第6話 大輝の正体
浴衣姿の大輝は微笑んでいた。光輝はそこに置かれた大輝の遺影と、今目の前にいる大輝を恐る恐る見比べた。一体どちらが本物なんだろう。動揺が隠しきれない光輝の胸の内を読み取ったのか、大輝は笑いながら口火を切った。
「その遺影は本物だよ。俺は5年前死んだんだ。だから遺影がそうしてここにある。俺は…、お前に案内した秘密基地で死んだんだよ。あれは、ある夏の日だった」
光輝は黙って話を聞いていた。聞かなければいけない気がしていた。
「その日は、母ちゃんと喧嘩していた。気まずくなって家を飛び出したけど、この狭い町内ではすぐに帰って来るだろうと思ったのか、探しには来なかった。俺はそのことを好都合に秘密基地で遊んでいた。そうしたら、やがて雨が降り始めた。すぐに止むだろうと思っていたのに、雨はどんどん勢いを増していく。俺は怖くなって両ひざを抱え込んで洞穴に座っていた。通り雨ならすぐ終わる。そう自分に言い聞かせながら」
そこで一泊おいて、バカだったよなと自虐的に笑って見せた。
「通り雨なんかじゃなかった。もっと、もっと規模の大きな雨だった。そのことに俺は気が付かなかった。死ぬまでな。……その雨で山が崩れて、洞穴は埋まった。あっという間の出来事だったんだ。母ちゃんはそのことを後から知って、悲しんでた」
「……じゃあ、なんでお前が今俺の前にいるんだ。お前は……もう死んでいるんじゃないのか」
勇気を出して叫んだつもりだったが、実際は小さな呟きにしかならなかった。だが、それでも聞こえたのか、大輝は頷くと続きを話し始める。
「お前でも見たらわかるけど、ここいらは山に囲まれてる。そのすぐ近くに家が建てられてるんだ。俺は事故で死んだ。あんな危険な場所で遊んでいたからだ。でもだからと言ってここらに住んでる人たち皆が安全とは言えない。山のそばに住んでいる以上は、何らかの対策をした方がいい。俺が死んだあと、母ちゃんはそういって周りの人を説得しようとした。でも、駄目だった。母ちゃんは他所からここに来た人間だったし、老人が多いこともあって、なかなか動きたがらなかったんだよ。何をするにつけても」
光輝は朝子を思い出した。あの柔和な笑みは自分に向けられたものではなく、大輝に向けられていたものだったのだ。
「その2年後、何の対策も進まなかった町にまた、雨が降った。ちょうど7月末の蛍祭りの夜だった。俺の時じゃ比べ物にならないくらいのやつだ。皆死んだ。土砂崩れに飲み込まれて。母ちゃんも、……お前の爺ちゃんも」
「……僕の爺ちゃんを知っているの? 」
「知ってるも何も、お前の爺ちゃんは母ちゃんの味方だった。一番に母ちゃんの話に賛成してた」
自分の祖父を褒められ、光輝は何だか嬉しい気持ちになった。なんだか、胸の内が温かく、少し恥ずかしい。
「とにかく、あの事故の後、皆おかしくなった。自分が死んだ原因も分からずに、現世を恨むようになった。だからここを訪れる奴らを皆、呪い殺してやろうって……。俺はそんなの八つ当たりだとは思う。けど、皆おかしくなってしまってどうしようもないんだ」
眉をハの字に下げて困った顔をする。光輝はようやく自分の身の回りで起きたことに合点がいく。すべて呪いだったのだ。
「この話が広まって、今じゃここは心霊スポットみたいになって、物好きの奴らしかやってこない。それでますます、皆おかしくなった。お前はそういうやつらじゃないし、何より俺の友達だ。……だから」
大輝はそういうと光輝の手をつかんだ。ひんやりと冷たい手。
「俺の頭を返してくれないか。そうしたら俺はうまくやってみせる。いままで頭がなくて困ってたんだ」
その言葉で光輝はハッとした。慌てて半パンのポケットに手を突っ込む。この頭は大輝を模したものだったのだ。同時に思い出した。大輝の頭のつむじあたりの白い部分。あれは僕が石像の頭を蹴ってしまったからだ。それに気づかずに随分なことをしてしまった。
「次はもう蹴らないでくれよ」
大輝がにやにやしながら笑う。光輝はごめんと言って大輝に石像の頭を差し出した。
「じゃあな」
大輝はまた笑顔を見せる。右の頬にえくぼが浮かんでいる。光輝も笑い返した。
瞬間、白い光に包まれて光輝は意識を手放した。
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