第2話 相部屋

 気がつくと、俺は病院の救急外来処置室で目を覚ました。


 人工呼吸器を取り付けられ、腕には点滴の管が刺さっている。

 すぐ側では、俺が気づいたことを知った母親が、涙を浮かべて喜んでいた。


 ……どうやら、俺はあの後気を失っていたらしい。

 後で聞いた話では、同窓会から帰ってきた母が、寝室で痙攣している俺を見つけ、その手に殺虫剤入りの点鼻薬が握られているのを見て全てを悟り、救急車を呼んでくれたということだ。


 もう時刻は昼の十二時を過ぎていた。と言うことは、単純計算でも十二時間以上昏倒していたことになる。


 その後、容態が落ち着いてきたところを見計らって、担当の若い先生(男)から今回の症状について説明を受けた。


 なんでも、俺の場合『アナフィラキシーショック』になってしまったようで、医者から

「もう一度同じ事をしてしまうと、今度こそ助からないかもしれない」

 って脅されてしまった。

 まあ、もう二度と殺虫剤を鼻に噴射することはないと思うが……。


 俺は一番端の区画で、この後一般の病室に移ってもらうと説明を聞いていたのだが、その時、部屋の奥の方から女性の看護師さん達の


「ねえ、聞いた? 殺虫剤、鼻から吸って死にかけた男子高校生がいるんですって」

「えー、ウソでしょ? 本当に? 何考えているのかしら、最近の男の子は……」


 って、笑いながら話している声が奥から聞こえてきて……相当ショックを受けてしまった。


 そして俺は一時、意識不明の重体に陥っていたので、大事を取ってしばらく入院することとなった。


 ところが……この病院、今現在入院患者が満杯に近く、相部屋になってしまうという。

 それだけなら別段珍しくもないのだが、なんと女の子と一緒の部屋になるというではないか。


 正直、えっと思ったのだが……あの殺虫剤でもがき苦しんでいたときの妄想?が本当になりそうで……なぜかちょっと喜んでしまう。


 ちょっとワクワク、ちょっとドキドキしながらその部屋に、母親と共に

「失礼します……」

 と言って入っていったのだが……。


 いた! 目鼻立ちのぱっちりした、可愛らしい女の子がっ!

 ……ただし、五歳ぐらいの。


 俺を見て、ちょっと照れたような笑みを浮かべて

「こんにちはーっ」

 と元気よく挨拶してくれた。


 まあ、確かに女の子には違いないけど……やっぱり、妄想みたいにうまくいかないモノだなって、苦笑してしまった。


 この子は『ひな』っていう名前で、あめ玉を喉に詰まらせて救急搬送されたという。

 うーん、入院に至った理由まで可愛らしい。


 どうも、この部屋は小児用、つまり『子供のための入院部屋』ということで……十六歳の俺も、まだ『子供』っていう扱いらしい。


 ひな、ほんの五分で俺に懐いてくれて……俺のことを『おにーちゃん』と呼んでくれるようになった。


 うん、かわいい。もう十年もすれば、きっと綺麗な少女に育っているだろう。

 その時は、俺は二十六歳。まだちょっと犯罪だな……そんなよからぬ妄想を抱いているときに、入り口の扉がガラガラと開き、その方向を見て、思わず固まってしまった。


 ピンクの検査着を来た、俺と同い年ぐらいの、小柄で華奢な美少女。

 肩までの長さの、綺麗な黒髪。

 瞳は大きく、二重瞼、ちょっとハーフっぽく見える端正な顔の作り。

 小顔で、細身。


 まるでアイドルのように可愛らしく、俺の目には映った。

 そして彼女は、俺の方を見て、きょとんとした表情になっている。


「ひとみおねーちゃん、このおにーちゃんがさっき先生が言ってた男の子だよーっ!」

 ひなちゃんが、なぜか自慢げに俺の事を紹介してくれた。


「えっ、あ、あの……男の子って、あなた……ですか?」

「え、あ、はいっ……って、まさか君もこの部屋?」

「は、はい、そうです……」

 なんかお互い、ものすごく焦っている。


 ……どうやら彼女、ここが子供用の部屋だから、もっと幼い男の子が来ると想像していたようだ。


 俺も、女の子が二人居るとは聞いていなかったし……なんかこの病院、そういう方面に対する気配りは皆無のようだ。


 まあ、ベッドにはそれぞれカーテンが付いていて、簡易的に個室にはなるようだが……それにしても、この状況は……。


 俺が戸惑っていると、彼女はにっこりと笑顔になって、

「2,3日だと思いますけど、よろしくお願いしますね」

 って挨拶してくれた。


 そのとびきり可愛い笑顔に、俺もつられて

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

 って、笑顔でお辞儀して返した。


 そして彼女は一番奥のベッドに、ちょっとフラフラしながら歩いて行ったのだが、その時、


「……なんか、ラノベみたい」


 と一言つぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。

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