008.01
008
リツヤは、何故かくっついてきたフェルンと共に家路を急いでいた。
ラスとアーサーが戻って間もなく、増援が到着して本隊の方も駆逐された。避難命令は解除され、リツヤは事態の収拾に追われた。
戻ってきた一班のメンバーは知らない間に壊れていた二機を目にして大騒ぎになり、説明されるまで収まらない状態だったので、リツヤは絶対に口外するなと全員に言い含めた上で大まかに事情を説明した。出撃を知っている、あるいはばれているであろう管制と警備へは、ウォンから説明が入っているはずだ。
そもそも、アーサーの出撃を許可したのはウォンだったらしい。たまたまウォンの許をアーサーが訪れていたときに敵襲の知らせが入り、アーサーが迎撃を申し出たのだという。最終防衛ラインを突破されたらという条件付きの許可だったが、結局ディザスターは警備隊を突破してしまった。
その後、出撃のために格納庫にやってきたアーサーと、フェルンと別れて戻ったラスが鉢合わせし、二人で出ることにしたらしい。アーサーはともかく、状況を知らなかったはずのラスが、何故出ようとしたのかリツヤにはわからない。帰ってきた二人の無事を確認し、同僚たちが戻ってくる前にロッカー・ルームへ押し込むのが精一杯で、詳しい話をする暇はなかった。
疲れているだろうし、格納庫に顔を出したら皆に取り囲まれるだろうと考え、ラスとアーサーには、着替えなどを終えたらそのまま帰れと伝えた。右往左往しているうちに終業時刻を過ぎ、いろいろありすぎて疲れたリツヤは、あとは明日の自分に任せることにして帰途についた。
「自分の家に帰れよ、フェルン」
「どうせリツヤは二人の様子を見に行くんでしょ? あたしも行くわ」
もう何度目かわからない問答を繰り返し、リツヤは隠さずため息をついた。少々手を変えてみることにする。
「フェルンがラスを心配するなんて珍しいな。アーサーさんはともかく」
狙い通り、フェルンは鼻白んだ様子を見せた。横目で睨んでくる。
「な、べ、別に心配なんかしてないわよ。あたしはPDで戦闘したことはないもの、実戦を経験した人に話を聞きたいと思うのは当然でしょ」
「それなら今日でなくてもいいだろうに」
「記憶は新しい方がいいわ」
「そーかい」
半ば諦めの気分でリツヤは口を噤んだ。フェルンがラスを質問攻めにして困らせるのは目に見えているので、二人が話をするときは、自分も同席しようと決める。
リツヤが何も言わずにいると、フェルンがぽつりと落とした。
「後悔してるのね」
「え?」
「二人を戦わせたこと。コロニーなんてどうなってもよかった、無理矢理にでもアーサーとラスを戻らせせばよかったって。リツヤは、《フォルモーント》が壊れるのより、二人が怪我する方がいやなんでしょう」
言い当てられてリツヤは唇を引き結んだ。否定しようかとも思ったが、偽っても意味がないので、彼女の言い分を認める。
「……そうだよ」
壊れたPDを見て、リツヤは動けなくなった。被弾の可能性を考えていなかったわけではないが、目の当たりにしたときの衝撃は想像の比ではなかった。
全体を見れば、PD二機が中破しただけで《フォルモーント》に被害を出さずにすんだということになるのだろうが、リツヤにはそこまで割り切れない。もしかすると、二人とも二度と帰ってこなかったかもしれないのだ。あの朝、いつもどおりに出かけていって帰ってこなかった両親のように。
フェルンは小さく笑う。
「甘いわね。まあ、それがリツヤのいいところだけど」
「それは褒めてるのか、
「どっちでも。―――でも、確かに、アーサーとラスは出ることなかったのよ。二人とも今は民間人だもの。あの状況で出撃しなかったからって、責める人は誰もいないわ」
「……ああ」
泣いて喚いてでも二人を止めればよかった。それが自分の役目だったはずだ。軍の到着までに
何故出撃を許可したのかとウォンに抗議しようとしたが、方々への対応に追われているらしい局長はまったく捉まらなかった。リツヤはその程度で諦めるつもりはないし、多忙さに同情するつもりもない。捉まるまで毎日通信を送るまでだ。
立てた人差し指を顎に当ててフェルンは言う。
「とはいえ、出撃したのは二人の意志。リツヤは関係ないのよ」
「関係ない?」
「リツヤが何も言わなくても二人は出たわけだし、戻れって言っても戻らなかった。リツヤとあたしが気付いたのが計算外だったんでしょうね。だから、今回のこととリツヤとは無関係。わかる?」
どうやらフェルンは、遠回しに慰めてくれているらしい。内心驚きながら無言でフェルンを見下ろせば、彼女は正面を向いたまま続ける。
「ま、全責任はアーサーの出撃を許可したウォンにあるわよね。アーサーが言い出したんでしょうけど、エマージェンシー・コールが発令されれば工業ブロックも閉鎖されるわ。それを開けられるのは局長権限を持ってるウォンだけ。しかもアーサーを向かわせたのは、あたしたちのいる五番ブロック」
「アーサーさんはいつも五番ブロックで作業してるからだろ」
「お人好しね、リツヤ。アインホルン社じゃアーサーはパイロットじゃないもの、乗るPDはなんでもよかったはずよ。開発中の機体よりも、もう運用されてる機体のほうがいいに決まってるじゃない。それでもウォンはアーサーを五番ブロックに向かわせた。もしくは、アーサーがそう考えるよう誘導した。あわよくばラスも出て被害が抑えられるかもって思ったんでしょ」
考えすぎではないかとリツヤは顔をしかめる。
「……局長がそんなことを考えるか?」
「あら、ウォンはああ見えて、強かで計算高いわよ。緊急時だったから退役軍人に協力を仰いだとか、言い訳はいくらでもできるしね。おかげで《フォルモーント》は無傷。民間人の人的被害はゼロ。その判断が正しいかどうかはわからないけど、結果オーライってことよ」
「軍人だったんだとしても、今は違う」
フェルンはリツヤを見上げて呆れたように眉を上げた。
「退役軍人って言ったでしょ、駄々っ子みたいなこと言わないでよ。結果論者じゃないと宇宙じゃ生きていけないわよ」
理屈はわかる。だが、感情は納得してくれない。加えて、傷つくのが見知らぬ人間ならいいのか、軍人ならいいのかという思いもある。今回の戦闘で、警備隊に被害が出ている。
(結局俺は、俺の身近な人間が無事ならそれでいいのか……)
ため息を堪え、リツヤはしみじみと呟く。
「司令官には向いてないな、俺は」
「何を今更。リツヤが軍人に向いてないのなんて、わかりきったことじゃない」
「自分で言っといてなんだが、他人にそうはっきり言われると複雑だ」
「自覚するのは大切よ。適材適所って言うでしょ。リツヤは民間企業の技術者がお似合い」
返す言葉がなくなったところで、ポケットの携帯端末が着信を知らせた。私用のもので、アーサーの名前が表示されている。
「はい? どうし……」
『リツヤ、今どこ』
常にはなく硬いアーサーの声に遮られ、リツヤは眉を顰めた。
「もう少しで寮につきますが……何かあったんですか?」
『ラスが倒れた』
「……え?」
『ラスの部屋にいるから、帰ったらきて』
「倒れたって、どうして!」
答えは返らず、ぷつりと通話が途切れる。リツヤは画面の消えた端末を呆然と見下ろした。フェルンが首をかしげて覗き込んでくる。
「どうしたの? 倒れたって、誰が?」
フェルンの声は聞こえていたが、脳を素通りした。
(ラスが、倒れた?)
頭の中でアーサーの言葉を何度も反芻し、端末を握り締めてリツヤは駆け出す。一秒でも早くラスの許へ行かねばならない。
「ちょ、ちょっと待って、リツヤ!」
残りの距離を駆け抜け、セキュリティ・チェックを破る勢いでエントランスを抜ける。エレベータのボタンを押し、非常階段を使うのとどちらが早いかと迷っている内に電子音が響いて扉が開いた。リツヤが乗り込み、扉が閉まる寸前にフェルンが滑り込んでくる。
八階へ着いて廊下を走り、拳を叩き付ける勢いでインターフォンを押す。応答はなく、すぐに扉が開いた。
「アーサーさん、ラスは……うわっ!?」
言葉の途中で背中から何かにぶつかられ、リツヤは大きくつんのめった。頭から転びかけるのを、危うくアーサーに抱き留められる。
「っと! ……危ないじゃないか、フェルン」
ぶつかってきたのはフェルンだったらしい。リツヤに背中にしがみついたままのフェルンは、息も絶え絶えに言う。
「ま、待ってって、言ってる、のに」
「とにかく、入って」
アーサーに招き入れられ、呼吸を弾ませたリツヤとフェルンはラスの部屋へ入った。廊下を戻っていくアーサーを追いかけながら、リツヤは改めて問う。
「ラスは?」
「寝てるよ。……エレベータで倒れたんだ」
「まさか、怪我を」
アーサーはかぶりを振る。
「怪我はしてないみたいだ。一緒に帰ってきたんだけど、普通に歩いてたし、痛がってる様子もどっか庇ってるようでもなかった。ここのエレベータで、力尽きたみたいに……でも、酷い熱だったから、ずっと我慢してたのかも知れない」
「医者は?」
「呼ぼうとしたんだけど、いやがるんだ。とりあえず、薬を飲ませて寝かせた。明日になっても熱が下がらないようなら、無理にでも病院に連れてったほうがいいかもしれない」
「そうですか……」
とりあえず一刻を争う事態ではなさそうなので、リツヤは安堵の息をついた。ようやく息が整ったらしいフェルンは、納得がいかないとでも言うように腕を組んで首を捻る。
「急な発熱ねえ。何かに感染した疑いがないなら、極度の疲労か精神的なものかって感じだけど、ついこの間まで月の前戦で戦ってたのに、戦闘のストレスは考えにくいわね」
原因の追求は後回しにすることにして、リツヤはアーサーに尋ねた。
「寝室ですか?」
「うん」
頷いて移動し、扉を開けてくれるアーサーに礼を言ってリツヤは足音を忍ばせて寝室に入った。明かりが落とされた部屋では、ベッドに横たわったラスが苦しそうな寝息を立てている。
ベッドの傍らに膝をつき、起こさないようにそっとラスの額に触れると、たしかに尋常ではない熱が伝わってきて、リツヤは眉を寄せた。浮いている汗を拭うように頭を撫でる。
いつの間にか背後にいたフェルンが、リツヤの肩越しにラスを覗き込んで顔を顰めた。
「薬はいいけど、飲み物とか、冷却シートとかは? ご飯は食べた?」
立ち上がったリツヤはアーサーを見て、アーサーはまるで考えていなかったとでも言うように首を左右に振る。フェルンは聞こえよがしのため息をついた。
「もう、気が利かないんだから。これじゃ治るものも治らないわよ」
くるりと踵を返すフェルンを、リツヤは慌てて呼び止める。
「フェルン、どこへ」
「買ってくる。すぐそこの薬局まだ開いてるでしょ。―――ついでに湿布も必要ね」
「湿布?」
問い返すリツヤには応えず、不機嫌そうな顔のフェルンは無造作にアーサーの左前腕を掴む。途端、アーサーが押し殺した声を上げた。
「いっ……!」
「打撲ね。折れてはいないようだけど、明日ちゃんと診て貰いなさいよ。ひび入ってたら大変でしょ」
「う、うん……」
「お金はリツヤに請求しますからね」
言い置いてフェルンは足早に部屋を出て行った。それをぽかんと見送り、残されたリツヤとアーサーはどちらからともなくリビングに戻った。アーサーが怪我をしているのは知らなかったので、リツヤは問う。
「腕、どうしたんですか?」
「……うん、ちょっとぶつけて」
濁したアーサーは、リツヤが重ねて問う前に妙に明るい声で言う。
「ラスの水分補給なんて、全然気付かなかった。フェルンは案外気配り屋さんだね」
「それ、フェルンの前で言ったら怒られますよ」
小さく苦笑して、ようやく少しだけ緊張が解けた気がしてリツヤは息をついた。
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