第04話-遭遇
翌朝。
辺りは闇に包まれているため朝かどうかもわからない。
しかしお腹の虫だけは状況を考えず催促をしてくる。
ご飯を食べておけばよかったと後悔するが、今更どうしようもない。
着ているボロを細かくちぎり少しだけ腹に詰め込む。
喉の渇きは排泄物を服に染み込ませて、絞って飲んで紛らわせた。
(先週までの私が聞いたらびっくりするだろうなー)
しかし、もはや気力も体力も限界に近く、睡眠を取っただけではどうしようもなくなってきていた。
(今夜、何としても脱獄する……)
私は無理やり意気込んで頭を働かせる。
(でもどうやって?)
まずこの屋根裏を伝って、吸気口を見つけよう。
それから、夜になったら外に出て【
【
(だけど魔法使いが出てきたら簡単に看破されちゃう)
それに問題がもう一つあった。
(二つの魔法を同時に……)
魔法の効果が出ている時に他の魔法を使う『
(それにもし結界があったら、触れた瞬間に焼け焦げちゃうよね……)
それでもここまできたら行くしか無い。
私は音を立てないように【
外壁がある方向はわかる。
でも先ほど廊下で見た窓から見えた景色を思い出し、日が差し込んでいた方向を考える。
(多分逆側だ)
改めてクリスの記憶を思い出し、全体のざっくりとした配置を必死に思い出す。
だがクリスの記憶を思い出そうとするたびに、こんな時に、こんな時だからこそ自分の数日前までの記憶も思い出してしまう。
温かい布団で目を覚まし、リビングに行くとお母さんが朝ごはんを用意してくれている。慌ててそれを食べて髪をセットして学校へ行くと仲のいい友達とお喋りをしてから授業を受ける。
そんな当たり前だった、非常に羨ましい贅沢な記憶が走馬灯のように頭を駆け巡ってしまう。
(ちがう、しっかりしろ私! ……しっかりしなきゃ……死にたくない……死にたくないっ!)
頬をパチンと叩き、目的の方向に向かう。
クリスが学園に入った頃、この監獄には社会見学で一度だけ訪れたことのある。
建物の隣りにある広い運動場の先は深い森になっているはずだ。
(そこへ逃げ込めれば、逃げ切れる確率は高いはず!)
◇◇◇
「だめだ、外れない……」
壁に見つけた通気口のような金網。
少し光が漏れてるし、風が流れ込んでくるんだけれど……このサイズはとてもじゃないが身体が通る大きさじゃない。
(魔法で壊す……? だめ、見つかったらすぐに殺されちゃう)
遠距離や範囲攻撃に特化した魔法使いが出てきたら、とてもじゃないが逃げられる気がしない。
(下の部屋に出て窓から出よう)
見つかる可能性が高くなるが、それしかルートは無さそうだし、私は腹を括ったんだ。それで行こう。
「そーっと……」
私は天井面に一つの小さな扉を見つけると、耳を近づけて話し声がしないことを確かめる。
そのまま蓋を外し部屋の様子を伺う。
おそらく外の廊下に繋がる扉と、もう一つの扉。あとは小さなテーブルとタンス。それにベッド。
(誰かの部屋?)
少なくともここは監獄。
誰かが住んでいるとは思えなかった。
その部屋に一つの窓が見える。鉄格子は付いていないようだ。
幸いなことにココは一階だ。あそこから出れば容易に外に出れるはずだ。
私は足元に落ちていた少し長い目の木材の切れ端を手に、そっと部屋に忍び込んだ。
◇◇◇
やっぱりここは誰かの部屋だ。
小さなベッドにメイド服が畳まれて置いてある。
多分、掃除担当のメイドさんかなと当たりをつける。
窓から外を見ると真っ暗でなにも見えないが、外に出るならこの時間を逃すわけにはいかない。
しかし鍵のついていない窓はどうやっても開かなかった。
(なによ、この窓開かない……あっ、鍵が!?)
よく見ると窓には、見慣れたような鍵ではなく、扉についているのと同じような鍵穴が付けられていた。
(どうしよう……割るしかない?)
――ガタッ
「――っ!?」
その時、隣にある扉が開きバスタオルを巻いた少女が姿を見せた。
私は咄嗟に彼女の口を塞ぎ、手にしていた木材の切れ端を彼女の喉に押し当てた。
「きゃ……むぐっ」
「ごめんなさい、静かにしてほしい」
「(こくこく)」
涙目で頷くのを確認して、その子の口から手を離し、落ちたタオルを拾い上げて彼女に渡す。
彼女は恐る恐るタオルを受け取ると前を隠して後ずさった。
「あっ、貴女――クリス……脱獄犯の……」
「ごめんなさい、すぐに出ていくから誰にも言わないで」
私は素直に頭を下げたほうがいいと思い、その少女に頭を下げる。
「……」
「それで……その、この窓開けてもらいたいんだけど」
「……開けたらどうするの?」
その娘が私の眼をジッと見つめながら問いかかけてくる。
普通、お風呂から出て裸のところに見知らぬ脱獄犯がいたらもっと動揺しそうなんだけれど、肝が座っているな……。
「ここから出て、森まで逃げて……そこからはわからない……」
「犯罪者が逃げ切れるとでも思っているの?」
「私は……私はなにもしていない。無実よ」
こんなところで押し問答をする気はない。
夜が明けてしまうまでに少しでも遠くに逃げなきゃ命はないんだ。
「……」
「お願いします。窓を開けてください……お願いします」
私は改めて頭を下げた。
頬に当たる髪はクリスの記憶にある透けるような金糸のような綺羅びやかな状態からは程遠く、ホコリと汗でべっとり汚れていた。
「…………はぁ」
少女は長い間何も言わず私のことを眺めると、ふっと力を抜いてため息をついた。
「そんなボロボロになって……せめて手当てだけでもして行きなさい。【
「――!!」
少女が魔法を唱えると、顔や足についていた切り傷が逆再生するように治っていく。
手首の噛みちぎった傷だけは傷が深い為か治り切っていなかった。
「あとは……ほら、タオル貸してあげるから、少し身体を拭いてらっしゃい。そのままだと臭いで見つかるわよ」
少女が前を隠していたタオルを渡してくるので、とっさに受け取る。
「えっ……流石にそこまでは……でもどうして」
私がこの少女のことは知らないのは当然だけれど、クリスの記憶を辿っても知らない見たことのない少女だった。
タオルを手に乗せたまま、改めて目の前の少女を観察する。
黒髪のショートカットに黒い瞳。
アジア人のような顔立ちは、私にとっては見慣れた日本人のような容姿だった。
見たことのある兵士は皆が金髪碧眼だったし、相当珍しいんじゃないかと思う。
そもそも回復魔法を使える時点で教会の高官のようなエリートのはず。
こんな監獄で勤めているメイドがおいそれと使えるような簡単な魔法じゃない。
「私のことを知らないのも無理はないわ。昔一度助けてもらっただけだから。その借りを返したと思っておいて」
素っ気なく言いながら彼女は下着を身につけて、メイド服を着ていく。
私はその様子を眺めながら考える。
果たして彼女のことを信用して良いのか。身体を洗っているうちに通報されたら袋の鼠だ。
(……あっ)
そのとき、着替えている彼女の手首の傷が目についた。
自傷跡だ。
それを見て一つの記憶が蘇ってきた。
学園生の時に一度だけ、虐めで自殺しようとした子を見つけた。
手首に当てていたナイフを素手で奪いとり、泣き止まないその子に平手打ちをして問答無用で家に連れて帰って手当をしてからお風呂に叩き込んだ事があった。
その時はクリスも新入生の第二王女が入学してきたばかりで、手当り次第に周りに恩を着せようと動いている最中だった。
自分が怪我をしてまで助けるつもりは無かったのだが、大雨の中その女の子を橋の上で見た時に咄嗟に動いてしまったのだった。
(まさかこれ……)
私は右手を開くと、薄らと古い傷跡があるのが見えた。
何の傷だろうと思っていたけれど、この子を助けた時の傷だったんだ。
「ほら、早く行くなら行きなさい」
「ありがとう。私のことを信じてくれて」
「瞳の色」
「えっ?」
「瞳の色が違うわ。クリスは金色。貴女は赤色。ただの勘だけど、貴女はクリスだけれどクリスじゃない気がする」
◇◇◇
(はぁー生き返る…………)
私は頭から熱いシャワーを浴びて身体を拭くと、やっと生きているという気分になってくる。
お水もたっぷりお腹に貯めて、ついでに長い髪を魔法で焼き切った。
ボサボサになったけれど気にしない。
少しでも人相が誤魔化せるならと。
シャワー室から出ると、私が着ていたボロ囚人服がゴミ箱に捨てられていた。
「これ小さいかもだけど要らない服だから……って、バッサリいったのね」
彼女が苦笑しながら綿で編まれた女物のTシャツのような服とズボン、それに靴下を手渡してくるので有り難く受け取った。
「新品の下着と靴はないから我慢してくれる?」
「これで十分です。ありがとうございます」
「調子狂うからやめて。それにお礼ならさっき貰ったわ」
「……ぅぐっ……」
私は涙を堪えながら再び頭を下げ、素肌にそのままシャツとズボンを履く。
胸元は窮屈で身体のラインが出てしまうが気にしない。ズボンも少しゴワゴワするが、今までの服装に比べれば上等すぎる服装だった。
「窓の鍵は開けてあるからいつでも出れるわ」
私はペコリと頭を下げ、窓に手をかける。
「でも待ちなさい、いま森や先の大河まで兵士がいっぱいよ」
「えっ」
「脱獄から一日経っているのよ。建物を探すのは最低限になって今は外を中心に捜索してるわ」
そうだった、その可能性を忘れていた。
建物内で見つからないなら、入り口を固めたまま、一番逃げ込みそうな森の奥や周辺の捜索に移るだろう。
「でもこの監獄内に隠れていても、いつかは見つかるので……」
ここまでしてくれた彼女にこれ以上迷惑を掛けられない。
それにこの時間なら兵士がいれば松明を持っているはずだ。近づいてくれば逃げれば良い。
「一つ考えがあるけれど乗る? 失敗するかもしれないけれど」
少女が表情を変えないままそう告げてきた
◇◇◇
「ほんとか!?」
「はい、私の部屋に忍び込んでいたので、ここは安全だと伝え少し眠るように言ったらすぐに熟睡しました」
「よし! よくやった!」
「すぐ案内しろ! おい、他の部隊も集めて入り口を囲むんだ!」
「こちらの部屋です」
「……おい、誰もいないぞ?」
「そんなことありません! さっきまでここで寝ていました」
私は兵士たちのそんなやりとりを聞きながら息を殺していた。
「ベッドの下にも誰もいない……魔法使いを手配しろ! 魔法で隠れている可能性もある! 残りは部屋の捜索だ!」
「兵士さん! 天井を!」
「なっ、あそこから天井裏に逃げたか! よし、誰か二人ここから上がれ。他の者は各部屋の登れるところから登って捜索しろ!」
「まだ建物内にいるぞ! 外に出ている奴らを呼び戻して建物を囲め!」
しばらくすると兵士たちが扉から出ていき、扉が閉める音が聞こえてくる。
「これで森へ行ってる兵士たちも減るはずよ」
彼女がクローゼットの扉を開けたので、私はシーツを剥がして奥から這い出した。
「何から何までありがとう……あの、今更なんだけれど名前を……」
「フレンダよ」
「フレンダ、ありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
「ふふっ……早く行きなさい。森から戻ってくる兵士と鉢合わせになるわよ」
私は窓に足をかけると、フレンダに振り返ってもう一度礼を言う。
「もし……もし、もう一度会えたら全力で恩返しします」
「ん……利子を付けて待っているから、返しに来てね」
私は涙をこらえ、大きく頷いてから窓枠へ足を掛け、外に広がる暗闇へと飛び出した。
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