010.02

「今の話を聞いた限りでは、ディザスターは『マザー』を返せば帰ってくれる気がするな。もう心配はなくなったって攻撃を仕掛けてくる可能性もないとは言えないが、試す価値はあると思う。―――各々同じことを考えても、他人に相談せず単独で動くというのは実に君たちらしい」

 笑いを消してウォンは続ける。

「もしかすると、ラスは『マザー』の居場所がわかるんじゃないのかい?」

 今度はラスに視線が集まる。ラスは僅かに目を見張ったが、小さくかぶりを振った。

「今の居場所はわかりません。私が月に上がる前までは、同じ建物の中にいたのは確かなので、動かされていなければそこにいると思います。しかし、その建物がどこにあったのか私は知りません」

「ウェルシュ博士……娘の方のね。ややこしいだからカタリナと呼ぼう。カタリナは、ラスに研究所の場所を教えなかったのか」

 それまで無言でいたフェルンが、ウォンの代わりのように口を開く。

「多分、ラスがいたのは太平洋の小島よ。トリニティ諸島の真南にある、名前もない小さな島。[DCP]研究所跡地」

 研究所の場所についてアーサーも同じようなことを言っていたのを思い出し、リツヤは驚いてフェルンを見た。

「知ってるのか? フェルン」

「ラスの話を聞いてから、ちょっと調べてみたの。―――[DCP]研究所は閉鎖された直後に爆発事故が起きて、その後取り壊された。でも、それは地上部分に限ってのこと。地下に手がつけられたって話はなかったわ。ラス、引っ越した記憶はある?」

 少し考え、ラスは首を左右に振る。

「いいえ。私が移動をしたのは、月に上がるときが初めてです」

「なら、連合軍に引き渡されるまで、ラスはそこにいた可能性が高いわね」

 リツヤはラスへ視線を移すが、ラスは自信なさげな顔をするだけだった。フェルンは腕を組んで続ける。

「爆発事故だって、本当に事故だったのか怪しいもんだわ。死人も出てるし、外部に漏れたらまずい情報とかスタッフとかを纏めて爆破したんじゃないの? カタリナが」

 リツヤもカタリナが爆破したと考えたが、なぜそう言い切れるのかと尋ねると、フェルンは事も無げに答えた。

「だって、カタリナが跡地を買い取ったんだもの。今でもそこに住んでるはずよ」

「なんだって?」

「爆発事故で死者が多く出たからか、って噂があるみたい。一番近い町では幽霊島って呼ばれてたわ。カタリナ以外の出入りはないそうよ。地下に残った研究所で、[DCP]みたいな研究を続けてるんじゃない? 一人で」

 その光景を想像したのか、アーサーが見てはいけないものを見てしまったような顔をした。

「ちょっとしたホラーだね」

「ホラーよね。成果を出しても外に出せない研究をする気が知れないわ」

 理解できないといったふうに首を捻るフェルンに笑み、否定されるだろうと思いつつリツヤは告げる。

「わざわざ調べてくれたのか」

 フェルンは瞠目した。予想通り慌てた様子で両手を振る。

「ちがっ、違うわよ! ただ、あたしが個人的に気になったの! 疑問に思ったことは調べないと気が済まないのよ、あたしは」

「ふうん?」

「……何よその顔」

 上目遣いで睨まれて、リツヤは片手を閃かせた。

「別に。カタリナの動向を追って、今は更地になってる研究所のことを調べて、本拠地の島まで突き止めるのは大変だろうなと思っただけさ」

「そ、それは……蛇の道は蛇って言うでしょ、この顔ぶれの中ならカタリナの動向を掴むのはあたしが適任じゃない。それにあたし、カタリナが嫌いなの。調べれば調べるほどあの女、研究者の風上にも置けないわ」

 弁解めいたことを早口で言い、調べれば調べるだけ腹が立つのだとフェルンは頬を膨らませた。彼女も研究を志す者として、色々と思うところがあるのだろう。これ以上言うと怒られそうなので、リツヤは口を閉じた。

 顎を撫でながらウォンが言う。

「調査に関しては私よりもフェルンのほうが有能のようだ」

「単にあたしの人脈とか情報とかが学術方面に特化してるだけよ。ウォンもいい線いってると思うわ」

「はは、それはどうも。カタリナの拠点がその小島だというのは間違いなさそうだな。『マザー』の存在は断定できないけれど……死亡扱いのまま公になっていない以上、未だカタリナが隠している可能性が高いだろう。手元になくても、行方は知っているんじゃないかな」

 ウォンが言葉を切るのを待ち、リツヤは改めて頼んだ。

「無理を承知で言います。局長、俺たちに時間をください」

「言うと思った」

 苦笑し、腕組みをしてウォンは言う。

「私としては正直なところ、連合軍あたりにぶちまけて、後は成り行きに任せればいいと思うんだが……駄目か。軍が『マザー』の存在を知ったら、何をするかわからないからな。同じ理由で、大きな組織はどこも駄目だな。『マザー』を利用しようなんて気を起こさない、信用できる誰かが動くしかないというわけか。つまり、君たちのような人間が」

 独白のように言って、ウォンは聞えよがしの溜息をついた。

「ここで駄目だと言ったら、退職願を四枚叩き付けられそうだな」

「俺は解雇でも構いませんが」

「私は君たちが惜しいと言っているんだよ、リツヤ」

 思いがけないことを言われてリツヤは目を瞬いた。ウォンは一人ずつに視線を据えながら言う。

「リツヤとフェルンは、休暇は別の機会にとっておきなさい。今回消化するのは勿体ない。それと、アーサーにはやっぱり退職願を取り下げてくれるよう頼むしかないな。ラスの話は聞かなかったことにする」

 四人は顔を見交わした。なんとなく代表で、リツヤがウォンに問う。

「……つまり?」

「地球のPD起動試験場で大気圏内対応型PDの性能テストが行われたら、技術者が見学するのは不自然ではない。大気圏内対応型なんて、宇宙にいると見る機会がないからね。本格的に大気圏内での戦闘を視野に入れたPD開発が始まるなら、地球への出向も今より増える。私なら、今後の開発の役に立つと考えて、技術者とパイロットに地球への出張を命じるだろう。そうだね、試験の日程にもよるが、移動の長さを鑑みると二週間は見なければいけないかな」

 いきなり何を言い出すのかと思ったが、聞いているうちにウォンの意図がわかってリツヤはぽかんと口を開いた。

「局長……」

「問題は、テストの予定が汎用PDのしかないところだが、これはまあ、なんとかしよう」

 現在地球では大規模な紛争は起こっていないので、汎用PDの需要が多い。ゆえにアインホルン社でも地球での開発の主は汎用PDである。

「今月中には出られるように整えておく。それでいいかい?」

 思わずリツヤは頭を下げていた。

「……ありがとうございます」

「お礼は君たちの目論見が成功してから貰うよ。実際に、無重力下で稼動しているPDを大気圏でも使用可能にするオプション・パーツの構想なんかもあるから、今後にも役立つだろう。勿論、報告書は出して貰うからそのつもりで」

 おじさんも混ぜて欲しいと言ったからには役に立たなければね、とどこか芝居がかった口調で言って、ウォンは悪戯を企む子どものような顔で笑った。


     *     *     *


「まったく、局長も人が悪いわね」

 帰りのエレベータの中でフェルンがぼやく。彼女を見下ろし、リツヤは首をかしげた。

「そうか? いい人じゃないか」

「……あれをいい人と言っちゃうリツヤはお人好しすぎ」

 呆れたように言うフェルンにリツヤが何か言い返す前に、彼女は話を進めてしまう。

「それはさておき、あたしはカタリナのことをもう少し調べてみるわ。小島への移動手段とか、今何を主に研究してるのかとか」

「交通手段はともかく、研究内容なんかわかるのかい?」

 尋ねるアーサーへ、フェルンは不気味な笑みを向けた。

「ふっふっふ。研究ってのは意外と物要りなのよ。知ってれば、特殊な薬品やら機材やら、入手ルートを特定して辿るのはそう難しいことじゃないわ」

 何やらとても楽しそうにしているフェルンに、学者には学者にしかわからないことがあるのだろうと思いつつ、リツヤは頷く。

「わかった、任せる」

「ふっふっふっふっふ。任せて」

 やはり不気味に笑いながら言い、地階に着いたエレベータからフェルンは踊るような足取りで降りて行った。それを見送りつつリツヤもエレベータから降りて眉を顰める。

「……なんだ、あれ」

 疑問には、笑みを含んだ声音のアーサーが答えてくれた。

「リツヤの役に立てるのが嬉しいんだよ」

「へ?」

「フェルン自身は気付いてないかも知れないけどね。あとは、リツヤが『俺たち』って言ったのが嬉しかったのもあるかも。可愛いところがあるじゃないか」

「……そういうものですか?」

「そういうものです。ね、ラス」

 リツヤの口調を真似て言うアーサーに、ラスは生真面目に頷いた。

「はい。そういうものです」

 そろって同意され、いまひとつ腑に落ちないリツヤは首を捻る。

「俺たち、なんていつも遣ってるような気がしますけど」

「局長に向かって言ったのは、いつものと微妙に意味が違っただろ」

 そうだっただろうかと更に首を捻るリツヤに、アーサーはおかしそうな笑みを浮かべる。

「まあ、そこがリツヤのいいところかもね。あのときリツヤが『俺に時間をください』って言ってたらフェルンは怒ったと思うよ。おれも、ラスもね」

「そうですか……」

 何も考えずに言わなくて良かったと内心安堵しつつ、リツヤは一歩後ろを歩くラスを振り返った。

「ラス」

「はい」

「地球に行ったら、おそらく……いや、間違いなく、カタリナと会うことになると思う。平気か?」

 いつか、局長室で相対したときにラスが酷く怯えた様子だったのを思い出し、リツヤは尋ねたのだが、ラスは微かに瞳を揺らしただけでしっかりと首肯した。

「……はい。きっと、マスターとは会って話さないといけないのだと思います」

 話し合いになるだろうかという疑問は胸中で呟くだけにして、リツヤも頷く。

「そうか。無理はするなよ」

 今月は残り半分もない。ウォンの言葉を信じるならば、近いうちにカタリナと再び見えることになる。

(目的はカタリナじゃない、『マザー』だ。でも……)

 ラスが本当に自分の足で立つには、呪縛を断ち切らねばならない。カタリナと会って、何らかの決着をつけることがラスには必要だと、リツヤは思うのだ。

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