその後ろ姿を見て大きく息を吐いた。


「なかなか良いものを持っておったの。いざとなれば役所との取引停止を持ちかけてごり押そうと思ってたんじゃが」

「そっ、そこまでしてして頂くわけには。それにフレンダにお世話になったのは本当ですから……ずっと感謝しっぱなしです」

「そうか……」


 マイクさんはまた何かを考え込むように黙り込んでしまう。


◇◇◇


「お待たせいたしました。こちらがカリスさんの正式な身分証になります。この国でしか有効では有りませんので気を付けてください」


 受付嬢が戻ってきて一枚のシルバーのプレートを差し出してくる。

 プラスチックではないだろうと思うが、不思議な触感のカードだった。


『カリス・ガメイラ /女性 /スルート王国暦375年生まれ /スリーズル行政区』


 そう記載されたカードには仰々しい印が押されている。

 本来のガメイという家名に似せすぎたかな?と思ったが、問題なく通った。


(似ているほうが、ポロッと口走っちゃったときとかに色々と便利だし……)


「ありがとうございます」

「では手数料として金貨五枚になります」

「えっ……!?」


 まさかの有料!

 でも「それもそうか」とすぐに納得するが、銀貨どころか銅貨すら持っていないのに金貨なんて当然持っていない。

 どうしようかと焦っていると、スッと隣にいるマイクさんが金貨を五枚カウンターへと置いた。


「確かに受領いたしました。マイクさん明日の販売はいつもの時間で?」

「ああ、いつもの時間にはくるよ」


(え……マイクさんさっきは銀貨一枚でも貸すことは出来ないって……)


 マイクさんは「それじゃあの」と言ってスタスタと出入り口へと歩き出す。

 私は状況が理解できず、慌ててその後ろをついていった。

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