第16話 ギュンター 1

 激しく倒れ込んだ男と、複数人の危なそうな男たちが部屋に入って来た様子を見て、オトハの背筋は凍りついてしまった。


 遅かった、こんな状況になったら逃げ出すなど不可能だ。


 倒れている男は「すみません、ごめんなさい」と震えながら呟いている。

どういうことかはわからないが、尋常ならざる状況なのは間違いがない。


 そうしていると更に後ろから女が1人と男がもう1人入って来た。

あとから入って来た男は部屋の中を見回してオトハを見つけると戯けたように言う。


「あれえ、先客いるじゃん?どうしたのこの子。」


 すると1人の男がそれに答えた。


「ギュンターさん、こいつはアレですよ、ルスリプの連中の仲間です。言われた通り攫って来ました。」


「へえ!仕事早いねえ。いいじゃんいいじゃん。見た目もかわいらしいお嬢さんだねえ。ルスリプの奴らが来るまで暇せず遊べそうだ。ま、その前にこっちだな〜。」


 ギュンターと呼ばれた男はそう言うと蹲った男に向き直り、顎をクイっと上げる。

すると2人の男が蹲る男を強引に座らせ、両手を掴み頭を下げさせる。


「名前も知らないお兄さんさあ、うちの商品に何してくれちゃってんの?女の子は繊細なんだよ、それを顔面ボコボコに殴って犯してくれちゃってさあ。お腹ならまだしも顔はダメってルールだったでしょ、ねえ。」


「すみません、許してください。調子に乗ってました。もうしないんで許してください……。」


 男が泣きながら嘆願するが、ギュンターは笑いながら拒否する。


「ダーメだよ。キミのみみっちい優越感のためにうちの商品は傷物になっちゃったよ。しかもしこたまやっちゃってくれちゃってさ、何週間客が取れなくなると思ってるの?」


「お、お金なら払いますから。」


 ギュンターはシガレットカッターをポケットから取り出すと、泣いている男に近寄り優しく左手を取って笑いかける。

泣いている男もつられてにへらと笑うが、ギュンターはそのまま人差し指をシガレットカッターで勢いよく切り落とした。


「ぎゃあああああああ!!!」


 泣いている男は苦痛に叫び声をあげる。

オトハはその様子を見て目を見開き、恐怖で体を震わせた。


「うるせえよ、いきなりデカい声出すなカス。」


 ギュンターは笑顔のままそう言うと、中指も切り落とした。


「ぎゃああああ、やめて……、やめてください……。」


「女に暴力を振るって優越感に浸るようなクズが何言ってるのさ。ダメだよ。」


 そうしてギュンターは急ぎもせずじっくりと泣いている男の両手の指を全て切り落とすと、後ろで立っている女を指で呼んだ。


「どう?胸がスッとしたろ?」


「は、はい。」


 そう言う女は明らかに恐怖で青ざめている。

よく見ると女の首には金属製の首輪がかけられている。

恐らくオトハの首にあるものと同じだろう。


 ギュンターはオトハの視線に気がつくと説明をした。


「ああ、この首輪?俺は女衒みたいな商売もしていてさ、俺が管理する子には全員つけさせてる、いわばブランドタグみたいなもんだね。この子たちは貧乏人の娘さんでね、貸したお金が返せない可哀想なお家の人のためにお金を稼ぐ機会をあげてるんだ。お仕事できるのは可愛い子だけだけどね。」


 こいつは最低の奴だ。

恐怖と軽蔑でオトハはギュンターを睨んだが、彼はそれに意に介さずに呻いている男を眺めてた。


「あの、私はこれからどうすれば。」


 女はおずおずとギュンターに聞く。

ギュンターは女に向き直って肩をポンと叩く。


「そんな顔じゃあお店に立てないでしょうが、いいよ、解放してあげる。今までお疲れさん。おい、お前、首輪を外してあげな。」


 思わぬ言葉に女は喜びの表情を咲かせる。

ずっと辛い思いをして劣悪な環境で体を売らされていたが、ギュンターのほんの気まぐれとはいえやっと解放されるのだ。

そう考えると男に殴られたのは幸運だったのかもしれない。


 女は自分を解放してくれた指のない男を見る。

こんなことなら少しくらい庇ってやっても良かったかもしれないと思った。


 男は首輪の鍵を解いてやるとお辞儀をしながら下がる。

女は嬉しそうにギュンターを見ると、彼も微笑み返す。

そして女が首輪に手をかけて外そうとした瞬間、首輪は爆発をして彼女の首から上は天井に飛び散り血が噴水のように吹き出た。


「あちゃー、見ろよ、お前がぶん殴ったせいで女が死んだぞ。責任取って貰わねえとなあ。」


 指のない男は恐怖に顔を歪ませて後ずさりしようとするが、2人の男に取り押さえられて身動きが取れない。

ギュンターはゆっくりと彼に近づいて思案したように顎を手でさすると。


「いや、もう飽きたからいいや。おいお前ら、そこにある万力でこいつの頭を潰せ。」


 命令されると同時に指のない男は素早く万力に頭を固定される。


「やめて、やめてください……。」


 だが誰も聞く耳を持たず、男は無言のままにレバーを回す。

ギチギチをゆっくりと万力が締まる。


 余りの痛みに指のない男は大きな声で泣き叫ぶ。


 オトハは目を逸らすがその大きな声に鼓膜が破れそうだ。

そして、大きな破裂音がするとしばらく後に血が噴き出し、指のない男の体は痙攣をする。


 それでも男たちはレバーを回す手を止めず完全に頭が潰れきるまで万力を締める。


 オトハは男と女の血を浴び赤くなって震えている。


「さてと。お嬢さんお待たせ。遊ぼっか。」


 ギュンターはシガレットカッターをハンカチで拭きながら歩いてくる。


 オトハは命の危険を感じて後ずさる。

あんなことをされるのは嫌だ。

逃げなくては。

どうやって?

能力を使って逃げる?

手足の自由がきかないまま、この人数の男を退ける何かをイメージする?

そんなものは考えつかない。

どうすればいい?


 頭の中がぐちゃぐちゃになる程、いろいろなことが駆け巡る。

呼吸が荒い。

息が苦しい。

怖い。


「ギュンターさん。」


 男が1人急いで入ってくると、ギュンターに耳打ちをする。

それを聞いて彼は眉を動かしておどけた表情を作る。


「そっかー、もうかかったか。じゃあ行くかね。お前は連中のところに俺を案内しろ。他のやつは残れ。」


 そう言うとギュンターは踵を返して出口に向かうが扉の前で立ち止まった。


「いややっぱり、その子、念の為に貴族街の方のアジトに移動させておいて。あっちの方が人数が多いしもしカチコミ食らっても大丈夫でしょう。ここだと心許ないもんねえ。」


 そう言うとギュンターは部屋を出て行った。

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