第25話 澱人を倒すだって?

 突然の提案にタマナはびっくりして聞き返す。


「澱人を倒すだって……?」


 そこにシギズムンドとナイナがお酒を片手に席へ遊びに来た。

ちょうど始まった会話に興味を示しているようで、気にせず続けてと手振りをする。


「うん、だって、霧の日だけしか王都に行けないんじゃ不便なことも沢山あるんじゃないの。」


「あるさ、あるけれど、そんなことは無理だ。澱人はああ見えて刃物など通さない非常に固い皮膚を持っている。それに加えて両手のあの破壊力だ。倒すなんて到底不可能だ。」


「でも、もし可能だったら対処してる?」


「そうだな、だがアレらには煙などの手段で身を隠せる以外の弱点はない。」


「ちょっと待って、澱人の弱点って、火や熱に弱いんじゃないの?」


「そんなのは……。待て、何で知ってる?」


 シギズムンドが驚いて口を挟む。


「タマナ、澱人には弱点があるってことかい?」


「ああ、いや、あるんだが、この弱点自体、俺は今気付いた。どうやら一ヶ月くらい前から弱点になっている。」


 ナイナは首を傾げて問う。


「澱人の性質自体が変わっていると言うことかしら?」


「そう言うことになる。弱点がある人物によって付与されている。オトハはどこで知ったんだ?」


「あの、以前深淵でサリィって子に会って、そこで聞いたの。彼女は深淵の核に触れて澱人に火や熱に対する弱点を付与して倒しやすくしたって言ってた。」


「タマナ、これはもしかすると倒せるんじゃあないのか?」


 シギズムンドは期待のこもった真剣な目でタマナを見る。


「いや、待て待て待て待て、落ち着け!弱点があって、倒す方法が見つかったとして、危険なのは変わりがねえ!それに今の澱人はあと5年ほどで活動限界になる。そうしたら晴れの日だろうと自由に行動できるようになるんだ。リスクを負わずとも待っていれば解決する問題だろうが!」


 タマナは思わず声を荒げる。

食堂中がびっくりしてタマナを見る。

彼女はばつが悪そうに口ごもるとオトハが言う。


「ねえ、タマナ、あなたが村の人たちを心配しているのはすごくわかるけれど、5年ってすごく長いよ。特にジーンみたいな子供の5年間ってすごく大きいものだと思う。その間制限された範囲だけしか行動できず、王都へも自由に行き来できないって辛いことだと思うけれど。多分あなたは村の人たちに対して過保護にしているんだと思う、危険と自分の5年間を天秤にかけて。でも300年以上生きるあなたの5年間と、ここにいる皆の5年間だと時間感覚が全然違うよ。タマナ自身もわかっているんじゃないの?」


「かーっ、よくもまあズケズケと言ってくれるな、オトハ!」


「タマナ、僕たちはそんなに弱くないよ。自由な5年間を掴み取るためならそれくらいの危険に身を投じる覚悟があるさ。」


 シギズムンドが食堂中に聞こえるようにそう言うと、皆は一様にグラスでテーブルを叩いた。


「くっ、何だお前ら、結託しやがって!こうなるのがわかってたからこの話題はしたくなかったんだ……!」


 オトハとシギズムンドは目を見合わせてニヤリと笑うと、皆に向かって言う。


「皆、澱人をぶっ倒して自由を5年先取りするってのはどうだ!?」


 シギズムンドの呼びかけに食堂中が湧く。


「賛成だぜ!」


「やっぱり不便だったのよね!」


「ずっと邪魔だと思ってたんだ!」


「私たちが力を合わせればやれるよね!」


 店中の客がワイワイと盛り上がる。

タマナは頭を抱え険しい顔で唸っているが、シギズムンドは彼女の肩をポンと叩くとウィンクをする。

タマナはそれに対して中指を立てるが、それは同時に観念を意味していた。


「ああ、クソ、わかったよ。わかった。その代わり準備は万全にすること。死んだり怪我したら許さねえからな!」


 そう言うと気持ちを落ち着けるようにタバコに火を点けて深く吸った。

オトハは扇動したようで少し責任を感じたが、それを察したのかタマナがため息交じりに言う。


「なるようになっただけだ、いずれにせよ、弱点があるとわかったら、遅かれ早かれこうなってたさ。あんたの言う通り、俺は村人を危険から遠ざけて、そのまま時期が来るまでこの件に関して触れられずにいたらと思っていた。日和見と言われても俺はやっぱりそれが良いと思ってる。でも、当事者たちにとってはそうじゃねえってことくらい知ってたよ。」


 タマナは澱人討伐に活気づく村人たちを眺めながら、心配と誇らしさの混じったアンビバレンツな気持ちになっていた。


 こうなったらあとは誰1人犠牲を出さずにやりきる他なかった。

タマナ自身も覚悟を決めなくてはならない。

できる限りサポートして皆が無事に澱人を討伐できるようにするのだ。


「タマナ、この近辺の澱人は一体何体いるんだい?」


「5体だ、基本的に澱人が増えるには長い時間が必要だからこれ以上増える可能性は限りなく低い。」


「現実的な数字じゃあないか。これならば何とかなりそうだ。」


「そうだな。澱人はギュンターみたいなバケモノじゃあねえ、俺たちが力を合わせて倒せる相手だ。しかし澱人の攻撃は一撃一撃が重く危険だ、当たればただじゃあ済まねえのは変わらねえぞ。」


「避けるか防ぐしかないか。防ぐ場合は恐らくダメージを貰うだろうから、なるべく上手いこと弾くか、回避できるように立ち回るのがベターかな。」


「煙も使え、澱人は視界を奪えば行動が止まる。それは大きな隙となって攻撃にも活かせるだろう。いつも使ってる澱人用の煙のよく出る干し草の携帯は忘れずにな。」


「攻撃手段は松明と武器の組み合わせでいいだろうか。それか火矢を用いて相手の体に火をつけるとか。」


「澱人の弱点である火や熱の効果としては、燃えやすいと言うより、燃やされると肉体の構成要素が緩むようになっている、それによって普段刃も通さない鋼のような皮膚に対して刀傷を負わせられるようになる。つまり熱すれば各々の得意武器でダメージを与えることができるようになるわけだ。」


「熱する方法、やはり火矢で部位を熱してそこを攻撃するのが良さそうだな。」


「ナイナに頼んで武器に炎を纏わせる魔法道具を作って貰うのはどうだ。」


「できなくはないけれど、数は作れないわよ。必要な材料が王都でしか買えないから、ウチの今の在庫的には10個作れるか作れないかってところね。それと効果時間は15分程度だからそれも考慮しておいて。」


「俺もよかったらこの武器いくつか作れるよ。」


 ジーンが身を乗り出して提案をする。

いつもジーンが使っている柄の長い短剣、その柄には機械とナイナの魔法を組み合わせて、刀身を赤熱させる仕掛けがある。


「ジーンの武器は結局私の魔法道具と同じ素材を多量に使わなきゃならないのよ。だからそれを作っちゃうと道具の生成できる数が激減してしまうわ。ごめんね。」


「なんだ、俺も皆の役に立てると思ったんだけれどな。」


「でもキミの武器はまさに澱人の特効武器だね、強力な戦力として期待しているよ!」


 期待されて嬉しいのかジーンはニヤニヤしながら料理を皿に取る。

オトハはその様子を微笑ましく眺めながら考える。

自分もこの機会に村への恩返しとして戦力になりたいと。


 能力は確かに現状規模が限られ頼りないが、工夫次第では澱人への攻撃手段となるはずだ。

その方法を探して練習しておかなければ。


 多分今は参加すると言っても却下されるに違いないので、当日になるまで準備だけ進めておくことにした。


「ふふふ、生まれ変わった私の実力に皆がびっくりしてスッ転ぶ姿が見える……。」


「なんか余計なこと考えてんな?」

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