第27話 澱人狩り 1
それから5日が過ぎた。
各々が準備を進めてついに澱人討伐の日となった。
作戦はこうだ。
村を出て少し進んだ先の広場に中継地点を設けて、作戦拠点及び怪我人の治療などを行えるようにする。
そこを中心に5方向へ、4~5人によるチームが散開、各地点で一体ずつの澱人を討伐する。
討伐チームはシギズムンド、ダニイル、ウラジーミル、ヴィクトル、デレクをリーダーとして別れ、それぞれ2つずつ、武器に火炎を纏わせる魔法道具、発火符を持ってゆく。
流れとしては攻撃の中心となる者を残り3~4人で護衛しながら距離を詰め、素早く両腕を落とすというシンプルなものであった。
参加する人間全員に地力があるこの村だからこそできる作戦となっている。
「拠点の設営はできたかい?そろそろ作戦準備に移るよ。タマナはここに残って各陣の状況次第で人をよこして指示を送って欲しい。」
「万事了解だ。あんたらも討伐が完了したらナイナが用意した通信用の棒を折って完了の旨を報せてくれ。あと何度も言うが、マジで怪我とかましてや重症とかやめろよな!命あっての物種だ。もし危険だと感じたら煙を焚いて撤退すること。その際はどのチームも同じように逃げるように。同時に数体相手にするチームが出る可能性があるからな。」
「了解です。私達も命を投げ出すようなつもりは毛頭ありませんから。今回は妻も参加しますし、無理はしませんよ。」
ダニイルがそう言うとデレクも頷く。
「俺も息子と一緒だからな、やべえと思ったら逃げるさ。」
タマナも満足そうに頷くと、真剣な面持ちでシギズムンドに指示をする。
「じゃあ、始めようじゃねえか。ルスリプとこの周辺の連中の自由を5年先取りにする作戦をよ。」
各隊が移動を開始すると、その様子を見ていたオトハがひょっこりと道の途中から現れ、ジーンのチームのあとを追う。
タマナもジーンたちも作戦に集中し緊張しているのか、誰も彼女の行動に気が付かなかった。
* * *
ダニイルが懐中時計を確認する。
時間だ。
澱人のテリトリーに足を踏み入れると、少し遠くに標的が何の前触れもなく現れる。
緊張する面々だが、ダニイルは横に2本の刃が並ぶ特殊な剣を抜くと一目散に澱人に向かって走る。
それを合図に彼の妻と村人3人も駆け出す。
澱人の右手による最初の横薙ぎの攻撃を一人が剣によって弾く、ほぼ同時に繰り出される左手の攻撃ももう一人が防ぐと、2人は後方に吹き飛ばされる。
だが素早く受け身を取り、すぐに体勢を立て直して走る。
澱人は素早く両腕を縮ませると、ダニイルに向けて鋭い突きを行う。
ダニイルの妻は素早く前に出ると両手に付けたジャマダハルのような武器で、澱人の両腕を同時に外側に突き逸らす。
3人目の村人がそのタイミングを見計らい、発火符で数本の短剣に火を灯すと澱人の両目に向けて投げた。
果たして短剣は澱人の両目に刺さり、澱人は大きな声で鳴いた。
その声は老若男女の様々な声が複数混同された不協和音のような音で、聞くものに強い不快感を与える。
この世を呪詛するような深い憎しみに塗りつぶされた鳴き声。
だがダニイルはその声に怖じ気付く気配もなく、妻と村人の2人を飛び越えると発火符を剣に使う。
澱人は目を潰されて行動が鈍くなっている、これは大きなチャンスである。
ダニイルが手首を軽くスナップさせると剣は両刃剣へと姿を変える。
懐だ。
刹那、両刃による斬撃で澱人の両腕が落ちた。
澱人は断末魔の叫びをあげると、腕の付け根からまるで黒い霧のように体が解けてゆき、やがて消えてしまった。
「作戦完了ですね。」
そう言ってダニイルは通知用の金属の棒を折ると、念の為に澱人のテリトリーから出る。
「意外とやれるものねえ。あなたが叫び声にびっくりして止まるんじゃないかと心配でしたよ。実際私達は両手で耳を覆ってしまったから。」
「タマナさんが予め教えてくれたから大丈夫でしたよ。ただ想像以上に不快で驚きはしましたが。さて、皆さんはどうなったでしょうね。」
「今は無事を祈りましょう。」
ウラジーミルは怪我を負傷した仲間を庇い、斧で澱人の攻撃を凌ぐ。
仲間は2名が負傷、自分を含めて3人が健在。
澱人は本当に恣意的に攻撃対象を選んでいるのか?
明らかに負傷した仲間への攻撃が目立つ。
その為攻めに転ずるのが難しくなり、3人で2人を庇うのが精一杯の防戦となってしまった。
「こいつぁまずいな。俺は怪我もしたくねえし誰も死なせたくもねえ。撤退も視野かね。」
ウラジーミルがそう呟くと、怪我をした村人が言う。
「いや、大丈夫だ、俺たちは自分でテリトリー外へ行ける。煙を焚いて状況をリセットしてくれ。」
「それはアレかい?俺たち3人でやれってことかい?ハハハッ、言うねえ。おたくらは早々に負傷してるのにか?」
「わかってる、だが俺たちはお前を信じてるんだ!頼むとウラジーミル、この中で一番強いのはやっぱりお前だ!俺たちの自由をどうか掴み取ってくれよ!」
「そういうのガラじゃあないんだがね……。ヤバくなったら逃げる。これに限るだろ。おい、2人をテリトリー外に逃がす、手伝ってくれ。」
そう言うとウラジーミルは煙を焚く。
するとみるみるうちに辺りの視界がなくなってしまう。
怪我人2人は無傷の2人に肩を貸してもらい、戦線から離脱する。
その瞬間煙の中から一人、ウラジーミルが澱人に向かって飛び出した。
「おい!ウラジーミル!一人は無茶だ!何やってるんだ!」
「これが一番いい!動きやすいんだよ!」
標的は左右の腕をしならせてウラジーミルを迎撃しようとするが、彼はそれを紙一重で避け、斧で払い、速度を緩めることなく直進する。
素早く斧に炎を纏わせると、澱人の攻撃を流れるような斧さばきで切り落とす。
ただ、手の先の方を切るだけなので、みるみるうちに再生されてしまう。
だが、ウラジーミルはそれでも良いと考えていた、安全に敵の攻撃を防げるならば炎を纏わせた意味はある。
「制限時間は15分。これなら十分だな、すぐに間合いに入ってそれで終わりだ。」
澱人は両腕を波打たせ、軌道がわからないような無秩序に見える連打を繰り出す。
それを確実に避けながら、両腕が1つに重なったところを見極め斧で切断する、その勢いを乗せたまま左手に斧を振りかぶると、斧状に畳まれていた刃が伸び、身の丈もある大剣へと変形した。
「ここはもう俺の間合いだよ。」
切り上げて右手を切断、更に振り上げた剣を翻し振り下ろす。
澱人はそれを防ごうと左手を槍のようにして剣に向けて突き上げたが、ウラジーミルの剣は澱人のその切っ先から肩までを両断した。
澱人は叫び声をあげて霧散してゆく。
「ったく、うるせえなあ。」
そう言って振り返えり怪我人の戦線離脱を確認するとホッと胸をなでおろす。
「クソ、緊張した。これで終わりだといいんだが。」
そう言ってウラジーミルは棒を半分に折ると剣を畳んで肩に担いだ。
* * *
シギズムンドは最初に煙を焚いて距離を稼ぐ作戦に出た。
彼のチームは斬撃の得意な人間が少ない上に、その2人は18歳の若者でシギズムンドらよりも一段劣る実力であった。
何故こんなチーム編成になったかと言うと、彼とナイナの2人の攻撃役がいるからと他のチームに戦力を割いた結果だった。
シギズムンドはなるべく相手の標的になるために煙の外にでて攻撃を引き受けた。
彼の素早さはルスリプでも特に秀でており、その猫背でぬぼーっとした見た目からは想像がし難いほどのスピードで攻撃を華麗に躱していく。
「ギュンターの後だと結構ハッキリ見えるもんだね。攻撃そのものも単調だ。」
「油断しないで!当たりどころが悪かったら即死なのは変わらないんだから。」
2人の動きに付いていこうと若者2人は必死になるが、自分らに来る澱人の攻撃を弾くのに精一杯だ。
若者は自分たちの不甲斐なさに顔を顰めるが、シギズムンドはニコリと笑って言う。
「キミたちが攻撃を引き受けてくれている間、僕はより早く澱人に接近できる。僕一人だと避けるだけで奴になかなか近づけなかっただろう。ありがとう、助かるよ!」
その一言が効いたのか、2人の防御はより強度を高める。
ナイナは距離を見計らって特殊な石と図形を書いた紙を組み合わせて自分の血を染み込ませると澱人に投げる。
それが空中で爆発し、周囲に火の手を上げる。
澱人は顔半分が爆風で焼けて叫び声を上げる。
「うわあ、この声は堪らないね……。思わず足を止めそうだ。」
一瞬攻撃の手を緩めたかと思ったが、苦痛に悶えるように両手の攻撃が無茶苦茶になって襲いかかってくる。
軌道が読みきれず若者2人は動きを止めてしまう。
それを見たシギズムンドは意を決したように自らの独鈷杵のような武器に火を付けると、まっすぐに澱人に向かう。
彼の動きの異変に反応した澱人はシギズムンドに向かって両腕を振るうが、ひらりとそれらを躱され、距離を詰められてゆく。
「流石にここまで近寄ると敵の手が見えづらくなって冷や汗をかくなぁ。」
その伸縮する長い手の攻撃が背中に襲いかかってくる。
細心の注意を払っていても後ろからの攻撃は反応が遅れる可能性があるため、シギズムンド背後を取られないよう体を翻しながら進む。
だが、澱人の大きく上に振りかぶった左腕の動きがあまりの長さ故に視界から消えてしまう。
「でも、それはチャンスね。」
ナイナはそう呟くと隙だらけになった左手脇を狙って炎を纏った簪を2本投げる。
それに反応するように右手が動くが、シギズムンドはナイナの狙いに気付き、独鈷杵を澱人の右手に突き刺すとその手の動きを封じた。
「おっと、そうはいかないよ。そして、僕もこのまま行かせてもらう!」
突き刺した状態で身を澱人に寄せ、完全に懐に入った。
簪が左脇の下に刺さる。
独鈷杵を腕から抜いた瞬間、目にも留まらぬ乱打に次ぐ乱打。
そしてサマーソルトの要領で右手を蹴り上げると、何度も独鈷杵に突き刺された腕が引きちぎれて空中に舞う。
それを見計らったように簪が激しい電撃を発生させると腕の接合部は完全に炭化し、ボトリと落ちた。
澱人は激しく身を震わせながら霧と消える。
シギズムンドは肩で息をしている。
若者2人が心配して駆け寄ると彼はニコリを笑って応える。
「ハアハア……、やあ、疲れたね。でも全員怪我もなく無事で良かったよ。」
ナイナはタマナに合図を送って3人を手招きする。
「テリトリーから出ておいた方が良いわ。念の為だけれど、他の場所が撤退していた場合、こっちに澱人が移動してくる可能性もある。」
「ハアハア、確かに、この状態で、ハア、もう一戦は御免被りたいね……。」
そう言うと4人はテリトリーの外に向かって歩くのだった。
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