第26話 小さな嫉妬心
「それでタマナ、5日で準備して澱人を全て倒す方向で行こうと思う。」
翌日、シギズムンドの家で数人の村人が集まって方針の打ち合わせをする運びとなった。
ナイナ、ヴィクトル、ウラジーミル、ダニイル、デレク、タマナ。
彼らは庭のオープンテラスで真剣な面持ちをしている。
「随分早いんだな。でも全て倒すってのはいい判断だ。というか澱人のテリトリーは一定の地域ごとに共有されていて、一体がダメージを負うと同テリトリー内の澱人が集まってくるようになっている。そうすると結局5体同時に相手にすることになっちまうのさ。」
澱人の生体を詳しく知るものはタマナの他にはいない為、彼女に相談しながら作戦を練る。
「5体を同時に相手にするのは骨だね。密集されると戦闘がしづらくなる。対応できる人数も減ってしまうし。」
「じゃあ、5体を5箇所に分散させるというのは如何でしょうか。」
「分散させるじゃと?どうやって?相手の攻撃対象の優先度とかがあれば誘導できるかのう?」
ヴィクトルが疑問を差し挟むとタマナが補足する。
「そんなものはねえな、近くのものを恣意的に襲う筈だ、だからおびき寄せるとかは難しいと思うぞ。」
「いえ、そうではなく、最初から離れた5箇所にそれぞれ澱人を出現させるのはどうでしょうか。」
ダニイルの思いつきにタマナは暫く考えて肯定する。
「確かに5箇所別々の場所にそれぞれ5組が踏み込んだら、恐らく澱人はそれぞれ1体ずつ現れると思う。使えるかも知れねえな、その案!」
ウラジーミルはくまのある目をこすりながらタマナの方を見て片手を上げる。
タマナがそれに気付いて発言を促す手振りをする。
「澱人はどんな攻撃手段を持ってるんだ?敵の攻撃を凌ごうにもそれがわからなきゃ危険なのは変わらなそうだ。俺はできれば怪我をせずに済みたいんで教えてもらえるとありがたい。」
「澱人の攻撃手段は長く伸びる両手に限られている。伸縮が自在で個体にも寄るが凡そ5メートル先までは射程圏内、ムチのようにしならせたり、棒のように打ってきたり、槍のように突いてきたりだな。移動速度は遅い、ズルズルと足を引きずって行動する。ただいずれにせよ両手の動きは非常に速いから注意が必要だ。」
シギズムンドが唸りながら両手を広げたりして長さに想像をふくらませる。
「5メートルか、結構長いねえ……。」
「シギズムンドの武器は特に射程が短いものね。懐まで入り込まないとダメな類の獲物だし。」
「まあそこは僕の華麗なステップでなんとかしてみせるよ。」
「5メートルなんて多くの武器からしたら長いですよ。この中で一番長い武器を使っているウラジーミルさんですら2メートル弱ですし。」
「他に聞いておきてえ事はあるか?」
それに対しヴィクトルが白い髭をしごきながら挙手をする。
「連中の急所ってのは何処じゃ?頭や心臓を潰せば死んでくれるんかの?」
「そうだった、その話もしねえとダメだな。こいつらは心臓が存在しないどころか臓器がまるでない、なので頭部や胴体の急所はどれも効果がない。加えて頭は視界と聴覚を保持しているだけでそれ以外の機能が備わってねえ、その為頭部を破壊しても行動が鈍くなるだけでそれによって倒す事はできねえ。」
「え、無敵じゃない?炎を使って焼き尽くすとかしないとダメってことかしら?」
「いや、こいつらの急所は両腕なんだ。両手を付け根あたりから切り落とすと、形状を維持できなくなって霧散する。ただのんびりしていると再生するからな、片方を切り落としたら間を空けずにもう片方も切り落とすこと。これで倒すことができる。もちろん可能ならば焼き尽くしてもいいけれどな。」
「ウゲー、腕を切り離すとなると、突きしかできない僕の武器はいよいよ不利じゃあないか。」
「実際シギズムンドはその素早さで敵の攻撃を引き受ける役をしてもらって、攻撃は別の人間が行うのが良いかもしれねえな。」
徐々にわかってくる澱人の生態、皆何年も近くにいて、ずっとその存在に怯えていたのに、何も知らなかったことをシギズムンドたちは痛感した。
倒そうと思ってもその硬度、その攻撃力から手出しができなかった存在。
しかしそれを倒す方法が少しずつわかってきた。
恐らくオトハのあの発言がきっかけにならなければ相変わらず怯懦に甘んじ、倒そうとすら考えなかったかもしれない。
それはきっとタマナがそう思うように制御していたという側面もあるだろうが、初めから自分たちで諦めていたとも言える。
彼らはそれを恥じたが、同時に今、倒せるという手ごたえのような確信が芽生えてきている。
「兎も角、やれそうな気がするね。近寄れさえすれば、倒すのはそう難しくなさそうだ。」
「油断大敵ですよ。」
「まあ、良いんじゃねえか、実際、ギュンターを相手にするよりはずっと良い。あんたらなら多分勝てるよ。勝ち方がわかってるならな。」
「しかしそんなにすごかったのか?残氓流は。」
「やりあっている間、本当に生きてる心地がしなかったわよ、相手の気分次第で生殺与奪を握られている感じ。あんなのがゴロゴロいるなんて信じられないわ。」
「まあ、澱人はそんな奴よりはやりようがあるってだけで、かなりマシだよ。あとは作戦を詰めていければきっと大丈夫さ。」
皆は互いに目を合わせて頷き合った。
希望こそが彼らを動かしている風であった。
* * *
一方オトハとジーンはタマナの家で留守番をしていた。
オトハはスマートフォンをソーラーパネル式のモバイルバッテリーを利用して久々に起動していた。
「で、これがマオ、可愛いでしょ。私の親友で、音楽や映画、小説とか私と一緒に色々開拓してたから趣味が凄く近いの。あ、映画っていうのはこういう写真みたいなのが動くの。こっちはノブテル、お調子者なんだけど憎めないやつでさ。」
と、写真ライブラリを開きながらジーンに説明していく。
ジーンは最初スマートフォンや写真の不思議さに驚いていたが、今はそれよりもオトハが楽しそうに友人を紹介してくれるたびに、胸の奥がシクシクと痛むのがつらい。
タマナだって可愛いし、シギズムンドだって憎めない良い奴だ。
(オトハが嬉しそうにしているのにこんなに楽しくないなんて俺はおかしい。)
そう思って反省してみるが、やはり割り切れない。
「どうしたの?ジーン、何だか元気がないみたい。」
ジーンの様子の変化に気づいてオトハが尋ねる。
彼女は彼のこめかみ辺りの髪を優しく撫でる。
「俺、オトハの友達の話、聞きたくない。」
「え、どうして!?ごめん、何か嫌な事を言ってしまった?」
「いや、俺がなんかおかしいんだ。聞いててもタマナやシギズムンドの方がいいじゃないか、何でそんな人たちの話ばっかりするんだ、って思っちゃって……。」
オトハは小さな嫉妬心を揺り動かしてしまったことに気づいてハッとした。
彼はまだそういう感情が何であるのかわからない。
その根幹に恋慕の情が関わっていることすらも気づいていないのかもしれない。
ジーンはコーヒーのカップを両手で包んだまま俯いてしまう。
「俺はオトハお姉さんのことが好きなんだ。とても好き。だからこんな気持ちになるのよくわからなくて。」
「そうだよね、大丈夫、その感情は割と自然なことだから。私の方が気が回ってなかったよ、ごめんね。私もキミの気持ちをちゃんと考えてあげないとダメだよね……。」
「俺はオトハお姉さんが好き、それだけなんだ。ずっと一緒にいたいよ。」
「そっか。でも私はいつまでもここにいるかわからないの。いつか帰れるようになったら帰らなきゃいけない、友達や、家族がいる自分が生まれた世界だから。」
「こっちにだって友達ができたでしょ!?タマナや俺だってオトハお姉さんのこと家族みたいだって思ってるよ!」
「うん、ありがとう、わかるよ。私も帰りたくない気持ちがないと言えば嘘になる、ここにずっといられたらなあって思うこともある。けれど、やっぱり私の世界はあっちなんだ。」
「行かないで欲しい。ずっと俺たちと、俺と一緒にいて欲しい。」
「まあでも、帰れる宛てもないからね、ずっとここにいることになるかもしれないし!でもジーンの好きって気持ちが恋愛感情なら、私は応えるのが難しい。キミはまだ子供だし、かと言ってキミが大人になる頃には私はおばちゃんになっちゃう。」
「そんなの関係ないよ!オトハお姉さんがおばちゃんになっても、俺はオトハお姉さんのこと大好きだもの!絶対に!」
美少年に真っ直ぐな愛情をぶつけられてオトハは悪い気にはならなかった。
その勢いに気圧されそうになりながらも思わず微笑む。
「あはは、ありがとう、じゃあ大人になってジーンの気持ちが変わらなかったら、ね。」
「うん!俺、早く大人になるよ!」
自分が帰る日にジーンはどんな風に思うだろうか。
騙したような言いくるめたような後ろめたさをオトハは感じた。
とは言え、帰る目処なんてどこにも立っていないから、今考えても詮なきことなのだろうけれど、いずれは彼にお別れを言えるように覚悟しておかなくてはならない。
同時にそういう気持ちが彼女の中で蟠り、人の深い愛に応えるだけの距離感まで寄れないのかもしれない。
常に一線を越えないように一定の距離を保っている自覚がある。
タマナやジーンとの別れが大きな喪失を生み、それによって傷付くことを恐れている。
そうならないように気持ちに一線を引いているのだ。
(私はずるいな)
と思うがどうしてもその一歩が踏み込めない。
「ジーンは何で私のこと好きになっちゃったの?」
彼は頬を赤らめる。
「初めて会った時、川で裸足で踊っていたでしょう?あれがまるで天女みたいに美しかったから。水しぶきが飛んで、それがキラキラと光って、裸足の足が濡れていて、上着と髪の毛がふわりと舞ってた。それが一枚の絵画のように綺麗だったんだ。」
「私のことじゃないみたいな美しい話ね!」
「そんなことない、オトハお姉さんは今この時もとても美しいよ。」
ジーンは真剣にオトハの顔を見据える。
彼女は思わず赤面してしまう。
2人の視線は互いに結びつき、解けないほどに絡まっている。
まるで時間が止まったみたいに見つめ会っていると、玄関がガチャリと開いた。
「おーい、ただいま。留守番ご苦労さん。ダニイルからつまみもらったから一杯やろうぜ。」
2人はハッとタマナの方を見ると時計がカチコチと鳴った。
鼓笛隊がCurunculaを演奏していた。
オトハは懐かしくってマオのことを思い出していた。
この世界と自分の世界、どちらとさようならをすることになってもきっと悲しい。
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