第11話-身分証を手に入れた②

 私は慌てて入り口へと駆け外に出ると、御者台に登ろうとしてるマイクさんの背中に声をかけた。


「あのっ……どうしてお金を」


 街に来る前、マイクさんは『商人たるもの担保なしで金は貸せない』とはっきり言っていた。それなのにポンっと金貨五枚も差し出したマイクさんの行動が理解できなかった。


 私は「市場まで乗って行きなさい」と一言だけ言ったマイクさんの隣に腰掛け、馬車が走りだすとマイクさんはやっと重い口を開いた。


「のう……カリスさんはこっからどこへ行って、何をしようと思っておるんじゃ?」


「え……っと」


「……これは独り言なんじゃがな……」


そこまで言って再び口をつむぐマイクさん。

話をしてもいいのか悩んでいる様な雰囲気だった。


「……わしは若い頃……な。……ガメイ伯爵に助けられての。そのおかげで今こうやって行商が出来ておるんじゃ」


「お父様に!? ……あっ」


 私は吃驚してつい口走ってしまい、慌てて自分の口を押さえキョロキョロと周りを見渡す。


「ほほ……気にせんで良い。わしはその恩を返したいと、今でもこうやって隠居もせず行商を続けておる」


 優しく微笑みながらそう話すマイクさんの言葉。先程までの重い雰囲気とは裏腹な穏やかな話し方だった。


「そんなボロボロの傷だらけになって……ここまでどんな目にあったかは想像もできん。だが、わしはあんたを信じておる」


 マイクさんが優しい表情になり、私はその顔を見ているだけで自然と涙が溜まってゆく。


「うぅ……あり……ありがとうございます……うぇぇ…」


 両手で顔を押さえる私の背中を、マイクさんがシワだらけの手でポンと叩く。


「わしにできることは限られているが、いま何が必要じゃ?」

「ぐすっ……一つだけ教えて欲しいことが……。おとう……ガメイ伯爵はいまどうしているか知っていますか」


「伯爵と伯爵夫人は行方不明じゃ。屋敷は閉ざされ使用人もいとまを出されたと聞いた」

「……そんな」


「スルツゥェイの別宅も誰もいないと聞いたが……そこに行くんじゃろ?」

「はい……」

「じゃぁこれを持って行きなさい」


 マイクさんは馬車を止め、荷台にある木箱から魔法使い用のローブと杖、小さなバッグを取り出した。


「こんな高価なもの頂くわけには」

「要らなければ売って路銀にすればええ。じゃが首都を経由せずスルツゥェイに向かうなら険しい山道じゃろ。ちゃんとした服装の方がええ」


 私はマイクさんの言葉に甘え、ありがたくローブと杖、バッグを両手で受け取った。


「それとこれを貸しておこう」

「これは?」


「中に金貨二枚と銀貨三十枚入っておる。口約束で期限は設けん。無理のない範囲で返してくれりゃそれでええ」

「――っ! あっ、ありがとうございます」


「本当は返さんでもいいんじゃが、その方が気が楽じゃろ」

「ふふっ、確かにそうかもしれません」


「それとこれも渡しておこう」


マイクさんが胸ポケットから取り出したのは『スリーズル商人ギルド マイク・フォーカス /カリス』と書かれたネームカードだった。


 ◇◇◇


「お世話になりました」


 私は馬車を降ろしてもらった宿屋の前で、マイクさんに頭を下げた。

 マイクさんは「体に気をつけての」と寂しそうな表情で、手を振ると馬車を発車させた。


 私はマイクさんの馬車が見えなくなるまで見送ったあと、降ろしてもらった宿屋の隣にある雑貨店で服や靴を買い揃えた。


 ローブの下に着るシャツと革のショートブーツ。下着。本当に最低限だけれど今はこれで十分だ。


 お会計を済ませ、その足で隣にある宿屋へ向かう。

 ここの宿屋はお風呂もついており、評判が良いとマイクさんお勧めの宿だった。


「らっしゃい」


 外から見たときはレンガ造りだったが、中は白木の板が天井から壁、床まで打たれており、森の中のような優しい香りのする内装の宿屋だった。


「すいません、マイクさんに紹介されてきました。とりあえず一泊お願いします」

「マイクの爺さんか。なら一泊銀貨十枚でいい」


 私は礼を言い、作ったばかりの身分証をカウンターに提示してから、革袋から銀貨を十枚取り出して宿屋のおじさんへ手渡す。

 そのまま部屋の鍵を受け取り、二階の部屋へと向かった。


「ここかな……?」


 木造の扉についている鍵を開けて、そっと扉を開けて中に入るとベッドとテーブルが置かれただけのシンプルな部屋だった。


 しかしちゃんと部屋の中に小さい扉がついており、その先にシャワーと木造りの風呂釜がついていた。


 シャワーや給湯は魔力を通せばお湯が出る蛇口がついている。

 これは魔力がほとんどない人でも使えるらしい。


(こう言うの誰が作ったんだろうなー……凄いなぁ……)


 私はゲームや小説でよく見るような設定だなと考えながら蛇口に触れ、まずはお風呂にお湯を貯め始めた。


 そしてお湯が溜まるまでの間、買ってきたものをテーブルに並べて整理する。


 下着にシャツとズボン。手首の傷を隠すシュシュのような髪留め。あとはショートブーツと……頂いたローブに杖。それと小さなバッグ。


 自分で採取した干物と木の実、キノコ。


 金貨一枚と銀貨が四十枚。


 ネームカード三枚に身分証。


 これが私の全財産で、私の全てだ。


「はぁ〜マイクさんとフレンダには頭が上がらないなぁ……ドスっていう兵士さんもありがとう、騙されてくれて」


 身分証を見つめながら、別れたばかりのマイクさんと、メイド服を着た素っ気ないフレンダの顔を思い浮かべてしまう。


「……ぐすっ……うぇぇ……」


 最近妙に涙脆くなった気がする……。



◇◇◇


「ふぁぁ〜……ぁぁぁっ……気持ちいいっ」


 ザバンと湯船に頭まで浸かり伸びをする。


「あっ……あーだめ……このまま寝ちゃいそう……」


 風呂釜の隣りにある小さな洗い場スペースに座り、頭を洗ってから身体を洗う。

 新しい方の腕の傷は赤く腫れ上がり、随分と酷い見た目になっている。


「……そのうち治るかな」


◇◇◇


 たっぷりとお風呂に浸かり、手の皮が少しふやけてきた頃に、少し名残惜しいがお風呂を出て買った古着に着替える。


 外はまだ明るいが今夜はベッドで寝れると思うと、我慢できずそのままベッドに入った。


 「はぁぁぁ〜……お布団ってこんなに気持ちよかったんだっけ」


 少しの間、これからどうしようかと考えていたのだが、気がつけば眠りに落ちていたのだった。


――――――――――――――――――――


 脱獄から十五日目。

 私が起きた時、既に日は高く登っていた。


「ビックリするぐらい寝ちゃった……」


 私は慌ててローブを羽織り、荷物をバッグに詰めて杖を持って一階に降りる。

 そのまま、宿の人にマイクさんによろしくお伝えくださいと言って宿を出た。


「まずはスルツゥェイまで向かって情報を集めよう」


 報奨金を出しているホド男爵。

 聞いた情報をそのまま繋げるなら、娘が虐められた逆恨みで第二王女を殺して私を嵌めたのはこいつだろう。


 行方不明というガメイ伯爵夫婦。

 私が脱獄したので処刑を恐れて雲隠れをしたのだろうか。無事で居てほしい。


 集める情報はまずはこの二点。

 身分証も手に入れたし、手首を見られて魔力反応を詳しく調べられない限り大丈夫だろう。



「あれ?」


宿を出てすっかり高くなった日差しを浴びながらそんな事を考えていると一つの疑問に行き当たる。


「……マイクさんはどうして私がクリスだと気づいたの? クリスも会ったことないよね……」


 魔力反応……? そんな気配はなかった。

 瞳の色も違うし髪も切ってるけれど……。普通に顔つきが両親に似ているとか?


 クリスは一般的な成人女性としての知識は持っているが、所詮は伯爵家の箱入り気味の令嬢である。


 この世の中にはまだまだ知らないことが多すぎる。

 もし人の名前を知るような魔法やスキルがあってもおかしくはない。


「でもそれならこんな身分証はあっても意味が無くなるしなぁ〜……」


 結局答えの出ないまま、私は少しキョロキョロと人の目を気にしながら街の門へと続く通りを歩く。


 街の入口門では昨日見た兵士が立っていて私の顔を見ると覚えられて居たらしく、「身分証作ったんだな」と声をかけてきた。


「おかげさまで作れました」

「そいつはよかった。最近魔獣が多いから気をつけな」


 私は何食わぬ顔で兵士に別れを告げ、街の外へ出た。

 最初は船でスルツゥェイまで向かおうと考えたが、逃げ場のない船上より陸地を隠れながら進むことを選択したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る