第03話-脱出計画
「ん……」
どれぐらい眠っただろう。
石の床で眠っていたので、身体中が固まったかのように痛い。
明かり取りの小窓から漏れる光は明け方のような明るさで、小鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。
扉の前には食事が二回分置かれていた。
今まで気絶するまで魔法を使っていたため、疲れが溜まっていたのだろう。
しかしそれはつまり。
(日が登ったら死刑……手を切られて、足を切られて……火をつけられて…………あのまま目を覚まさず消えれたら良かったのに)
あと数時間でその時間がやってくる。
おそらく今頃王宮前広場には処刑台が用意されているだろう。
唯一の逃げ道の小窓には強力な電撃魔法が付与されている。
完全にどうすることもできなかった。
「……消えれば?」
しかしふと、頭の隅に一つの魔法のことを思い出す。
何度練習しても魔力不足で使えなかった魔法があった。
魔力が増えたからといって、今も使えるかどうかは判らないし、どれぐらいの時間持続するのかも判らない。
「それでも最後の最後まで足掻こう……!」
私は寝台の下に潜り込み、その時を待った。
――――――――――――――――――――
――ドンドンッ!
日が完全に登った頃、扉が激しくノックされ、鍵を開ける音がする。
私は寝台の下で息を殺し、魔法を詠唱した。
失敗したらそれで死刑。絶対に成功させなければならないプレッシャーに胃がきゅっと痛みを訴えだす。
私は目をつむり、今までで一番神経を集中させて魔法を唱えた。
「【
その瞬間、あたりの景色が全て色あせたように見え、自分の存在感が極限までゼロに近くなる。
――ガチャ
そして扉が開かれるのはほぼ同時だった。
「おい! いい加減に……おい」
「どうした?」
いつもの筋肉質の兵士の後ろから女性兵士が声をかける。
「だっ、脱獄だ!」
二名が笛をけたたましく吹き鳴らし、外に知らせると部屋に雪崩れ込んでくる。
彼らは寝台の布団を剥がし、私が寝転んでいる寝台の下を覗き込む。
目が合うと声を出してしまいそうになるので、目をギュッと閉じる。
しばらく部屋中をバタバタと歩き回る音がして、兵士たちは扉を開けたまま出て行った。
◇◇◇
私はそっと寝台の下から這い出すと、魔法の効果が切れないうちに扉を出て、足裏に冷たい石の感触を感じながら階段を駆け上っていく。
「おい! いたか!?」
「いや、痕跡もない」
「絶対に見つけ出せ! 昨日の夜には寝ているところを見ているんだ!」
「おいっ! 魔法で隠れてる可能性も考えろ! 扉に鍵をかけて魔法使いを呼べ!」
そんな兵士たちの声を聞きながら、二階分の階段を上がっていく。
しばらく運動をしていないためか、単に栄養不足か、途中何度も転び膝から赤い血が垂れてくる。
途中兵士が通過する度に壁にくっつき、なんとか地上階であろうフロアまで上がってくることができた。
階段を抜けると鉄格子がはめられている窓があり、外の景色を初めて見ることができた。
(すごい……はぁ……はぁ……)
窓の外にはきれいな花壇が広がっており、隙間から花の甘い香りが鼻をくすぐる。
しばらくお風呂に入っていないため、逆に自分の体臭が気になってしまう。
「いたかっ!?」
「いや見つからない!」
(はぁ…はぁ……まっ、魔力が……隠れないと)
どこかで隠れて魔力を回復させないと、このままでは魔法の効果がきれて見つかってしまう。
折角手に入れたチャンスを無駄にするわけにはいかなかった。
足を引きずり物置や倉庫がありそうな部屋を片っ端から探す。
(ここもだめ……)
窓のない通路へと移動して、ぼろい扉のノブを回すがどこも鍵がかけられており、開くことはなかった。
(だめっ……効果が切れる!)
身体の中からじわじわと減っていく魔力が、ついに減り止まる感覚が襲ってくる。
そのとき背後から兵士たちの慌ただしい声が聞こえる。
私は
◇◇◇
そこは真っ暗で小さな部屋だった。
明かりもなく、床に布の塊がいくつか並べられていた。
(なにこの匂い……)
私は、扉が開いても影になる壁際に身を張り付かせ、そこで立ったまま目が慣れるのを待った。
どれぐらい時間が経っただろう。扉の前を兵士が通り過ぎるたびに心臓がバクバクと音を立てる。
一度キィと扉が開き誰かが中を覗き込んだときは生きた心地がしなかった。
体感で約一時間。
ようやく部屋の全体がうっすらとわかるようになってきた。
しかし魔力は一向に回復していない。
出口までどれぐらいの距離があるのか判らない。
(できるだけ魔力を回復させておきたい)
見つかり難くなるならと、部屋の布包みに紛れて休憩をしようと一番奥の包みに手を伸ばす。
「ひっ――」
布に包まれていたのは一人の遺体。
私と同じ服を着込んだ女性だった。
腐敗防止の薬を使ってあるのか、目は窪んでいるが臭い以外は綺麗なものだった。
(すいません……少しの間だけお邪魔させてください)
私はそう心の中で祈ってその遺体に寄り添いうように寝転び布を纏う。
そのまま少しでも回復が早くなるよう目を閉じた。
――――――――――――――――――――
時間は真夜中。
脱走した囚人の捜索は範囲を広げ、逆に監獄内の兵士の数が減っていた。
(そろそろいけるかな)
このまま朝を迎えて、この遺体を火葬するために部屋に兵士が入ってきては元も子もない。
ここから出てもどこに逃げれば良いのかは判らないが、ここに隠れ続けても確実に見つかってしまう。
(行こう)
私は自分自身に言い聞かせ、折れそうな気持ちを奮い立たせる。
「【
魔法が問題なく発動するのを確認すると、扉をそっと開ける。
風で開いてしまったような速度で、誰に見られても不審がられないように。
少しだけ隙間が空いた扉から廊下を見ると、真っ暗な廊下には所々ランプが灯されていた。
(まずは出入り口。それで見つからなかったら最悪もう一度ここに戻ろう)
私はそう決め誰もいない廊下へと踏み出した。
(はっ――はっ――)
先ほどから兵士とすれ違うたびに心臓が破裂しそうにる。
見つかった瞬間、その場で斬られるか魔法で焼かれるか、牢屋に戻されるか。
自分の胸を押さえながら、一歩一歩少しずつ少しずつ廊下を彷徨っていく。
そうして彷徨い歩くこと二十分ほど立った頃、外に繋がると思わしき重厚な扉が目に入った。
◇◇◇
(ここまできたのに……)
鉄でできたような扉の前には兵士が五名、剣をもったまま直立不動で立っていた。
少しの間様子を見ていると、入退出するものを見張っているようだった。
兵士も兜を取り身分証を見せてから通っているのが見えた。
(……戻るルートは多分大丈夫)
私はそのまま踵を返し、重い足を引きずりながらあの暗い部屋に戻ることにした。
◇◇◇
その部屋を見つけたのは偶然だった。
偶然少しだけ扉が開いていたので覗いてみたら、真っ暗で誰もいなかった。
掃除用具が詰められた三畳ぐらいの部屋。
まだ魔法の効果が残っていることを確認し、部屋にそっと入ると内側から鍵がかけられるようになっている扉。
廊下から差し込む明かりで照らされた天井には小さな扉が付いていた。
(点検口ってやつかな……)
私は扉の鍵を後ろ手に掛けて鍵をかける。
「【
小さく呟くと体が浮遊感に包まれる。
少しずつ慎重に天井に近づき扉をそっと押すとガコッと外れる。
恐る恐る顔を近づけ、頭を入れてみると予想通り天井裏のような場所だった。
(やった!)
そのまま身体を滑り込ませて扉を元に戻すと、妙に埃っぽい空気が漂う。
「【
ほのかに照らされるその場所はやはり天井裏で、辺りを見回すと柱や梁が見える。
所々灯りが漏れているのは誰か部屋にいるのだろう。
「だめだ……少し眠りたい」
誰にも見つからない場所に着いた安心感からか、一気に体に疲れが襲ってくる。
私は梁にもたれ掛かるようにして目を閉じたのだった。
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