012.01
012
通路の向こうから、銃弾が雨あられと飛んでくる。
「センサーが弱いみたいだね。そこを狙って」
「そんなこと言われても」
応戦しながら当然のように言うアーサーへ、十字路の角に身を隠しながらリツヤは言い返した。オート・アームズのセンサーは小さな点に過ぎない。しかも動くので、実戦経験のないリツヤには、狙って打ち抜くのは至難の業である。それに加えて、オート・アームズはセンサーを破壊されたくらいで停止するほど脆弱ではない。アーサーが言うセンサーが弱いというのは、単純にセンサー部分の装甲が周囲より脆いという意味だ。
オート・アームズは定点に配置されているものと巡回しているものがあるようで、敵を見つけると近くのオート・アームズも集合する設定になっているらしかった。移動しなければ敵は増える一方だが、間断のない弾幕のせいでそれもままならない。
「フェルン、頭出すな!」
「出さないと中らないでしょ! この……!」
声を上げるリツヤに言い返し、反対側の角にいるフェルンは果敢に打ち返す。しかし、彼女が手にしている銃のスライドが後ろに動いたまま止まった。ヒップバッグを探り、予備の弾倉が残ってないことに気付くと、リツヤの方へ手を差し出す。
「リツヤ、弾余ってない?」
「フェルンの銃に使えるのはない」
「じゃあその銃貸して」
「あのな……弾切れなら大人しく下がってろ」
「後ろで縮こまってるのは性に合わないの。―――ラス」
フェルンが皆まで言うより先に、リツヤとのやり取りを聞いていたらしいラスが彼女を背後に押し遣る。
「ありません。フェルン、下がって」
「あん、もう」
そうこうしている間にも、アーサーが正確無比な射撃でオート・アームズを沈黙させていく。そろそろ打ち止めだろうかと前方の通路を覗き込んだとき、不意に予期せぬ方向から物音が聞こえてリツヤは振り返った。
前方ばかりに気を取られ、右手側への注意が疎かになっていた。リツヤが気付いたときには、敵は既にセンサーを赤に変えて銃口を出現させている。
「やば……」
「リツヤ!」
悲鳴のような声を上げて、ラスがリツヤの前に飛び出した。オート・アームズのセンサーがラスを捉え、リツヤは息を呑む。咄嗟に手を伸ばし、ラスの腕を掴んで引き戻しながら、覚悟していた銃声が聞こえないことに首を捻る。
「……?」
ラスを捉えたオート・アームズがセンサーを点滅させながら動きを止め、それに連動するように他のオート・アームズも停止した。
角から身を乗り出したフェルンが手を振っても、困惑したようにセンサーを点滅させるだけで、攻撃を仕掛けてはこない。
「ラス、何かした? システムに干渉できるとか」
「私は何もしていません。システムや機械に干渉する能力も搭載されていません」
「じゃあ、ラスを攻撃対象から外す設定になってるのね」
「ラスだけは無事に残したいんだろ、カタリナは」
呟くアーサーに、フェルンは鼻を鳴らす。
「それにしては設定が甘いんじゃないの? 正面に立たないと認識できないなんて。というか、最初から攻撃させるなってのよ。どうせあたしたちが入ってきてるのわかってるんでしょうし」
「それほら、ラス以外は殺しておきたいってことじゃないかな」
「巻き込まれてラスまで死んだら本末転倒じゃないのよ。案外頭悪いのね、あの女」
吐き捨てるように言うフェルンに苦笑しながら、リツヤはラスの背を軽く叩いた。
「助かった。けど、二度とするな。俺を庇うより、自分の安全を優先しろ。いいな」
「しかし」
「約束してくれ」
「できません」
「ラス」
語調を強めれば、ラスは僅かに眉を寄せて言う。
「理屈ではないと、リツヤが」
「俺が? いつ」
「最初に会った日に、食料品店で」
「食料……ああ!」
思い出してリツヤは声を上げた。たしかに、そんなことがあった。あのときは銃弾ではなくティッシュの箱だったが。
「ですから、お約束はできません」
真顔で言われて、リツヤは返す言葉を失った。あのとき、他人を庇うという行為を理解できないような顔をしていた人間が、よくぞと思う。
(……いかん。感動してる場合じゃない)
頭を切り替え、リツヤは降参のつもりで片手を挙げた。
「わかった。俺が気を付ける。ありがとな」
「いいえ」
こんなところで死んで堪るかと思う。それはラスやアーサー、フェルンに対しても同じだ。三人とも死んで欲しくないし、死んでいいはずがない。
「今のうちに急ごう。案内してくれ」
「はい。こちらです」
道案内役のラスを先頭に四人は移動を再開する。その行く手に現れたオート・アームズは、攻撃してくることはなく道を空けた。それはそれで不気味である。オート・アームズは停止しているのではなく、通り過ぎていくリツヤたちをセンサーで追ってくるのだ。油断させておいて後ろから撃たれるのではないかと、リツヤは気が気ではない。
(ああ、やだやだ。システムごと落としたい)
肌を粟立てながら進んでいくと、ラスは大きな扉の前で足を止めた。
「ここか?」
「はい。この奥です」
ロックの可能性を考えたが、扉はすんなり開いた。四人は顔を見合わせ、警戒しながら中へ踏み込む。
「なんだ……ここ」
大きなコンサートホールほどの広さがある部屋の中央に据えられた機械を囲むように、楕円形の、巨大な卵のような培養槽が一定の間隔を置いてずらりと並んでいる。それらには液体が満たされて、幾つかには人影が見えた。ふと近くの一つを覗き込み、リツヤは目を見張った。
「ラス……!?」
目を閉じ、眠っているような表情で培養槽の中に漂っている人影は、目を疑うほどラスに似ていた。髪の長さこそ違うが、年の頃もラスと同じか、やや若いように見える。
同じように培養槽を覗き込んだフェルンが両手で口元を覆った。
「なんてこと……」
アーサーが培養槽に片手を触れ、厳しい表情で呟く。
「クローン……かな」
その可能性に思い至らなかったリツヤは、はっと彼を振り返った。
「クローンって、ラスのですか?」
「これだけそっくりならそうだと思うよ。ラスに似たきょうだいが何人もいるっていうなら話は別だけど、それはあり得ない」
思いついた様子でフェルンが頷く。
「そっか、あのオート・アームズがラスを認識した途端襲ってこなくなったのはれのせいもあるんじゃない? 間違えてこの子たちを攻撃されたら困るもの」
「なるほど。そうかもな」
リツヤも納得して頷いた。オート・アームズが培養槽を攻撃することはなさそうだが、もしこのクローンたちが外に出されて研究所内を歩き回っているなら、避けるように設定されていてもおかしくない。
蒼白になって培養槽を見つめていたラスが、ぎこちなくかぶりを振った。
「……これは、私ではありません」
深刻な声音で至極当たり前のことを言うラスへ、リツヤは頷く。
「それはそうだ。ラスはおまえしかいない」
「いいえ、そういう意味ではなく……私のクローンではありません」
「違うのか?」
「私のクローンなのであれば、性別を備えないはずです」
「……あ」
言われて思い出し、リツヤは瞠目した。改めて幾つかの水槽の中を覗き込むが、どの個体も男性、あるいは女性であることは間違いなかった。
ラスの言葉を聞き咎めたらしいフェルンが傍らのラスを見上げる。
「性別を備えないって、どういうことよ」
「私は生まれつき無性なのです。男でも女でもありません」
「でも、リツヤは男って言ってたじゃない。最初、みんなに紹介するときに」
リツヤが何かを言う前に、ラスが淡々と応じる。
「それはリツヤが私を慮ってくれたからです。普通の人間であれば、無性ということはありませんから」
フェルンはしばし無言でリツヤとラスを見比べ、小さく首をかしげた。
「……遺伝子異常?」
「原因は特定されませんでしたが、私の生まれを考えればその可能性が高いかと」
首肯するラスの言葉を聞いて、フェルンは苦々しげにため息をつく。
「ったく、碌でもないわね」
アーサーが培養槽に視線を戻して口を開いた。
「じゃあこの子たちは、ラスそっくりに創られたデザイナー・チャイルドか。年頃からして、多分、ラスが生まれたすぐ後に生み出されたんだろうね」
「なんで後ってわかるのよ」
「みんなラスにそっくりだからさ。意図してラスに似せたんだろう。それか……」
躊躇うように言葉を切ったアーサーを、フェルンが促す。
「それか?」
「こっちのほうがありそうかな。ラスを作ろうとしたんだ」
リツヤは瞠目してアーサーを見上げる。
「ラス、を……?」
「ただのデザイナー・チャイルドじゃなく、『マザー』のコピーでもなく、ラスを作ろうとした。おそらくは、カタリナが」
「何故そんなことを」
「さあ……そこまでは」
わからないとアーサーは言うが、その表情はどこか悲しげで、本当は見当がついているのではないかとリツヤは思う。しかし、問うことはできなかった。
フェルンが重くなりかけた空気を打ち払うように言う。
「行きましょ。理由は本人に聞けばいいわ。―――ラス、『マザー』まではまだ遠いの?」
「いいえ。『マザー』はこの先です」
言いながらラスは奥にある扉を指差した。四人は奥へ足を向ける。扉の脇のパネルをラスが操作すると、難なく開いた。
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