第20話 ギュンター 5
あれから2日が経った。
シギズムンドは翌日に目を覚まし、心配かけてすまなかったと詫びた。
それに対してタマナが無理をさせたことを詫び返したのは言うまでもない。
兎も角、シギズムンドがこれ以上戦闘に参加することは叶わなくなり、ナイナもまた確実な策がない限りは自分は戦闘に参加できないとの意を表した。
多くの人間はこの意見に乗り、策の立案を待ったが、圧倒的な力の差を前に取れる手段は限られている上に、相手は常に部下の複数人の目を持っているので、隙を狙うのも非常に難しかった。
ジーンはそんな大人たちの様子を怯懦と罵ったが、自分ひとりでどうにかできる相手でないことは痛感していた。
何しろ自分が強いと思って憧れていたシギズムンドがなすすべもなくやられてしまったのだから。
しかしそれらはギュンターのような人間への怒りを鎮める理由にはならず、焦燥と無力感に疲弊していた。
ジーンはそういった自分の感情との付き合い方がわからず、イライラしては父親に当たっていた。
オトハはタマナとともに行動していた。
タマナが警戒をする限り、ギュンターとその一味に遭遇することは先ずなく、オトハが一人で行動したり、一人で宿に残るよりもずっと安全であったからだ。
幸いなことにギュンターは公に犯罪を行うことを控えていたので、宿に攻め入るなどという強硬手段に出ることはなかったが、誘拐の危険がないわけではなかった為、日中はむしろタマナとともに霧に包まれた街を観光したほうが良かったのだ。
王都滞在の最終日である今日、タマナはオトハとジーンを昼食に誘った。
「貴族街に美味い料理屋があるんだ。貴族街って言っても、カジュアルなレストランだし気負わなくていい。俺は何度か行ったことあるんだが、ここの肉料理は絶品でな、たまにしか王都には来れないし、良かったら行かないか?」
「お肉!行く行く!宿屋の料理やバザーで食べる屋台のご飯も美味しかったけれど、貴族街のレストランってそれだけで興味がそそられるよ!でもお金、結構使っちゃったから足りるかわからないや……。」
「何言ってんだ、俺の奢りだよ。」
「やったー!!」
「俺はいいかな、気分が乗らないし親父の手伝いしてるよ。」
気持ちのモヤモヤが晴れず、何処にも行く気になれないのは本当だったが、一番の理由はこの時間を逃したらもうギュンターを狙うタイミングがなくなるという懸念だった。
しかしそれはそれで無駄な懸念なのだ。
狙うタイミングなんてない。
自分の実力でどうこうできるとは彼自身思っていないのだ。
この2日間もまたそういう理由で父親の手伝いもそこそこに宿に残っては、ひとりモヤモヤして時間だけを空費したのだ。
今日もまた同じになることは自分でもわかっていた。
「そんな事言わず一緒に行こうよ!ジーンと一緒にご飯食べたいな~。」
そう言われると嬉しくなってしまうジーンは「お姉さんの頼みなら」と承諾するのだった。
そして何もできず無駄に時間を過ごすくらいならばオトハを近くで守れる方がいいと考え直した。
タマナの案内した店は、4人がけのテーブル席4つにカウンター席のみというこぢんまりとした隠れ家風のお店だった。
だが貴族街の店というだけあって石造りの内装は清潔で綺麗だ。
お昼時よりも少し早い時間に訪れることができた為、店にはすんなり入店することができ、3人は一番奥の席に案内された。
「うわー、どれにしようかな~!」
オトハはメニューを眺めながら悩んでいる様子だ。
メニューに写真があったらもっと候補が絞りやすいのになと思っていると、ジーンもタマナも早々に決めたようだった。
待たせるのも悪いと思って、適当に一番下にある料理を選ぶことにした。
「この、ナスと豚肉のサラザンラザニアってやつにしようかな。」
「ああ?そいつはやめておけ、この店で唯一美味くないハズレ料理だ。注文するやつも稀。迷ってるなら俺と同じのでいいだろ。」
「え、そうなの?じゃあそうする。せっかくだし当たり料理食べたいし!」
「じゃあ注文するぞ。」
注文をして談笑をしていると、程なくして料理が運ばれてくる。
綺麗に盛り付けられた料理を前にオトハが感動する。
スマホを持ってきていたら写真を取りたくなるような映えのある盛り付けだった。
味もまた格別で、ジーンですら食べている間は悩みを完全に忘れて舌鼓を打つ。
オトハも幸せそうに料理を口に運んでいる。
食べ終わるとなくなってしまうという当たり前のことを残念に思った。
3人は食事を終えるとコーヒーを飲んでいた。
ジーンのコーヒーは砂糖とミルクたっぷりの甘い味付けで、その子供らしさにオトハは微笑む。
タマナも満足そうに食後の一服を吸い始める。
すると、客が一組入って来て奥から2番目、タマナの後ろ側の席に案内されていた。
既に決まっていたのかその客たちは注文を始める。
「おねえさん、俺これね、ナスと豚肉のサラザンラザニア。よろしくね。」
その声を聞いてオトハは背筋が凍る。
彼女の向かい側に座るタマナ、その後ろ側に見える後ろ姿からでは誰だか判別は難しいが、その声だけはあの光景とともに脳裏に焼き付いている。
オトハは恐怖のあまり手が震え、ソーサーとカップがカチカチと音を鳴らしている。
そして男は部屋に漂うタバコの煙を見て振り返る。
「へえ~、ガキが高級嗜好品のタバコを喫むなんざ、さすが貴族街って感じだよなぁ。」
ギュンターだ。
食事を終えて、宿に戻り、荷物を纏めたら、あとは王都からルスリプ村へ帰るだけだったのに、そうすれば最後まで再会せずに済んだはずなのに。
タマナが気を抜いたのだろうか、滞在最終日にして最悪の展開。
いや、ここならばギュンターは騒ぎを起こしたりしないだろうか。
貴族街は警備が厳しく、事件があれば直ちに警察が来る。
自分に犯罪の疑いがかけられるのを避けるような人間だ、無茶はしないだろう。
それにしても彼女らの命は相手の気分次第で消える可能性もあるのだ。
タマナはギュンターの声に振り向くと、ふうとタバコの煙を吐いた。
「気に触ったかいお兄さんよ。食後の一服ってのは美味くてな、嫌なら消すけどよ。」
「いやいや、俺もタバコは好きなんでね、気持ちはよおくわかるからそのまま気にせずやっておくれよ。」
ジーンはオトハの様子の変化に気付いた。
オトハはうつむいて震えている。
何かがオトハを怯えさせている。
タイミングを考えれば理由は明白だった。
あの男だ。
何者かはわからないがあの男が原因であるのは間違いない。
そう考えるとジーンはそっと右手を腰に置く、が、オトハの手がそれを制止させた。
ジーンはオトハを見るが、彼女は小さく首を横に振るだけだ。
納得は行かないが、彼女を困らせたくないので、柄から手を離す。
「あれ、その銀色の髪と口の悪さ、あんたもしかして何でも見通す占い師のタマナだろ。俺ァあんたのタバコのファンなんだよ。こんなところで会えるなんざ嬉しいねえ。今度は葉巻のバリエーションも作ってもらえると嬉しいんだが。」
「ありがとよ。まあ俺は占い師じゃねえが。葉巻も最近は作ろうかと思ってんだよ。」
「そうなのかい?そうかァ~、嬉しいなあ。ああ、嬉しいよ……。てっきりあんたはルスリプ村でお留守番してると思ってたからさァ!!」
そう言うとギュンターはニヤリと笑った。
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