第29話 澱人狩り 3
手を握り合って見つめたまま2人は立っていたが、やがてジーンは思い出したように言う。
「そうだ親父に言ってタマナに伝達送ってもらわないと。」
「うん、そうだね、一緒に行こう!」
そう言ってオトハはジーンの右手を左手に握り直すと並んで移動を始める。
遠目には仲の良い姉弟のように見える2人。
しかしジーンは左手の痛みに比して柔らかくて暖かい右手の感触に胸は高鳴る。
彼はオトハに格好いいところを見せることができて誇らしい気持ちになっていた。
オトハはジーンのまだ小さな歩幅に合わせて歩く。
自分に弟がいたらこんな感じだろうか。
やはり彼を一人の男性として見るには幼く見えた。
もちろん彼のことは憎からず想っているし、容姿も美しく、正直ときめいてしまう部分もある。
だがやはり年齢差を考えると、それは鑑賞する対象の美しさとして彼女の目には映っている。
しかし、彼の真剣な言葉や、今一緒に戦った彼の無事をその左手に感じていると、ずっと考えていた、この世界にいる人達に対する一線を守ることをいい加減にやめようかとも思えるのだった。
彼のことを大事に想っているこの気持ちに偽りはない。
彼もまた自分と離れ離れになるかも知れないのを判っていながら、真剣に、無防備に気持ちを向けてきてくれている。
それに対して今のままの態度でいるのは誠実ではないように思えるのだ。
オトハは左手を強く握る。
ジーンはオトハを見上げる。
オトハはニコリと笑って右手で彼の頭を撫でようとかがむ。
ジーンは20メートルほど吹き飛び体を激しく強打し、血を吐きながら倒れる。
「え?????」
オトハの視界の右に黒い影が見える。
影はケタケタと笑っている。
オトハはゆっくりと放心した顔を右に向ける。
数メートル先に4本手の澱人が楽しそうに左右に揺れている。
* * *
タマナとヴィクトルはデレクの元に急ぐが、彼女はその体格のせいでヴィクトルほど速くは走れず、体力もないので既に息切れしていた。
それを見たヴィクトルは困ったような顔をして言う。
「おいおい、ジジイの方が元気一杯じゃぞ、何だったら抱えて行ってやろうか?」
「うるせえ、俺の方が年上だろうが、先に疲れても仕方ねえだろ。」
そうやって軽口を叩きながらも心穏やかではなく、その表情には一刻も早く向かわなければならないと言う焦りが現れている。
ヴィクトルはやれやれと手振りをすると彼女をひょいと抱えて走り出す。
「ちょっとコラ!ジジイ、荷物じゃあねえんだから持ち方に気を使えよ!」
「お前さんくらい軽いとおぶるより小脇に抱える方が楽なんじゃ。我慢せい。」
タマナはヴィクトルの屈強な左腕に抱えられながらデレクたちの戦況を監視する。
デレクと3人の村人はテリトリー外に逃げ切り、現在も煙を焚いているようだった。
その影響で彼らはジーンと澱人の戦闘がどのようになったのかも知らず、現在も息子の状態を確認できずにいるようだった。
そしてデレクは傷薬で足をくっつけたとはいえ、時間が少し経過していたのもあり、動くことは不可能だった。
彼を完全に癒すには魔法と専用の薬を用意する必要がある。
村人3人は多少の打ち身や擦り傷程度で済んでいるが、幾度も澱人の攻撃を凌いだ為、武器がぼろぼろに痛んでおり殆ど戦力になりそうにもない。
「ヴィクトル、最悪シギズムンドたちが到着するまであんた1人で戦ってもらうことになりそうだ。可能ならジーンを連れて一時撤退するが、難しい場合は……。」
「覚悟の上じゃよ。そもそも儂は澱人を倒しに来ておるからな。」
「すまねえ、無理をさせる。」
ヴィクトルはデレクが担当するテリトリーまで到着すると肩で息をしながらジーンの姿を探した。
タマナはヴィクトルの腕から降りて、指を差す。
「あっちだ!!」
その方向にはジーンとオトハが並んで立っている。
「オトハ!?何してやがるんだあいつ!!」
ヴィクトルとタマナが駆け寄ろうとした瞬間、ジーンはゴム毬のように吹き飛ぶ。
「な、に!?」
まるで意思があるかのようにケタケタと不気味に笑う澱人。
ヴィクトルはそれを見て呆然とする。
ジーンが死んだ?
澱人は楽しんでいる?
ヴィクトルの様々な疑念を追い払うようにタマナは彼の腰に裏拳を入れる。
「しっかりしろ!ジーンは、まだ、かろうじて死んじゃいねえ!すぐに治療すれば助かる!それに、あの女を助けねえと!」
「おう、そうじゃった!呆けている場合ではないな!」
だが2人が駆け出すよりも早く、澱人は4つの手を振りかぶりオトハめがけて攻撃を仕掛けた。
「オトハッ!!!!!」
タマナは悲痛な叫び声を上げて前のめりに倒れこむ。
目は絶望の色に染まり、視界がグラグラと歪む。
しかし、オトハは吹き飛ばされることもなく、倒れることもなくそこに立っている。
能力によって作られた小盾が澱人の攻撃を弾いていた。
その盾の裏でオトハは真っ直ぐに澱人を睨みつけている。
透き通るほどの静かな怒り。
そしてオトハはジーンの元に駆け寄る。
「私はこんな別れ方をするのを恐れて心に一線を引いていたわけじゃないよ……。」
完治はしないだろうが少しは延命になるかもしれないとタマナの家から持ってきた傷薬をジーンに与える。
そして立ち上がり、もう一度真っ直ぐと澱人を見据える。
澱人は相変わらず笑っているが、同時に声も聞こえる。
「人ハ、憎ミミミ、絶望絶望シ、泣キ喚キ、ソソソレガ美味シイ美味シイイ。」
「あなたって喋れるのね。私はね、タクシードライバーのトラビスみたいな独善的な正義でここに来ちゃってるんじゃないかとか、そう言う風にちょっと自分の正義感に反省しながらもそれに酔っていたフシがある。私は新しい能力を手に入れて舞い上がっていた。それは認める。本当に愚かよ。でもそんなことよりも、今は!てめえみたいなクソを水洗便所に流すみてえにぶち殺したいと思っている!ただそれだけだ!」
「泣キ喚ケ。」
「哭くのはてめえだ!!」
オトハは右手を開く。
すると右手首から赤い糸のようなものが一筋垂れ、それがみるみる形を成していく。
赤い糸はアブサンスプーンの様に美しい装飾をした金属製の葉になり、それが幾重にも絡まって、隙間だらけで不完全だが、しかし凛々しい銃の形になった。
「ずっと考えてた。筋力も技術もない私が戦うために使える武器を。大きくなく、それでいて威力のあるもの。銃のシミュラクル。」
オトハは銃のようなものを構えて澱人を狙う。
「この能力の使用はね、夢をコントロールするときのあの感覚に似てるの。だからこれは私の夢の操縦法なのよ。エルヴェ!!」
引き金を引く。
弾丸は勢い良く発射され直進する。
弾は尚も速度を上げる。
弾は火薬によって発射されたのではない、銃の形をした何かから突然発生の一種として射出されている。
言うなれば、この銃のようなもの、オトハの言うところの銃のシミュラクル、その名をエルヴェと命名されたこの武器は、能力そのものを銃の形に具現化せしめた代物である。
小さく威力のあるものとは銃ではなく、弾丸のことであった。
しかし素人の撃つ弾がそうやすやすと当たるものではない。
果たして弾丸は澱人にカスリもせずに飛んでゆく。
「え、マジ!?当たらないの!?って言うかこの疲労感、撃ててあと2発ってところな気がする。うう、意外と消耗が重いのね……。」
澱人が一歩、二歩と近づいてくる。
距離は25メートルほど。
悠長にはしていられない。
近寄られたら殺されるのは間違いがない。
オトハは集中する。
「当たらないなら、当たるようにすれば良い!当たる弾を撃てば良いだけだ!」
オトハは狙いを定め、2発目を放つ。
だが澱人は先ほどの銃の軌道を見ていた。
直進する攻撃、それが銃による攻撃だと学習していた。
弾丸の軌道を目視し、その先に体を置かぬよう少しずらせば良い。
しかしこの弾丸は素直ではない、弾は軌道を変え、曲がりながら澱人の頭部を直撃した。
それも無駄であった。
弾丸は澱人の硬い皮膚に弾かれてしまう。
敵は警戒しながらも尚もジリジリと近づいて来る。
「だったら、弾かれるなら弾かれないようにすれば良い!」
オトハは挫けることなく三度エルヴェを構える。
しかし危険を察知した澱人は素早く距離を詰めてオトハの右手のエルヴェに攻撃を加える。
右手は大きく外側に弾かれ、その拍子に3発目を発射してしまった。
澱人はそれを見計らってオトハの頭を狙う。
喰らえば一撃で頭蓋骨は割れ、中身が飛び出すだろう。
「当たるなら!銃口の向きなんて問題ないんだよ!!」
その叫び声とともに発射された銃弾は空中で静止し、くるりと向きを変えて視認できないほどの速さに加速すると、澱人の頭部を激しく撃ち抜いた。
澱人は動きを止めて叫び声を上げる。
オトハは両手で耳を覆うがその不愉快な音を全て防ぐことはできない。
「オトハ!!」
ヴィクトルとタマナが到着する。
「タマナ!」
タマナは息を切らしながら必死に叫ぶ。
「違う!澱人の弱点は頭部じゃねえ!頭部へのダメージは一時的に行動を停止させるだけだ!!そいつは死んでねえ!!逃げろ!!」
タマナが言い終わるのが早かったか、それとも澱人が活動を再開するのが早かったのかは定かではない。
澱人は手を槍のようにしてオトハの胸に突き立てる。
いや、突き立てようとした。
澱人を撃ち抜いた弾丸は頭部を貫通し、その後ろの空間に小さな穴を開けていた。
その穴へ一筋、澱人の肉体が糸のように入り込んでいる。
澱人が行動を起こそうとした瞬間には既に、その穴の中にまるで糸が巻き取られるように肉体が吸い込まれていた。
バキバキと蟹の甲羅が割れるような音を立てて、澱人は小さく折り畳まれながら穴に入ってゆく。
澱人は叫ぶ。
オトハを狙った槍のような攻撃、その矛先は彼女に届くよりも早く吸い込まれてゆく。
「言ったよね、水洗便所に流すみたいにぶち殺すって。」
やがて澱人は完全に飲み込まれ、その小さな穴ごと消え去った。
弾丸は着弾した対象にイメージを吹き込み、現象を引き起こすための種のようなものだった。
弾丸が武器なのではなく、着弾した箇所に能力を発揮し、様々な現象を起こすことこそが彼女の攻撃であった。
そしてイメージが強く正確であればあるほど効果は高まり、精度が上がるのだ。
これこそが彼女の数週間に渡る練習の成果だった。
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