第17話 ギュンター 2

 ナイナとシギズムンドはタマナから聞いた一番手薄なギュンターのアジトに潜入し制圧し終えた。

殆ど抵抗を受けず素早く処理できたため、部屋は余り散らかっておらず、2人は綺麗なソファに座ってギュンターが来るのをのんびりと待っている。


「本当に来るのかしら。」


 テーブルに置かれた菓子をつまみながらナイナが不安な様子で尋ねる。


「タマナが来るって言ってたんだし大丈夫でしょ。直接自分で手を下すのを好むらしいよ、ギュンターってやつは。」


「ふーん、本当に私たち2人がかりでも難しい相手なのかしらね。なんだったらここで殺してもいいのよね?」


「まあ、可能ならだけれど。でもタマナの言う通り逃走のし易い戦いを前提にしよう。」


「了解。私も怪我するのは嫌だしね。そうだ、一応、今の内に魔力の巡りを良くしておいていい?」


「ああ、構わないよ。」


 するとナイナはソファから立ち上がりシギズムンドに抱きつく。

2人はしばらくそうして見つめ合っていたが、やがてナイナは鋭い牙で彼の首筋に噛み付くと血を吸った。


「まっず。」


「そりゃないでしょ〜ナイナ〜。」


「本当にこの体、人の血を求めるくせに味覚は全然合わせてくれないから、クソ不味い思いして血を飲まなきゃいけないの、やってられないわよ。」


 飲み終わるとナイナは口元をハンカチで拭き、シギズムンドの首の傷を魔法で癒す。

そして立ち上がろうとしたところ、入り口の方で物音がした。

2人は警戒し身構える。


 入り口がゆっくり開くとギュンターが鼻歌交じりに入って来きた。


「こんにちは〜、なーに人のアジトでイチャついてくれちゃってんの?オタクらがルスリプって村の田舎者かい?」


 言うが早いかシギズムンドは独鈷杵のような武器を袖から取り出し両手に取ると一気に距離を詰める。


 狭い部屋の障害物をものともしない流れるような素速い動き、常人ならば目で追うことすらも難しい踏み込みからの刹那四連撃。

だがそれは全てギュンターの鞘に防がれる。


 間髪入れず簪がギュンターの額をめがけ飛んで来る。

それを紙一重で避ける。

壁に刺さった簪は魔法を発動させ、触れるだけでその部位を炭化させる強力な電撃を走らせる。

が、既にそこにギュンターの姿はなく、一瞬の間にシギズムンドの後ろを取っている。


 ギュンターは剣を抜くと、目にも止まらぬ奇妙な軌道の一閃でシギズムンドに一太刀入れた。

シギズムンドは素早く距離を取るが、背中に深い傷を負っていた。

それを見たナイナな傷薬を出すと詠唱しながらシギズムンドに掛ける。

すると傷は通常の倍以上の速度で癒えてしまった。


 ただの一息の攻防でシギズムンドとナイナは相手が全く油断できない相手だと言うことを理解した。

いや、これは相手になるかすらわからない。

自分たちの実力で何分間保つか考える方が現実的だ。


「なんかさ〜、噂だと強いやつの集まりなんだろ、ルスリプ村ってのはさ〜。まあ、確かに強い、強いと思うよ。だけどさ、こんなもんか?雑魚相手にイキってんじゃねえぞ?」


「こいつぁ、ヘヴィだねえ。」


 シギズムンドは苦笑いをすると、再び攻勢に出る。


 縦横無尽の足運びに独鈷杵による手数の多い攻撃、どんなに強い相手でも今までこれで完封して来た。

が、ギュンター相手には通用しない。

左手に持った鞘が全ての攻撃を防ぎ、右手の剣が蛇のようになめらかな弧を描きながら襲いかかって来る。


 こちらが手を出すたびに撫でるように浅く反撃を食らう。

遊ばれているのだ。


 ナイナの強力な魔法もまた、全て読まれており発動する前に友好な射程距離から逃れてしまう。

これが、残氓流なのか。格の違う強さを前にシギズムンドとナイナはなす術もなかった。


「シギズムンド、何分保たせられる?」


「いやぁ、もう相手の気分次第って感じだよ。正直、生かされてるって方が正しいや。」


「でも暫く保たせないとギュンターとタマナたちがかち合ってしまうわ。それだけは絶対避けなきゃ。」


「そうだね、もうちょっと頑張ってみるよ。」


 ギュンターは手の中で剣をくるくると回し、首をコキコキと鳴らした。


「残氓流を抜けてからよお、強い相手と戦う機会が全然なくてさぁ。巷で強いとか言われているやつもだいたい大したことないのよ。それに比べて残氓流は凄かったぜ、どいつもこいつも化け物みたいに強え。俺みたいにね。だが師匠の野郎が何を思ったのか思想を変えやがった。曰く虚を衝く動きは美しくあれと、ダンスみたいな動きを取り入れてさ、あれじゃあ大道芸だぜ。だから殆どの門下生はそこで抜けちまった。残氓流は生き残りの剣、元々の思想のまま、手段を選ばず殺し、奪い、闘いに勝つ、ただそれだけを純粋に求めるべきだったんだ。まあそれが転機となって今の楽しい生活が送れてるんで、一概にはダメとは言えねえんだけどな。血湧き肉躍るような闘いをしなくなって寂しくなっちまってんのさ。だからさぁ、何が言いたいかって言うとさ、もうちょっと楽しく遊ぼうじゃねえか、ルスリプッ!!」


* * *


 オトハは5人の男に前後を挟まれ、建物で周囲を囲まれた細い裏路地を進んでいた。

浴びた血がまだ乾かぬままオトハは暗い顔をして男たちに従って歩く。


 脱出はもちろんまだ諦めていない。


 能力を使いこの5人の注意を逸らして逃走するとか。

ダメだ、こいつら全員の注意を引きつけるようなものなんて、それなりの質量を持っているものしか思いつかない。

そんなものを出して体が持つのかわからないし、そもそもこんな細い道では横に逃げることはできず、前後にいる男を退かしてかいくぐる必要がある。


 いや、少しでも開けた場所に出られれば、逃げられるかもしれない。

街は相変わらず霧が濃く、やつらを撒くのに有利に働くだろう。

しかし逃げ出してもこの首輪だ。

外そうとすると爆発するこの首輪。

これを一生着けて過ごすのか?

それにこいつに追跡の魔法などがかかっていたらすぐにまた捕まってしまう。


 路地は開ける気配はなく、オトハは内心焦りながら何か使えるものはないかと周囲を見回していると、先頭の男の上に何か大きな塊が落ちてきた。

すると男はうがいをするような音を立てて倒れる。


「何だ!?おい、どうした!?」


 他の男が警戒を強め剣を抜き、真後ろの男はオトハの腕を縛る縄を掴み立ち止まらせた。

その瞬間、ジーンが霧の中から飛び出し、前方の男の首を掻き斬る。

その男の肩を足場に跳躍し、空中で建物の壁を蹴りオトハの後ろに回ると、彼女を拘束している男の肩に取り付き、首を切り落とした。


 そして残りの二人は霧の向こうでうめき声を上げることなく倒れた。

ダニイルは脇差程度の刃渡りの刃が柄を中心に上下に付いた武器を手早く拭くと、柄の中頃から半分に畳み、横並びに2つの穴が空いている特殊な鞘に収める。


「オトハお姉さん!大丈夫だった!?」


 ジーンが駆け寄って縄を短剣で切る。

路地の奥で隠れていたタマナも現れ、ヘタリと座り込むオトハの頬を撫でる。


「無事だったか!?って、何だこりゃ血だらけじゃねえか!怪我をしたのか!?」


「う、う、う……。ジーン、タマナ、ダニイルさん。ありがとう、ごめんなさい。怖かった……。」


 そう言うと恐怖心や緊張感が解け、今まで我慢していた涙がどっとあふれるのだった。

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