第18話 ギュンター 3
「う、ごめん、泣くつもりは。あと私は怪我はしてないよ、これは他の人の血。」
そう聞いて3人はホッとする。
ジーンはハンカチを出してオトハの顔の涙と血を拭う。
ダニイルは周囲を警戒していたが、タマナがもう周りにはギュンターの一味はいないことを請け負った。
「とは言え、ゆっくりもできねえ。正直シギズムンドたちがギュンターを抑えるのは限界だ。このままだと連中が全滅しかねない。それにギュンターが移動を開始したら、俺達はすぐにここで奴に遭遇することになる。奴のいる場所から貴族街のアジトまで、この道を使うからな。ナイナに撤退の合図を送って俺たちは宿屋に急ぎ戻ろう。」
そう言うとタマナは銀色の棒のようなものを取り出すと、それをポキリと折る。
「これでよし。オトハ立てるか?」
そう言うとタマナが手を差し伸べる。
オトハはそれを掴んで立ち上がる。
「ありがとう。でもこの首輪どうしよう……。」
「大丈夫だ。それには追跡魔法などが仕掛けられているわけではないし、一先ずは宿に移動してからにしようぜ。」
タマナが先行して皆を導く。
彼女にはギュンターの手下が何処にいるのかを把握することができるため、安全な道を案内することができる。
そして街が霧に包まれているのも彼らの移動を助けた。
開けた場所の移動も霧に紛れてギュンターの部下に見つからずに進むことができた。
ジーンは怒りに燃えていた。
オトハにこんなことをした人間を絶対に生かしておけない。
彼はオトハを宿に届けたらシギズムンドたちと合流してギュンターを殺そうと考えていた。
村でトップクラスの強さを誇るシギズムンドと唯一魔法を使えるナイナ、そして小回りが利き素早く動ける自分がいれば恐らく斃せるだろうと思う。
さっきタマナが折ったのはナイナへオトハの救出を伝え、撤退の合図となるナイナが用意していた魔法の道具だ。
だから急がないとシギズムンドたちと共闘するのが難しくなる。
ジーンは内心焦りながらタマナについて行く。
「ダメだからな、ジーン。」
タマナは全てを見透かして釘を刺す。
ジーンは一瞬驚いたが、相手がタマナであることを思い出した。
ジーンはカッとなり、自分の計画を止めるタマナに怒りをぶつける。
「何でだよタマナ!こいつはぶっ殺すべきだ!ギュンターは人のことをなんとも思わねえクソ野郎だってあんたが言ってただろうが!日和ってんじゃねえよ!」
「大声を出すな。いいか、何人がかりだろうとあいつは正面からぶつかって勝てる相手じゃねえんだ。勝つのが難しいって言ってるんじゃねえ、勝てねえって言ってるんだよ。」
「何でだよ!やってみねえとわからねえじゃないか!」
そう言ってハッする。
いや、タマナにはわかるのだ。
そしてそれはいつも正しい。
そのことを自分はよく知っている。
だから皆タマナを頼るのだ。
ジーンは悔しさで涙が出そうになるのを堪える。
彼はこういう不条理を捻じ伏せるために血の滲むような鍛錬を積み、強くなったのだ。
だというのに自分の好きな女性を傷つける嫌悪すべき悪を野放しにしなければならないなどとは。
ジーンは自分の無力さを惨めに思った。
自分の正義感が届かない場所があることを呪った。
「ジーン、堪えろ。お前は何も悪くねえ。」
「あなたは私を助けてくれたよ。もうお終いかと思ったけれど、ジーンが来てくれて私はすごく安心した。」
「クソ、俺……。」
オトハはそっとジーンの手を握る。
* * *
宿に着くとデレクが食堂でソワソワとしていたが、ジーンを見ると心底ホッとしたような顔になると彼に駆け寄り抱きしめた。
そしてタマナとダニイルに礼を言い、オトハの無事を祝うのだった。
「ジーンも皆も無事で良かった。バザーにいたらヴィクトルのやつが来て、あんたらが嬢ちゃんを助けに行ったことを教えてくれたんだ。タマナが一緒だから危険はないと思ってはいたが、それでもジーンのことが心配で気が気じゃなかったよ。」
デレクがそう言うとタマナとダニイルは目を合わせてすまなそうにしている。
するとジーンは父親の腕からするりと抜け出ると言う。
「俺は心配ねえよ。それよりもオトハお姉さんの方が大変だったんだ。ギュンターたちがお姉さんを攫ってたんだぞ、怪我もなく無事で本当に良かったよ。」
それを聞いてオトハは彼らがギュンターのことを知っていることを理解した。
「ギュンターって何者なんですか?なんで私を攫ったの?」
それについてタマナが言いづらそうに説明をする。
「ギュンターっていうのは最近この街で力をつけて来たギャングのボスだ。もともと一流の剣術を学んだ経緯もあって、その一騎当千の強さで好き勝手暴れている。俺たちはこいつを殺してくれと警察関係者から依頼を受けている。その情報を知ったギュンターは俺たちを誘い出すための人質としてあんたを攫ったんだ。すまない、だからこれは俺たちの不注意だ。」
「そう言うことだったんだね。でも不注意だったのは私。離れるなと言われたのに単独行動してそこを狙われて襲われたのだもの、自動自得。だから気にしないで。それにすごく怖かったけれど皆は私をすぐに助けてくれた。」
タマナは緊張をほぐすようにタバコを喫み始める。
「たまにはな」と言うとデレクとダニイルにも分けると、3人は深く煙を吸い少しリラックスできたようである。
オトハは自分がタバコを吸えたらそう言う風に気持ちを落ち着けることができるのだろうかと考えた。
彼女は他人の喫煙は気にならないが、自分が吸うのは苦手だったので、そう言う喜びを享受することができないのを少し残念に思った。
「ところで、お風呂に入って着替えてたいのだけれど、行ってもいい?」
「ああ、大丈夫、この宿は安全だから行って来ても良いぜ。だがその前にその首輪を外そう。なあジーン、やれるか?」
ジーンはコクリと頷くと、部屋から細工道具を持って来てオトハの後ろに立ち、首輪をいじり始めた。
「あ、あの、これ外すと爆発して頭がなくなっちゃうんだけど、大丈夫なの?」
オトハの心配は余所にカチリという音がして首輪は爆発することなく首から外れた。
「爆発する機構は無効化した。こんなのは朝飯前のオモチャだ。」
「す、すごい!ありがとうジーン!!」
「しかし村長たち遅いですね。大丈夫なんでしょうか。」
ダニイルは心配そうに窓の外を見た。
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