第3話 一目惚れ
その少女の名前は、ひなちゃんによれば『ひとみ』らしかった。
目は二重でぱっちりしており、たしかに『瞳』という名前ならばぴったりだと思った。
もう少し話をしたかったが、ひなの母親、俺の母親がいたため、お互いに自己紹介もできないまま。
ところが、俺の母親が帰った後、ひなが「シャワーを浴びる」ということで彼女の母親と出て行ってしまい……期せずして、俺とひとみは二人っきりになってしまった。
しかも、ひなが元気よく
「またねーっ!」
と手を振りながら出て行ったものだから、俺もひとみも手を振って答えて……お互いにカーテンを閉めるタイミングを逸してしまった。
初対面で一室に二人だけ、しかも検査着しか身に纏っていない。
ちょっと気まずい。
「あの……」
「えっと……」
何とかこの空気を打破しようと、それとなく声をかけたのだが、向こうも同じだったみたいで声がハモる。
ちょっとそれがおかしくて、二人して苦笑い。それで少し緊張が解けた。
彼女が
「どうぞ」
と、俺に発言を譲ってくれたので、
「いや、ちょっと自己紹介でもしておこうかなって思って」
と言うと、素直に受け入れてくれた。
そこでまず、俺が自分の高校一年生であることを告げると、彼女も
「一緒ですね。私も一年生なんですよ」
と、嬉しそうに答えてくれる。
「でも、私、『阿女子』で……中学校も『阿女中』で、あんまり男の子とお話ししたことなくて、実はちょっと緊張してたりするんですよ」
と、恥ずかしそうに話してくれた。
ちなみに「阿女子」とは、『私立阿東女子高等学校』の略で、つまり女子高だ。『阿女中』は『阿東女子中学校』の略だ。
で、俺が『帝都大学付属高校生』であることを告げると、
「ええっ、それって凄くないですかっ?」
と、尊敬の眼差しで見られた。
まあ、一応『帝大付属』は毎年東大生も出している進学校だから、そう思われても不思議ではない。
うーむ、ますます『間違って殺虫剤を鼻に噴射』なんてバカな事、話すわけにはいかなくなった。
あと、『加賀和也』という自分の名前を告げると、
「へぇ……『か』が多いんですね……」
と言われたので、
「よく突っ込まれるよ」
と言うと、笑ってくれた。
また、彼女も『伊達瞳』という、なんか由緒ありそうな大層な名前を教えてくれ、正直にそう感想を言うと
「わたしも、よくそういう風に言われるんですよ。でも、全然そんな事ないです」
と笑顔で返してくれた。
……おお、なんかいい感じに打ち解けてきたではないか。
「それで、加賀君は、どうして入院することになったんですか?」
来たっ! この質問、なんとかやり過ごさなければっ!
「いや……実は、ちょっとした手違いで、毒物を飲んじゃって……」
と言うと、瞳は両手を口に当て、
「ええっ、私と一緒……」
と、目を丸くして驚いていた。
「えっ、君もそうなの?」
「はい……ジュースと間違って、農薬飲んじゃって……」
……はっ?
それって……俺と同じぐらいおバカさんなんでは……。
俺が引きつった笑顔を見せると、
「……だって、おじいちゃんが農薬を、よりによって『ポカリアス』のペットボトルに入れ替えて、縁側に置いていたから……色も似てて、喉渇いてたから何にも疑わずに飲んじゃった」
「……なるほど……それは仕方ないなあ……」
「……今、絶対にバカにしてるでしょう?」
「いや、してない、してない」
慌てて否定したけど、内心、「この子は天然だ……」と思い始めていた。
「あと、ちょっと気になったことがあって……」
俺は、彼女のあの言葉が、どうしても引っかかっていたのだ。
「伊達さん、ラノベとか読むの?」
と俺が質問すると、彼女は一瞬、きょとんとしていた。
しまった、質問を間違ったか?
「……すごい、どうして分かったの? その通り、私、ラノベ大好きなのっ!」
なんか、すごい勢いで食いついてきた。
「いや、なんかそんな雰囲気が出てたから……」
「すっごーいっ! やっぱり、帝大付属生は違うね……」
……いや、ごめん、ウソついてしまった。
「読むだけじゃなくて、自分で書いたりもしてるんだけど、思うようにポイントがつかなくて……」
「ポイント? ……ひょっとして、『カクヨム』に投稿してるの?」
「えっ、加賀君、『カクヨム』知ってるの?」
「うん? ああ、実は俺も好きで、よく読んでるんだ」
「そうなのっ!それで悩んでて……まだ、50人ぐらいしかフォロワーがいなくて……」
「……それって、結構すごいじゃないかっ!」
俺が素直に褒める。
「そ、そうなのかな……」
赤くなって照れながら……それでも喜んでいる彼女の表情が、ものすごく魅力的に思えた。
どくん、と鼓動が高鳴る。
この時、確信していた。
――俺は彼女に、一目惚れしてしまった……。
ちょうどその時、ひなちゃんがお母さんと一緒に戻ってきた。
すると彼女は、一目散に俺のところに駆け寄ってきて、
「ねえねえ、どうしておにーちゃんは、鼻の穴にさっちゅーざい吹き付けたりしたの?」
……一瞬、目の前が真っ白になる。
なんでこの子が、それを知っているんだ?
うっ……瞳が、俺の方を、ものすごい驚きの目で見ている。
やばい……なんとかごまかさなければ……。
「鼻? なんのこと? だれがそんなでたらめ言ってたの?」
「おにーちゃんのおかーさんが、バスが来るまでじかんがあるからって、私のおかーさんとおはなししたんだよ」
なっ……ばかな……。
焦りながら瞳の方を見ると……必死で笑いを堪えているではないかっ!
おのれ良子(注:母親の名前)、許すまじ……。
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