第5話 不思議な世界

広場に向かうと、どこにこれほどの人数がいたのか、たくさんの人だかりができている。その向こうにはぽつぽつと明かりが見える。夜店の明かりだろうか。浴衣がけの人たちとすれ違いながら奥に進むと、朝子の姿が見えた。微笑んでいる。あの石像のように、柔らかな表情で__________。

その瞬間、そこにいたすべての人が光輝を見た。すれ違った人、夜店で綿あめを頬張っている浴衣姿の子供たち。夜店で客を集める的屋さん。そこにいる老若男女すべての視線が光輝ただ一人に向けられていた。大輝もこちらをじっと見つめている。これはどういうことなんだと尋ねようとした矢先、景色が一変した。

そこは先ほど光輝が走って逃げたはずの祠の前だった。沢山の石像が光輝を見つめている。苔むしたその一体一体が同じような柔らかな笑みを浮かべながら。

「俺たちを呼んだのは、お前か? 」

その声は森の奥から反響するようにして聞こえてきた。生ぬるい風が足元を撫で上げる。寒気がした。そして、しばらくすると本当に奇妙なことが起こり始めた。石像の体から、人間の手が生え始めたのだ。それは乳幼児の小さな手で光輝を求めるようにうようよと手首を動かす。それから、石像の一体一体にひびが入り始めた。ビキビキと音を立てて割れ始める。光輝は咄嗟に思った。生まれるのだ。何か、とてつもない禍々しい何かが。

光輝は突然のことに立ち止まるほかなかったが、すぐに大輝の言葉を思い出した。

__________ 広場で何を見ても家に戻ってこい。絶対だぞ

光輝は走り出した。あの家に向かう。ここがどこか知らないけれど、もうそんなことはどうでもよかった。兎に角、走らなくては。


どこをどう走ったのはまるで覚えていない。ただ懸命に手足を動かしていたら、あの家にたどり着いていた。家の扉は閉まっていたが、勝手口は開いていた。息が上がって辛いが、そんなことは些細なことだった。そこから家の中に入る。寝かされていた縁側から、障子を開けて部屋の中に入った光輝は驚愕する。

「なんで……? 」

初めてこの部屋を訪れた時、大輝は左手に置かれている遺影をよく見ていなかった。だが、改まってしげしげと遺影に近づいて見てみると、それは光輝の知人の姿だった。しかも、光輝がよく知った人物。先ほどまでずっと行動を一緒にしていた少年。

「……大輝? 」

何だかずっと悪い夢でも見ている気分だ。どうして、こんなことが。何かの冗談だろうか。これが本当だとしたら、昨日から一緒に遊んだり、秘密基地まで案内してくれた大輝はいったい誰だったんだ。

数歩後ずさりすると、誰かとぶつかった。

「無事にこの家まで来ることができたんだな」

「……大輝」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る