005.01

 メリッサとノエルが難しい顔で話合っている。

スペース・デブリ宇宙ごみか何かじゃないの?」

「デブリだったらデブリだって表示されるし、普通はこんなに軌道変わらないでしょ。絶対同じのが出たり入ったりしてるんだって」

「そんなことある? 偶然そういう軌道を描いてるとか」

「その偶然が朝から十六回だよ」

「そうよねえ……せめてモノが何なのか特定できるといいんだけど」

「何かあったか?」

 コントロール・ルームに入るなり聞こえてきた会話に首を捻りながら、リツヤはオペレータたちに近付いた。オペレータ二人は同時に振り返る。

「ああ、主任」

「問題が起きてるなら、《ルフト》を戻らせてくれ。《レーヴェ》を出すのも中止する」

「いいえ、PD二機には問題ありません。ちょっと、レーダーに妙な反応が」

「妙な反応?」

 リツヤが首をかしげると、ノエルはコンソール・パネルを叩いた。少し前のレーダーのログらしきものが表示される。

「ここなんですけど、一瞬だけ不明物がレーダーに引っかかってるんです。かかる時間が短すぎて解析は不能、映像も不鮮明。記録によれば、AM08:17を最初に、それからPM16:21までほぼ三十分に一回ずつ引っかかってます。他の班と、《フォルモーント》管制に確認してみましたが、間違いなさそうです。みんな不思議がっていました」

 件のログを見ながら、リツヤは口元に手を遣った。

「月から連絡は?」

 メリッサがかぶりを振る。

「ありません」

「他のコロニーからもか」

「それもなしです」

「演習にしてもおかしいな……レーダーに引っかかるくらい近くで演習するなら、何某なにがしかの連絡があるはずだし、こないだ戦闘があったのはもっと月寄りだ。軍は無関係かな」

 言いながらリツヤは格納庫を見下ろし、空いているヘッド・セットを取り上げた。オペレータたちに問う。

「《ルフト》の状況は?」

「換装テストは問題なく。ただ、新型の装備をフェルンが面白がっちゃって、適当に撃ったら不具合が見つかったとかで五班が大童おおわらわでしたが」

 ノエルの報告を聞いて、リツヤはやれやれとため息をついた。

「予定にない行動はすんなっつってんのに、あいつは。新型って、あれか? なんだっけ、大気圏内では使えないやつ」

「そうです。荷電粒子かでんりゅうし……いや、反物質粒子砲だったかも。正式名称は未定だそうですが」

「もう形になってたのか。それで不具合が見つかったならまあいいか? ―――コントロールより《ルフト》へ。フェルン」

 リツヤはヘッド・セットをつけることなく、マイクを口元に寄せて話しかける。するとスピーカーからけろりとした声が返ってきた。

『リツヤ? 何やってんの?』

「何やってんのって、おまえが言うな。終わったならとっとと戻っこい」

『主任は新人さんのお世話で手一杯だと聞いてましたから。今日も格納庫じゃまったく姿をお見かけしませんでしたし』

 慇懃無礼いんぎんぶれいの見本のような口調を、リツヤは努めて聞き流す。まともに相手をしていては神経が摩耗どころか摩滅してしまう。

「さっきこっちにきたんだよ。もう全工程パスしたんだろう? 戻ってこい、今日は上がりでいいから」

『ええー? もうちょっと乗る』

「あのな……いいや、今から《レーヴェ》が出るから。下がってろよ」

『なんですって?』

 聞き捨てならないといったふうのフェルンはさて置き、リツヤは通信をラスが乗る《レーヴェ》の方に切り替えた。ラスがここへきてから、宇宙へ出るのはこれが初めてである。リツヤとしては、運用試験というよりはラスの慣らしのつもりだ。

「コントロールより《レーヴェ》へ。調子はどうだ、ラス?」

『問題ありません。システム・オール・グリーン』

「よし。もうすぐ終業時間だし、そうだな……コロニー一周して戻っといで」

『了解』

 ラスの返事を聞き、リツヤはヘッド・セットを元の位置に戻した。後はオペレータたちに一任する。

 コンソール・パネルを操作しながらメリッサが《レーヴェ》へ声を投げる。

「《レーヴェ》をカタパルトへ移動。ゲート、開きます」

 格納庫にいる白いPDが開いたゲートに吸い込まれていく。完全に移動してからゲートが閉じた。

「アーム解放。《レーヴェ》発進準備完了。コントロールをパイロットへ」

『了解。―――《レーヴェ》、発進します』

 無事に発進したようで、すぐにモニタに《レーヴェ》を示すアイコンが表示された。何を考えたか、フェルンの乗る《ルフト》が《フォルモーント》の外周へ向かう《レーヴェ》に近付いていく。

「フェルンったら、何をするつもりかしら」

「さあ……」

 首を捻るメリッサと同じように、リツヤも首をかしげる。フェルンに戻れと呼びかけるかどうか迷ったが、まさか攻撃を仕掛けたりはしないだろうと静観することした。

「主任、ラスは宇宙に出るの初めてですよね?」

「うん? ああ、ここではな」

 アインホルン社にきて、パイロットとしてPDを操縦するのは初めてだが、月基地にいた頃に演習や出撃で宇宙に出る機会は日常的にあっただろう。そのことを告げると、ノエルは納得したように頷いた。

「そうか、元軍人ですもんね。初めてにしてはやたらスムーズだから」

「ええ。わたしも、多少トラブルを覚悟してたんですけど。最初は必ず何かありますものね」

 メリッサも同じように頷くのを見て、リツヤは苦笑した。

「今日は慣らしだし、本格的に始める来週あたり何かあるんじゃないのか?」

「やめてくださいよ主任、本当になったらどうするんです」

 メリッサに睨まれ、リツヤは冗談だと片手を振った。その瞬間、《レーヴェ》からの通信が入る。

『《レーヴェ》からコントロール。応答願います』

 リツヤは慌ててマイクに話しかけた。

「どうした?」

『機体左後方、ラジエータ付近から異音。アラートなし』

 平坦なラスの報告を聞き、リツヤとオペレータたちは色を失った。

 なんらかの異常やシステム・エラーが起きて警報が鳴るならまだいい。警報が設定されているということは、想定された不具合だということだ。だが、明らかに異常があるのになんの警告も警報も作動しないのは、想定外の事態が起きている可能性が高い。

「今すぐ戻れ」

『了解。帰投します』

 モニタの《レーヴェ》を現すアイコンが反転し、戻ってくる。オペレータたちの誘導に従って格納庫へ収容され、ハッチが開いて出てくるラスの姿を認めて、ようやくリツヤは詰めていた息を吐きだした。

「……トラブルあったな」

 安心したように胸元に手を当て、ノエルが見上げてくる。

「でも、大事に至らなくてよかったですよ」

 それは心の底からそう思うので、リツヤは深く頷いた。

「本当に。よし、これで《レーヴェ》の厄落としは済んだな」

「厄落としって、主任。古風ですね」

 メリッサが苦笑して言ったとき、再び通信が入る。

『《ルフト》よりコントロール。戻るわ、誘導して』

 待ってましたとばかりにノエルがコンソール・パネルに向き直った。

「はいはい。自動誘導装置起動。《ルフト》を収容します」

 オペレータの声を聞きながら、リツヤは《レーヴェ》の不具合を確かめるために格納庫へ降りた。《レーヴェ》の周囲には既に人が集まり始めており、ヘルメットを小脇に抱えたラスが状況を説明している。それが一段落するのを待って、リツヤはラスに声をかけた。

「大丈夫か、ラス」

「はい。私は問題ありません」

「よかった」

「機体に異常があります」

 生真面目に応えるラスへ、言葉が足りなかったかとリツヤは笑いながら補足する。

「ラスが無事でよかった」

「……はい」

 不思議そうに目を瞬いたが、しっかりと頷いたラスの頭を、リツヤはくしゃくしゃとかき混ぜた。

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