007.02

    *    *    *


 ラスと行き合ったのはただの偶然だ。

「アーサー」

 今まさに格納庫に入ろうとしていたアーサーは、呼ばれたことに驚いて振り返った。白のパイロットスーツ姿のラスが近付いてくるのを見て、避難していなかったのかと目を見開く。そして、相手が自分と同じことを考えていることを悟った。

「ラス、避難しなきゃ駄目だ」

「それはアーサーも同じです。今日はオフィスにいるのではなかったのですか。エマージェンシー下でのブロック間の移動はできないはずなのに、何故ここへ? それに、その格好は」

 矢継ぎ早の質問には答えず、アーサーは格納庫の扉を開けながら、手にしたヘルメットを被った。パイロットスーツを着るのは物凄く久しぶりだが、メンテナンスを怠らなくて良かったと思う。

「局長に出撃許可を貰ってきた。ディザスターはおれがなんとかするから、ラスは避難して。空いてるポッドはたくさんある」

「いいえ、アーサーこそ避難を。迎撃には私が出ます。出なければならないのです」

「どうして? 食い止めるなら誰だっていいだろう。それに、顔色悪いよ。大丈夫かい?」

 強張ったラスの頬は透けてしまいそうなほど白い。体調が悪いのだろうかとアーサーは眉を寄せる。ラスは血の気の引いた顔のまま頷いた。

「問題ありません。私が出ます」

「駄目だってば。悪いけど、話している時間が惜しい。早く行ってくれ」

「時間が惜しいというのには同意します。増援が到着するのとディザスターが重力ブロックに到達するのでは、後者の方が早いと予想されます」

「うん、だから、急ぐよ」

「はい。避難してください」

 微妙に噛み合わない問答を繰り返し、アーサーはとうとう匙を遠投した。軍でパイロットをやっていたのなら当然戦闘許可バトル・ライセンスは持っているだろうし、ラスの操縦の腕は間違いなくアーサーを凌ぐ。

(ああもう、リツヤになんて言い訳すりゃいいんだ)

 アーサーとラスが出撃したと知ったらリツヤは間違いなく激怒する。そして、ここにあるPDを使う以上、隠し通せる可能性は万に一つもない。

 もうどうにでもなれと、すべてを放り出し、アーサーはコントロール・ルームへ床を蹴った。PDからゲートの操作をできるよう、繋げなければならない。

「ラスは《レーヴェ》に乗って。慣れてるほうがいいだろう?」

「はい。ですが、アーサー」

「おれは君を避難させることは諦めた。だからラスも、おれを避難させることは諦めてくれ」

 無茶苦茶な言い分だったが、ラスはいまひとつ腑に落ちていないような顔をしながらも頷いた。頷き返し、アーサーは《レーヴェ》を指差す。

「乗って。換装したら出す。おれもすぐ行くから」

「はい」

 ヘルメットを被り直し、バイザーを降ろしてラスは《レーヴェ》のコックピットへと飛び上がった。ため息を堪えながらアーサーはコントロール・ルームへ上がる。

(出なきゃいけないって……ほんとに大丈夫かな)

 理由はわからないが、ラスは酷く思い詰めている様子だった。やはり力尽くでもポッドに放り込むべきだったかとアーサーは早くも後悔する。腕力は、アーサーがラスに勝る数少ない要素だ。

 アーサーはヘッド・セットをつけて話す。

「コントロールより《レーヴェ》へ。ラス、準備はいいかい?」

『問題ありません。システム・オール・グリーンです』

「よし。じゃあ、換装するね」

 戦闘用PDを開発している都合上、ここには武装も一通り揃っている。無論のことテスト用だが、実際に使われているものとなんら変わりはない。

《レーヴェ》の換装と、コントロールの全権を《ルフト》へ委譲するのを同時に進めながら、アーサーはモニタを睨んだ。敵を示す赤い点が、少しずつ、だが確実に近付いてきている。



『射程まで一分。迎撃体制に入ります』

 ラスから音声通信が入り、アーサーは短く応答した。戦闘になる前にとバイザーの上から眼鏡を押し上げようとしてしまい、一人で苦笑する。目を悪くしてからはPDに乗ることはなかったので、眼鏡をかけた上にパイロット用ヘルメットを被るというのは初めてだが、なかなかに不便である。

『私が前に出ます。アーサーは援護をお願いします』

「了解」

『その際、私からなるべく距離を取っていただければ幸いです』

 ラスの申し出にアーサーは眉を顰めた。

「どうしてだい? せっかく二機で出たのに、離れたら意味がない」

『私の周囲は危険です』

「どういうこと……」

『きます』

 アーサーの疑問は受け取らず、《レーヴェ》は一気に加速した。レーダー上のディザスターを示すアイコンが一斉に《レーヴェ》を向く。

「チ―――」

 小さく舌打ちをし、アーサーもペダルを踏み込んだ。同時に機体の右腕がライフルを構える。それを殆ど無意識にこなし、意外に身体が覚えているものだと再び微苦笑を零す。

 敵の反応が二つ消えた。外の様子を映し出しているドーム・モニタの端を青白い光条が行き過ぎる。これはディザスターが吐き出すもので、全容はわかっていないが、一番近いのはビーム兵器だという。

 アーサーは減速しながら銃を撃った。連射しながら真横に機体を滑らせ、《レーヴェ》の左に回りこむ。敵の反応が更に二つ消えたが、その分敵との距離は目視できるほどに詰まっている。

 久しぶりに間近で見る「災厄」は、相変わらずどんな動物にも似ておらず、また、全ての生き物の特徴を備えているような姿をしていた。

 《レーヴェ》がライフルを左に持ち替え、右手は脚部に収納してあるカーボン・ブレイドを引き抜いた。肉薄してきた敵の一体にブレイドを突き刺して薙ぎ払い、距離を取る。刹那、光条が《レーヴェ》を掠め飛んだ。アーサーは半ば切り裂かれたディザスターに銃口を向け、止めを刺す。残り四体。

(増援が着く前に片付くかな)

 接近する増援部隊は既にレーダー上でも確認できたが、まだ遠い。

「……?」

 銃の狙いをつけようとして、ディザスターがすべてラスの乗る《レーヴェ》に向かっていることに気付いてアーサーは戸惑う。《ルフト》のことは攻撃されたときに機械的に反撃するだけで、目に入っていないようにも思える。

(どうしてラスに集中するんだ?)

 戦闘に入る直前、ラスが自分から離れろと言ったのと関係があるのだろうかと考えかけ、今はそんな場合ではないと振り払う。考えるのは後でもできる。今は目の前の敵に集中しなければならない。

 《レーヴェ》が新たな一体と対峙していた。アーサーはその後方から現れた二体を狙って引き金を引く。しかし入れ違いに飛んできた光条に左脚部を掠られた。鳴り響くアラートを切り捨てて立て続けに撃つ。一体の反応が消え、もう一体は下方へ沈んだ。追おうとした瞬間、別のアラートがその後方にいた一体から高エネルギー反応を知らせる。

(まずい)

 全力で回避に移るが、避けきれない、と歯を食いしばった瞬間、真横から強い衝撃を受けた。

「っ……!」

 思い切り揺さ振られ、アーサーは呻く。一瞬何が起きたのかわからなかったが、体勢を立て直して、《レーヴェ》から体当たりを受けたのだと気付く。

「ラス!」

 呼びながら探せば、すぐ傍に右腕と右足を失った《レーヴェ》が火花を散らしていた。それでも残った左腕を上げ、ライフルが最後の一体を狙う。それで全ての敵反応が消えた。

 アーサーは操縦桿から手を捥ぎ離し、慌ててラスに通信を入れた。

「ラス! 無事か!? 応答しろ、ラス!」

『―――です。損害―――、き―――』

 返ってきた通信は雑音が酷くて殆ど聞き取れない。コックピット内部にも被害が及んでいるのだろうかとアーサーは息を呑む。

「怪我は? 動ける?」

『―――ません。帰投―――』

 通信が途切れ、《レーヴェ》が《フォルモーント》の方向へ動き出したのを見て、アーサーはひとまず安堵の息をついた。緊張が切れ、同時に左腕が痛むことに気づく。体当たりされた時にぶつけたのかもしれない。

 痛みはするが動くので問題はない。機体の進路を《フォルモーント》へ向けながら、アーサーはコントロール・ルームへ通信を入れた。

「《ルフト》からコントロールへ。―――主任、そこにいる?」

『アーサー! 無事か?』

 避難していて欲しいと思ったが、即座に切羽詰った声が返り、よほど心配してくれていたらしいとアーサーは申し訳ない気持ちになった。リツヤの口調が素に戻っているのを、久しぶりに聞く。

「掃討完了。今から戻るけど、《レーヴェ》が中破してる」

『なんだって……ラスは?』

「ラスは大丈夫。《レーヴェ》が右の腕と脚を持ってかれてるから、回収するとき注意して」

『……わかった。二人とも無事なんだな?』

「無事だよ」

 これ以上心配させたら倒れてしまうかもしれないので、多分、とは胸中で付け足すだけに留める。間もなく帰投する旨を告げてアーサーは通信を切った。バイザーを上げ、頭を一振りして汗を飛ばす。ついでに眼鏡を押し上げた。

(ラス……怪我してなきゃいいけど)

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