ゆとり指導

へろ。

ゆとり指導

 ステージ上にて、ド正面を向く劇団員Aと劇団員B。

 そんな二人を誰もいない客席で、イライラと片膝を揺すりながら見守る、座長。


劇団員A 女 

「コンビニ行くけど、なんか買ってくる?」


劇団員B 男 

「あー、じゃあ稲中卓球部全巻買ってきてー」


劇団員A 女 

「え? 文庫版? それとも廉価版でもいいの?」


 客席から立ち上がり、足早に二人の劇団員に近づく座長。


座長   

「ストップッ! ストップッ!」


劇団員B 男

「え? なにかダメな所ありました?」


座長   

「まず下手ッ」


劇団員A 女

「え?」


座長   

「え?じゃねーよッ。なにお前等ずっと正面向いて客席ガン見してんだよッ。漫才やってるわけじゃねーんだよッ」


劇団員A 女

「でも、客席に背を絶対向けるなって、座長が・・・・・・。」


座長

「だからって露骨過ぎんだろッやってることがッ。いいから、もっと自然な演技しろよッ」


劇団員A 女

「は、はぁ。」


座長

「なんでそんな腑に落ちない表情かましてくれてんの? なんなの? つーかマジでなんなの? コンビニ行くけどのくだり、稲中卓球部買ってきてって、なにお前、なめてんのッ?」


劇団員B 男

「・・・・・・なめてないです。」


「お前もお前だよ、劇団員Aッ。ツッコメよッ。なにさらっと、完全版?廉価版でもいいの?とか自然に聞いちゃってんのッ?」


劇団員A 女

「・・・・・・すいません。」


座長

「つーかさ・・・・・・つーか、そもそもそういうこと聞く場面じゃねーんだよッここはッ。いいか、もう一度説明するぞ。この場面は、同棲中のカップルの女の方が、男に愛想尽かせて出ていくシーンなのッ。なんッだよッ、コンビニ行くけど何か買ってくる?ってッ日常じゃねーかよッただのッ」


劇団員B 男

「でも座長、僕ら台本渡されてないし。」


座長

「台本無くてもやれッ」


劇団員A 女

「でも座長、私たち台本渡されてないし。」


座長

「いやだから、アドリブでやれって言ってんだろうがッ」


劇団員A 女 

劇団員B 男

「「でも座長、台本ないし。」」


座長

「それは・・・・・・脚本家とケンカして劇団から追い出した俺が全面的に悪いけどさ、そんなこと言ってたら何も始まらないだろうがッ」


劇団員A 女

劇団員B 男

「「・・・・・・」」


 無言で二人はジッと、勝手に熱くなっている座長を見詰めていた。


座長

「黙るなッ。ゴメンッ。マジでゴメン。だからさっさとやってッ」


 劇団員AとBは、一度深い溜め息をした後に向かい合い、演技に戻った。


劇団員A 女

「ねぇッなんで浮気したのッ」


劇団員B 男

「え? してないけど。」


劇団員A 女

「え? 本当に?」


劇団員B

「うん。」


劇団員A

「・・・・・・コンビニ行くけど、なにか買ってくる?」


 再び座長は立ち上がる。


座長

「ループッ既視感ッさっき見たそれッどんだけ好きなんだよッコンビニがッ」


劇団員A

「すいません。」


座長

「つーかBッ、お前もお前でしてろよッ浮気ッ」


劇団員B

「すいません。」


座長

「やりなおしッ」


 ステージ上で、再び向かい合う劇団員AとB。


劇団員A

「最低ッ浮気なんてしてッもう出てってやるッ」


劇団員B

「ごめんッ。ごめんなさいッ。もうしないッもう絶対しないッ」


劇団員A

「本当に?」


劇団員B

「うん。」


劇団員A

「コンビ―――」


座長

「コンビニやめろッ」


 劇団員Aの言葉を遮る、座長。


座長

「許すな、おまえッ。なんなんだよッ。ちゃんとケンカしろよッお前等ッ」


劇団員A

「・・・・・・でも、されたことないし、私」


座長

「あ?」


劇団員A

「だから、浮気されたことないから、いまいちピンと来ないんですよ」


劇団員B

「僕は女の子と付き合ったことが無いんで、ちょっと浮気とかハードル高くてピンと来ないです」


座長

「・・・・・・」


劇団員A

「え!!?Bくん付き合ったこともないの!?」


劇団員B

「あるわけ無いじゃん、僕、生まれた時から陰キャだよ!」


劇団員A

「超ウケる!」


劇団員AとBは笑っていた。


座長は一度、ダンッと思いきし地面を踏みつけ、言った。

「超ウケないッ」


劇団員AとB

「「・・・・・・」」


座長

「ピンとくるとかこないとかの問題じゃねーじゃんッBに関してはッ。もういいよッ俺がAとやるから、Bは見てろッ」


劇団員B

「は、はぁ。」


 座長の、「スタート!」という言葉を合図に演技は始まった。

 これまでとは違い、劇団員Aの役の入りようは凄まじいものだった。

 

 劇団員Aは、肩を震わせ、叫んだ。

「臭いッ臭いッ臭いッ」


座長

「え!?どうした、急に!?」


劇団員A

「どうしてそんな汗かいてんのッ!? なんでそんな上から目線なのッ!? なんでそんな唾飛ばしてくんのッ!?」


座長

「ちょ・・・・・・、落ち着けよ・・・・・・。俺が悪かったよ・・・・・・。俺ッちゃんとッ直すからッ」


劇団員A

「口クッサ。」


 そう言い残し、劇団員Aは舞台袖に走り去っていった。

 

 ステージ上に取り残された座長に、客席から見ている劇団員Bは生唾を飲み込みながら言った。


 劇団員B

「すげぇ、これが本当の演技か・・・・・・。」


座長は涙目で、声を震わしながらBに言う。

「・・・・・・違うからぁ。」


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆとり指導 へろ。 @herookaherosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る