第28話 澱人狩り 2

 澱人の移動速度は鈍い、というのがタマナの情報だったがこいつは少なくとも素早く走る。

澱人は確かにそれぞれ見た目が少しずつ違うのだから、個体差というものも存在するだろう。

だがそれは問題ではなく、兎に角こいつがよく動くハズレ個体であることは確かだった。


 デレクや村人は走る敵を追いかける格好になる上に、相手の攻撃はこちらの射程外から飛んで来る。

攻撃そのものも重く、直接受けるには衝撃が強い為、吹き飛ばされて転んだり、うまく弾いても手が痺れて2打目に間に合わず、他の人に防いでもらうなどせねばならず、うまいこと距離を縮められずにいた。


 デレクの武器はサーベルの為、それなりに接近せねばならないが、いやらしいことに後退しながら攻撃を続ける澱人に為す術もない状況となっている。


「クソったれ!本当に知性のない反射だけの存在なのか!?何だか戦略があるような動きに見えるぜ!」


「親父、俺ならあの速度に追いつけるけど。」


「馬鹿言うな、危険だ!それに既に一個発火符を使っちまってるんだ、お前に分ける余裕はねえよ!」


「いいよ、俺にはこの武器があるから。」


「ダメだ、危険だって言ってるだろ!その武器はいつぶっ壊れるかわからない程度には不安定だ。それに接近すれば恐らく攻撃の殆どがお前に飛んで来るようになるぞ!いくらお前が小さくて素早いとは言え、避けきれるかわからん!」


「じゃあこのまま追いかけっこを続けるのか?あいつに体力の限界がなかったら先に動きが止まるのはこっちになっちまうよ。」


「クソ、どうにかあいつの動きを鈍らせる方法はねえか……。」


 ジーンは意を決するように前を睨むと、父親に何も言わず先陣を切る。


 澱人の攻撃は相変わらずランダムな対象の為、彼は隙を見てはみるみる目標に接近していく。

それを見たデレクは舌打ちをしてサーベルに発火符を使う。

息子の行動を信じて速攻を仕掛けることにしたのだ。


 ジーンは澱人の攻撃を受けることなく身軽に避ける。

自分の筋力では武器を落としてしまう可能性が高いからだ。


 柄の長い短剣のレバーを引くと刀身が赤熱する。

飛び込み前転し、そのままの低い姿勢で澱人の右片足を切り払う。

澱人はバランスを崩し倒れ込む。


「今だ、親父!やれ!!」


「言われなくてもよぉ!!」


 澱人に追いついたデレクはその勢いのまま相手の右腕を払い上げる。

澱人は叫び声をあげると左手と左足でカサカサと逃走を始める。


「マジかよ、まだ走るのかこいつぁ!」


 追おうと体勢を整えたその瞬間、切り離したはずの右腕がビクンと勢いよくしなり、デレクの左足を吹き飛ばしてしまう。


「ぐああああッ!!!!」


 澱人の右腕はその後まもなくピクリとも動かなくなったが、デレクはその場で倒れ込む。

村人の一人が「足を探す!」と言って離れると残りの2人はデレクに肩を貸して戦線の外に引き摺ろうとする。

ジーンはそれを見て煙を焚いてデレクの方に投げると、そのまま澱人を追いかける。


「オイコラ!馬鹿息子!何するつもりだてめえ!タマナに言われたこと覚えてねえのか!単独行動するんじゃねえ!撤退しろ!」


「うるせえ親父!今を逃すべきじゃないんだ!」


 しかし澱人の再生スピードは恐ろしく早く、ジーンが体勢を整え追いかけている間に右足も右腕も殆ど回復していた。

そして、このタイミングを見計らったようにジーンに向かって距離を詰めて攻撃してきた。

まるでジーンが一人になったのを見計らって作戦を変えたかのような動きだった。


 澱人には本当に知性がないのだろうか。


 ジーンは激しい攻撃を避けながら隙を伺う。

今まで攻撃対象がバラけていた為に回避がしやすかったが、5人で凌いでいた攻撃を一人で請け負うとなると想像以上に苛烈だった。

一瞬の油断もできない。

攻撃に転ずるときは自分の負傷も甘んじる覚悟でなければ難しい。


「ジーン!あなたも早く戻ってきなさい!」


 村人が戦線を抜けて呼んでいる。

だが、ここまで接近できたのだ、このまま倒すべきだ。

それに逆にここから逃げに転ずる方が危険かもしれない。


 ジーンは覚悟を決めるとフッと息を吐き、体勢を低く踏み込む。

右の攻撃、左の攻撃、右の攻撃、左の攻撃、交互に間断なく繰り出される攻撃を驚異の集中力で見切る。


「次、左だろ、知ってる。」


 敵の右腕から繰り出される撃を左手で受けると骨が砕けるような音がした、痛みに耐えながら動く指でその腕を掴むと、澱人を自分の方に引き寄せ、右腕を根本から切断する。

そして間髪入れず左へ、と体を捻ると、もはや回避不可能な距離まで左手の攻撃が頭部に迫っていた。


「クソ、速い……!」


「ジーン!!」


 オトハのその叫び声と同時にジーンの顔右半分を覆うように少盾が空中に現れると澱人の攻撃を弾く。

少盾は攻撃で大破したが、ジーンはその隙を逃さずに赤熱した短剣を左脇に斬りつける。

が、短剣はその役目を果たすことなく、刃を突き刺したまま柄がバラバラに分解してしまった。


 もともと強度に問題のある武器だった為、父親であるデレクは量産を拒んでいた。

まさにその通りだった。

肝心な場面で壊れてしまっては武器として信頼できるものではない。

すると澱人はまるで笑うような鳴き声を上げて左手を振りかぶる。

オトハは急いでもう一度能力を準備するが間に合いそうにない。


「タコが、笑ってんじゃねえ!!」


 ジーンは後方に跳躍しながら素早く腰のポーチから何かを取り出すと、澱人の左腕に投げつけ巻き付ける。

オトハを捉えていたギュンターの首輪。

それが高熱を検知し、ピピピと短い警告音を出し、その直後に爆発を起こし、左腕を吹き飛ばした。


 澱人は断末魔を上げてもがきながら霧散していった。

尻餅をついた状態で息をついているジーンにオトハが駆け寄る。


「間に合って良かった、ジーン。」


「ありがとう、オトハお姉さん……。じゃなくて何でここにいるの!危険だよ!タマナの家で待機してたんじゃなかったの!?」


「いやあ、私も役に立ちたくて。でもジーンを助けられて良かった、本当に。」


「う、それには感謝してるけどさ……。」


 2人は戦いの緊張が解け、お互いに目を合わせて微笑む。

オトハはジーンの右手を差し出し、立ち上がらせる。

彼らは互いに力を合わせて敵を倒したことに少し特別な満足感を得ていた。


* * *


 タマナは3件の討伐通知が来ているのを確認していた。

とは言え、通知がなくとも全員の状況はわかっている。

それだけに焦っていた。

残るあと2体が未だに倒されていない事実。

そして、今回の作戦で初めて気付いたこと、同じテリトリー内にいる澱人は数が減った分だけ残っている個体が強化される。


「マズい。マジでマズい。3体倒した時点でこの強さ、最後の1匹を考えると各隊のリーダーを集めた精鋭部隊を再編して当たった方がいいぞこりゃあ。」


 タマナは急いで伝達係を呼ぶと全部隊をすぐにここへ呼び戻すように伝える。

そこへヴィクトルの部隊が走ってこちらに向かってくる。


「ヴィクトル!どうした!?」


「すまん!タマナ!儂の方でもよく理解ができなかったのだが、澱人が消えた!戦っている最中にいきなりそっぽを向き出してブツブツ言ってると思ったら消えてしまったんじゃ。」


「ちょっと待て、今確認する!……いや、これはマズいぜ!」


 タマナは彼女の焦りに心配になって振り返っている伝達係たちに言う。


「シギズムンド、ナイナ、ダニイル、ウラジーミルにはすぐにデレクのエリアに向かうように伝えてくれ!ヴィクトル、あんたは俺と一緒にデレクのところに急いで向かうぞ!」


「何がどうなっとるんじゃ!?」


「さっき判ったんだが、同テリトリー内の澱人は仲間が死ぬたびに強化される、というか能力が分割されている状態だったのが斃れるたびに統合されて行くんだ。最後の1体は確実に厄介な相手になる。そしてクソ!今4匹目が倒された!デレクのところだ。デレクは戦闘不能、ジーンも武器を失って丸腰、そこにあんたのところから消えた5体目が移動している。」


「!!デレクたちの命が危ない!」


「ああ、急ぐぞジジイ。休んでる暇はねえ!」


「ジジイでもやるときはやるんじゃぞ。誰も死なせはせん!」

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