第30話 皆に会えて良かった
「オトハ!無事で良かった……、本当に……。とでも言うとでも思ったか馬鹿野郎!何でここにいる!家で留守番してるんじゃなかったのか!何とかなったから良かったものの、もう二度と相談なしにこんなことをするんじゃねえ!!」
タマナは強い口調でそう言うが、心底安心しているような様子だった。
それだけにその裏にある心配が如何に大きいものだったのかオトハは感じて、素直に反省する。
「本当にごめんなさい。もっとちゃんと考えて行動するべきだった。自分の活躍ばかりを夢想して危険であることを忘れてしまっていました。真剣な作戦であることを失念してしまっていました。ごめんなさい……。」
オトハの真摯な態度にタマナもそれ以上は言及せずにため息をつく。
そしてジーンの側に屈み、様子を見る。
「ねえ、ジーンが目を覚まさないの、大丈夫なのかな……。」
心配と不安で胸が張り裂けそうになりながらタマナに問う。
「大丈夫だ。あんたの処置が早かったのが幸いした。命に別状はないし、回復も順調だ。あとで魔法と傷薬を加えれば完治するだろう。」
オトハとヴィクトルはホッと胸を撫で下ろす。
ヴィクトルがそっとジーンを抱えると、3人でデレクのもとに向かった。
歩きながらタマナは先程の力は何かとオトハに問う。
「あれは私の能力を銃の形にしてイメージの伝達操作を簡略化させたの。そしてトリガーを引くだけでイメージの種子を弾丸として発射する。種子は小さいから消耗が抑えられる。そしてそれは着弾するとイメージを発芽させるって感じ。」
オトハは右手にエルヴェを出現させて見せる。
「で、その発現は如何に規模が大きくなっても、種子が起こした効果になるから、私は過度に消耗せずに能力を使えるの。つまり、例えば大きな爆発をイメージした種子それを着弾点に発生させるとしても、種子の分の消耗しかせずにすむようにしたわけ。」
「そんな頓智みたいな理屈あるか?発芽のエネルギーは一体どっから発生してるんだよ……。わけわかんねえな。」
「でも弾丸そのものの消耗が予想よりも大きかったよ。同じサイズ感のものなら十数個くらい出現させられると思うけれど、弾丸は恐らく3発が限界だと思う。」
「まあでも、そんなもんの消耗で澱人を倒したようなあんな強力な効果が得られるなら確かにお得だな。」
デレクはぐったりしている息子の姿を見ると血相を変えて、動かない左足を引き摺りながら急いでヴィクトルに近づく。
絶望と困惑を含んだ顔でタマナを見つめる。
彼女は安心するように手振りをして話す。
「大丈夫、既にちゃんと処置はされている。あんたよりも完治は速いさ。目もじきに覚めるだろう。」
それを聞いてデレクは安堵し、その場にへたり込む。
「良かった、良かった……。」
「あんたのところの澱人を倒せたのはジーンの活躍のおかげだ。目覚めたら叱るのはそこそこにして褒めてやるんだな。それと、彼の命を救って最後の澱人を倒したのはオトハだ。ちゃんと礼を言えよ。」
「オトハさん……!本当に本当にありがとうございました!いくら感謝してもしきれない……。」
「お、お礼なんて良いですよ!私自身も一歩間違えば大怪我か悪ければ死んだりしていたかも知れないんです。ジーン、かっこよかったですよ。」
しばらくするとシギズムンドたちが到着した。
タマナは既に最後の澱人を斃したことを伝えると、彼らは緊張を解く。
村人2人でデレクに肩を貸し立ち上がらせ、全員で村へ向かった。
タマナは途中中継拠点に寄ると、施設を解体して村に戻るように伝えた。
オトハやシギズムンド、ウラジーミルはそこに残り作業を手伝うことにした。
ナイナとタマナは村の医者と一緒に負傷した人の治療を行う為に帰って行く。
ダニイル夫妻も村に戻り、村中の料理店と協力して澱人討伐祝いの為の料理を作るのだと言う。
* * *
片付けも終わり村に着くと、目覚めたジーンがタマナとともにオトハを迎えてくれた。
街は中央の広場を中心に明かりが灯され、炊き出しが行われており、酒や食べ物が用意されていた。
村中の皆が集まるとシギズムンドが酒を片手に現れる。
「えー、僕たちはこの5年間、澱人の出現により多くの制限がされてしまった。狩りや木材の調達を行っていた山へも行けなくなり、放棄した畑もある。我々の生活を一番支える王都への商品の卸も不定期にしか行えず、子供が遊ぶべき川なども利用できなくなったね。これを10年耐えれば良いと我々は考えていたし、それを半ば受け入れていた。だが、それももう終わった。勇気ある皆の協力のお陰で澱人の影に怯える日々は終わったんだ。」
シギズムンドは村人を見回す。
「勝利と!今回の作戦で戦いに参加した者、それを支えた全ての者を讃えて!乾杯!お疲れ様!ようこそ!自由!」
広場中で乾杯の声があがる。
タマナとオトハもエールを飲みながら料理をつまむ。
皆の幸せそうな顔を見て、オトハは自分の提案が間違いではなかったことを実感して安堵した。
迷惑や心配をかけてしまったけれど、村の役に立てたようでそれが嬉しい。
ウラジーミルやナイナがオトハの活躍を聞いてそれを讃えた。
シギズムンドは村を代表して感謝の意を伝えた。
オトハはこの世界で初めて自分の居場所を肯定されたようで喜んでいる。
今まではただ彼らの良心で居場所を与えられていただけだが、やっと彼らと対等にこの村にいられるような気がした。
鼓笛隊が何処からともなく現れてCarrot Ropeを演奏する。
本当にまるで音源のようにそっくりだ。
「懐かしい、Pavementだ。世代じゃないけれど好きな曲。兄もこの曲が好きだったな。」
数少ない兄との接点、数少ない兄との共通点。
オトハが中学生の頃、9つも年齢の違う兄が貸してくれたアルバムに収録されていた曲だ。
ずっと忘れていた思い出が、異世界で思い出されるなんて不思議だ。
エールを飲みながらふと見るとタマナが涙を流している。
「タマナ、どうしたの!?泣いてる!?」
呼ばれてハッとすると自分の涙に初めて気付いたように驚く。
「あれ、泣いてたのか、俺は。……いい曲だなこれ。」
タマナは拭うこともせずただ落涙するにまかせていた。
その目線の先には騒いで笑って楽しそうな村人たちの姿があった。
「オトハ、その、ありがとうな。こいつらのこの笑顔はあんたのおかげだ。あんたが澱人を倒そうと提案しなかったら俺は今もこいつらにその状況を甘んじさせていたと思う。過保護に、澱人からの驚異から離れて過ごすよう促して。」
タマナは一度目線をエールに落とし、何か思案するように時間を置いて、オトハの方に向き直すと先を続けた。
「でもあんたの言ったとおり、10年という歳月は寿命のある人間にはとても長い。子供が大人になってしまうくらいに。その時間をあいつらから奪っていたのは澱人だけじゃなく、俺自身もそうだったんだ。この光景を見るまでそれに気付かなかったなんてな。だから、ありがとう。」
「村の人達はタマナが思っているよりも強かったんだね。」
「ああ、そうだな、ずっと強かった。そして、それが今は誇らしいよ。」
オトハは思いついたように人差し指を立てると立ち上がった。
「ちょっと待ってて!タマナの家に荷物を取りに行く!」
そう言うと小走りに去っていく。ジーンがタマナに言う。
「俺も強かったろ?」
「ああ、強かったぜ。良くやったな。」
ジーンが嬉しそうにニコニコと笑う。
暫くしてオトハが自分の鞄を持ってやって来た。
鞄からスマートフォンを取り出すと、ジーンとタマナが並んでいるところを写真に収めた。
それを2人に見せるとジーンはとても喜んだ。
「わあ、俺とタマナだ!」
「お、良いじゃねえか。」
「みんなの姿を撮っておきたいと思って!」
そう言うとオトハは2人を伴って広場を歩き回っては人々を撮影していく。
シギズムンドと泥酔したナイナを撮り、料理をしているダニイルと奥さんを撮り、チームの仲間とのんびりと酒を飲むウラジーミルを撮り、ジーンに抱きつくデレクを撮り、樹の下で居眠りをしているヴィクトルを撮り、他にも村中の色々な人たちを沢山写して回った。
一通り挨拶と撮影を終えると、3人は席に戻り撮った写真を眺めている。
「オトハお姉さん、俺もオトハお姉さんの世界の友達と同じくらい仲良くなれたかな。」
それを聞いてオトハは笑って答える。
もう迷いはないし、彼らに対する壁なんか必要ない。
失うことを恐れるよりも、大切にしたい気持ちがあるのだ。
「もちろん!」
オトハは2人を抱きしめる。
「ジーンにタマナに、皆に会えて良かった!」
* * *
「次は明大前~、明大前。」
オトハはハッと気がつくと周囲の変化に驚いて周りを見渡した。
タマナもジーンもいない。
ここは明らかにルスリプではない、オトハは電車の座席に座っている。
夢だった?
しかしそれはすぐに違うことが判った。
自分の着ている服が王都の霧のバザーで買ったものだったからだ。
スマートフォンを確認するとさっき撮った写真もしっかりと残っている。
「帰って来れた?帰って来ちゃったの?お別れも言えず?」
オトハは喜んで良いのか悲しんで良いのかわからず、呆然とするのだった。
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