第19話 ギュンター 4
シギズムンドはすんでのところで相手の太刀を防いでいる。
相手の剣の軌道は非常に捉えづらく速いが、戦っているうちに少しずつその動きに対応できて来ていた。
とはいえギュンターも本気とは考えづらく、シギズムンドの出方を伺っている風でもある。
それにシギズムンドの攻撃は相変わらず全て見切られており、その手数の多さを物ともせず、たった片手で防ぎ切られていた。
「本当に相手の腹加減で私たちの命は飛ぶわね……。」
ナイナは自分たちの状況が相手の気まぐれの上に成り立っていることを痛感している。
それでもタマナたちがオトハを救い出すまではこの気まぐれを続けてもらわなくてはならない。
火力の高い魔法はこの狭い部屋の中で使うにはシギズムンドを巻き込む可能性があり危険すぎるため、規模の限られたものを使用せざるを得ず、サポートの徹する他ない。
野外で戦えるならば本気も出せるがそれでも勝てる見込みが薄い。
それにもし野外に出た場合、視界が悪く、もしこちらの陽動に飽きた相手がタマナたちの元へ向かった場合、抑えることが難しくなってしまう。
だからナイナたちはこの部屋で闘いを続ける必要があった。
「眼鏡君、やるねえ、俺の剣を防ぐなんてさあ、もうちょっと本気出した方がいいかい?」
「いいや、遠慮願うよ。こちとら受けるので精一杯だからね。それよりもキミこそ僕の攻撃を軽々といなしてくれちゃって、自信なくなちゃうよ。」
「いや〜、速いと思うぜ、大体のやつは為す術もないだろうよ。残氓流の奴でも防御に特化した俺のようなやつ以外は傷を負っていたかもしれないよ。だが、残念ながら俺は素早いくて軽い攻撃を防ぐことが得意なんでね。相性が良くなかったかもなぁ〜。」
ギュンターは思い出に浸っているのか、左手で顎をさすりながら目を閉じて天井を見上げるように顔を上げた。
完全にナメられているな、とシギズムンドは思った。
しかしそれで何もしないわけもいかず独鈷杵をくるりと回し構え直すと、低い体勢から急所めがけて二連撃を行う。
ギュンターはステップでその攻撃を避けると右手の剣を振るう。
シギズムンドはそれを防ごうと独鈷杵を構えたが、剣は軌道をぐにゃりと変え、対応する間も無く彼の左耳を斬り落とした。
「ぐっ!!」
眼鏡がずれて視界が悪くなる。
シギズムンドは大きく後方に下がる。
「おいおい、下がりすぎると俺は女の方を狙わなきゃならなくなるぞ。」
ギュンターはヘラヘラと笑いながら歩いて距離を詰めて来る。
その時、ナイナのポケットの中で金属が割れるような音が聞こえた。
撤退の合図である。
ナイナとシギズムンドは一瞬お互いに目を合わせる。
ナイナは折れた金属をポケットから出すと、それを何やら図形が書かれた紙で包み、自分の血を染み込ませて部屋の中央に放り投げた。
ギュンターは素早くそれから距離を取るが、金属は強烈な閃光を放ち、部屋は真っ白の光で包まれる。
2人はその閃光と同時に部屋から逃げ出す、が、その瞬間、視界を完全に奪われながらも一息に間合いを詰めたギュンターが剣を振るう。
ギュンターの視界が回復すると部屋には誰もいなくなっていた。
彼は剣を鞘に収めると、葉巻を吸い始める。
「次やるときは遊ばずさっさと殺すかね。」
* * *
アジトから出ると2人は一刻も早くあいつから離れたいという気持ちで全力で走る。
だが、シギズムンドは自分の右腕に違和感を覚える。
鈍い痛みがじわじわと襲って来る。
それを見たナイナが顔を青くして言う。
「シギズムンド、あなたその腕……。」
「ああ、後で治療してくれないかな。早くしないと倒れちゃいそうだ。」
シギズムンドの右腕は殆ど皮で繋がっているような状態でブラブラと揺れていた。
出血が激しく、早くしないと命に関わる。
宿屋まではもつだろうが、到着したらすぐに処置しないとマズい。
「あいつは無茶苦茶だね。完全に目は見えていなかったはずなのに正確に一太刀を入れてきたよ。逃走までの行動が少しでも遅れていたら身体ごと真っ二つにされていたかもしれないね……。」
ギュンターは追って来る気配がない。
ということはオトハの捉えられているアジトに向かっているに違いない。
合図があったのだから大丈夫だろうが、もし移動中にギュンターと出会ってしまったら、彼らは恐らく皆殺しにされてしまうだろう。
そうなっていないことを祈り、2人は宿へと急いだ。
* * *
ダニイルの心配でタマナはシギズムンドたちのことを思い出し、宿屋の主人にお湯を沸かしてくれるように頼む。
自室に戻り傷薬を用意して、ナイナの部屋に入り、散らかっている荷物を退かし、人が横になれるスペースを作る。
皆はそれを不思議そうに見ていた。
「シギズムンドが負傷した。傷薬だけでは治癒に時間がかかるし衰弱した状態なので俺とナイナで処置をする。あんたたちはお湯で温めたタオルを使って体温が下がらないように温めて欲しい。」
程なくナイナがシギズムンドを抱えて部屋に戻って来る。
すでに治療の環境が整えられているのを見て、焦っていた気持ちが少しの安堵に置き換わる。
タマナとナイナは早速傷薬と魔法を使って処置する。
この世界の傷薬は強力な治癒力を持っているが、負傷から時間が経つほどに加速度的に効きが悪くなる。
シギズムンドの傷は既に傷薬だけで治癒しきれるものではなくなっており、処置には傷口を縫い、それぞれの負傷部位に合わせて魔法で再調合した傷薬を使用する必要があった。
ナイナは傷の縫合と魔法を、タマナは適切な傷薬の調合を行う。
オトハはシギズムンドの状態を見てショックを受けるが、気を取り直してタオルの交換を手伝う。
自分のために人がこんなことになるなんて。
そう考えるがきっとこの人たちはそうやって自責する自分を厭うだろう。
悔恨を抱いたり謝罪をされるよりはむしろ感謝してお礼を言ってもらって、オトハが無事でいれば良いと考える。
そういう人たちなのだ。
しばらくして治療が終わると、全員がぐったりと疲れきった。
シギズムンドはそのままナイナの部屋に寝かせておく。
もう命の危険はないし、腕の完治はもう少し先になりそうだが、明日には起きて来るだろう。
「はあ、皆お疲れさん。俺もめちゃくちゃ疲れたよ。すまねえなナイナ、それにシギズムンドも。だいぶ無理をさせちまったみたいだ。」
「いえ、気にしないで、それに私たちも油断していたわ。あわよくば殺そうだなんて、桁違いの強さだった。かすり傷一つ負わせられなかった。私にはあれを狩れるビジョンが見えないわ。」
「それほどの相手だったのですね。いや、村長のあの状態を見ればそれが大袈裟でないことがわかります。そんな相手を殺すことなんてできるのでしょうか。この依頼はタマナさんが言っていた通り、放棄するのも考えた方が良いかもしれませんね……。」
ジーンは悔しそうに握り拳を作り、俯いている。
それを見たタマナはポンと彼の頭に手を乗せる。
「まあ、王都滞在中にチャンスがなければ放棄することにしよう。あと3日、あいつにそんな隙がありゃ良いがな。とにかくそれまでにいい作戦があれば実行するのも吝かじゃねえ。ただし無理そうなやつは俺が全部却下するからな。じゃ、俺は疲れたから寝る!オトハもそうしろ!」
そう言うとタマナは自室に戻って行ってしまった。
ジーンにチャンスを与えたのだろうが、同時にこれは決定を少し先延ばしにしただけの撤退宣言に聞こえた。
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