010.01
010
数日後、ウォンに呼び出され、リツヤは局長室にきていた。
「二週間の長期休暇届、受け取ったよ。受け取ったんだけどさ」
デスクに座ったまま何やら渋面で言うウォンに、どう応えたらよいかわからずリツヤはただ間の抜けた声を返す。
「はあ」
「フェルンからも長期休暇届が出ているんだよ。こちらは一箇月。あと、アーサーからは退職願。その上、ラスからも口頭でここを離れたいという申し出があった」
「へ?」
フェルンは予想がついたが、ラスとアーサーは意外でリツヤは目を見開いた。アーサーはともかく、ラスが直接ウォンにかけ合ったというのは驚くべき進歩ではないかと考えかけて、思考が親ばかの方向に行ってしまっていることに気付き、複雑になりながらウォンへ注意を戻す。
「退職願はともかく、休暇届なんて局長まで上がりますか? いつもウェーバー課長止まりだった気がするんですけど」
ウォンがやれやれとでも言いたげにかぶりを振る。
「普通はこないよ。けど、主任とパイロットの長期休暇に副主任の退職がほぼ同時に出されて、ウェーバーくんから、由々しき事態だと教えられたんだよ。君たちは示し合わせでもしたのかね。と言うか、何が起きているんだい? できればおじさんも混ぜて欲しいね」
「混ぜてって……いや、その……」
「まさか、これがまったくの偶然だとは言わないだろうね。偶然だとしたら、なんだか大いなる力が我が社のPD開発を潰しにかかってきているとしか思えないんだが。一班から技術主任と副主任、パイロット二名がごっそり抜けたら、仕事にならんよ」
「ええと、ほら、特定の人物一人が抜けたら回らなくなるというのは、組織として間違っているって……」
「今回は四人だ」
「……俺たちの代わりくらいいくらでもいますよ」
「なんだいその逆パワハラみたいな台詞は。君たちみたいな四人がそうそういてたまるものか」
「まあ、そうですね」
自分はともかく、ラス、アーサー、フェルンの三人は稀有な存在だと、客観的に考えてリツヤは首肯したのだが、デスクの上で指を組み合わせたウォンはますます顔を顰めて見上げてくる。
「まさか、アーサーとラスを出撃させたことへの意趣返しじゃないだろうね」
「はは、まさか」
リツヤは乾いた笑い声を立てて否定する。しかし、ウォンは疑わしげな表情を変えない。どうやら、襲撃のあった翌日に早朝からウォンの端末を鳴らし続けたのを根に持っているらしい。
ため息をつき、ウォンはリツヤを改めて見上げた。
「で? 何がどうなって、四人そろってまとまった時間を必要としているんだね」
「そう言われましても、俺は何も」
特に示し合わせたわけではなく、四人がそれぞれ考えて行動した結果なのはたしかである。そのことを説明しても、ウォンの双眸からは
「リツヤとフェルンの休暇届、それにアーサーの退職願は、受け取りはしたけれどまだ受理していないんだ。どちらも労働者の権利として保障されているから受理しないわけにはいかないが、最近忙しいからなあ。この分だと物凄く時間がかかってしまうかも知れないなあ」
言葉の後半は視線を逸らして嘯くウォンを、リツヤは半眼で見た。
「脅迫ですか、局長」
「人聞きが悪いな、事実を言ったまでだよ。でも、PD開発部運用課一班の技術主任が洗い浚い喋ってくれたら、心配事が減って事務処理もはかどるというものだ」
やはり脅迫ではないかと、リツヤは歯噛みした。さてどうしたものかと考えているうちに、ウォンが出しっぱなしにしてあるモニタに視線をやり、扉のロックを解除する。
「そんなわけで、呼んでおいた」
「……呼んだ?」
リツヤの声に被さるように、背後の扉が開いた。振り返れば、ラス、アーサー、フェルンの三人が局長室に入ってくるところだった。三人は一様に不思議そうな顔をする。
「あれ、主任だ」
「なんでリツヤまでここにいるのよ」
口々に言うアーサーとフェルンにリツヤも首をかしげながら問う。
「それはこっちの台詞だ。三人そろってどうしたんだ?」
「あたしたちはエレベータで一緒になったの。偶然じゃないわね、三人ともウォンに呼ばれたんだから」
フェルンからウォンに視線を戻すと、ウォンは立ち上がって応接ブースを指差しながら自らも移動した。座れということらしい。リツヤたちが顔を見合わせ、それぞれウォンを囲むようにソファに収まるのを待って、ウォンは切り出す。
「リツヤとフェルンの休暇はともかく、アーサーとラスは考え直して貰えないかな」
アーサーが驚いたようにラスを見た。
「ラスも退職を?」
それを聞いたフェルンも声を上げる。
「退職ですって?」
四人に注目されたラスは、一同を見回して困った様子で眉を下げる。
「私は、ここを離れたいと局長にお話ししただけです」
そのやり取りを聞いて、ウォンは意外そうにリツヤへ言う。
「本当に示し合わせたわけじゃないんだね」
「局長……疑り深いですね」
最初からそう言っているだろうと、リツヤは肩を落とした。気を取り直し、アーサーに問う。
「アーサーさん、退職願を出したというのは本当なんですね?」
「うん? うん。休暇にしようかとも思ったけど、何があるかわからないから退職にした」
ウォンがややうんざりした口調で口を挟む。
「その『何か』とはなんなのかね。君たちは何を相手取ろうとしているんだ?」
束の間沈黙が落ち、アーサー、フェルン、ラスの視線がリツヤに集まる。ディザスターが現れた原因、ひいてはラスとアーサーの出生に関わる話なのだが、誰も止めようとはしないので、なんで自分なんだと内心顔を顰めつつリツヤは渋々口を開く。
「長い話になるんですが……」
「お茶でも淹れようか?」
「いえ、いいです」
ウォンに話を聞かないという選択肢はないらしいと嘆息して、リツヤは腹を括ることにする。アーサーやラスを見つけて引っ張ってきたのはウォンなのだ、今更掌を返すようなことはするまい。
「ラス」
「はい」
「前にラスから聞いたことを、局長に話してもいいか?」
リツヤを見上げたラスは僅かに瞳を揺らしたが、やがて小さく頷いた。頷き返し、リツヤはウォンに向かって説明を始める。
「事の発端は、三十一年前です」
掻い摘んで話したつもりが、それでも随分長くなった。ウォンは時折不快そうな表情をしながら、しかし口を出すことはせず黙って聞いていた。
「……なるほど」
リツヤの話が終わり、視線を落としてしばし沈黙していたウォンは、一つ頷いて顔を上げた。
「では、リツヤ、アーサー、フェルンは『マザー』を探すために時間が欲しい、ラスは襲撃を警戒して、というところかな」
あっさりとまとめられて、リツヤは思わず問い返した。
「……それだけですか?」
「それだけ、とは?」
「もっとこう、そんなことがあったのか、とか、地球外生命体が実在したなんて、とか、ウェルシュ
「最後のは君の個人的な意見じゃないか? 同意するけれど。地球外生命体に関しては、私は見つかっていないだけでいないわけがない派だからね」
「そんな派閥は初耳です」
「地球に存在する地球外生命体『マザー』だけじゃないんじゃないか。話がここまで大きくなったのが『マザー』だったってだけで」
苦笑し、ウォンは背凭れに体重を預けた。リツヤは改めて尋ねる。
「どうして俺たちが『マザー』を探すと?」
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