第21話 ギュンター 6

 ギュンターは笑いながらタマナを睨め付けるが、タマナは表情一つ変えずタバコをふかす。

煙が静かに室内に舞う。

オトハはその静寂さに一触即発を見て恐ろしいほどの緊張を感じていた。


 そこにギュンターたちの料理が運ばれてくる。

すると彼はあっさりとテーブルの方に向き直り、早速食事を始めるのだった。


「いや~、やっぱりこれだぜ。美味え美味え。」


 タマナもまたテーブル側に向き、コーヒーを飲む。

ジーンも先程の得も言われぬ緊張感に冷や汗をかいてたが、一段落したと考えてふうとため息を漏らす。

するとギュンターが振り向かずに言う。


「俺はこの店の常連でね。ここの料理はすげえ好きなんだよ。だから血なまぐさいのはなしといこうや。」


 それに対してタマナは答える。


「そうだな。俺もそれには同意だよ。よし、会計だな。」


 そうしてタマナたちは店員を呼ぶと会計を済ませて店を出ようとする。


「お嬢ちゃん達、また攫われねえように気を付けるんだな。」


 ギュンターはクックックと笑いながらそう言うと、オトハはギクリとする。

やっぱり自分の顔を覚えられているんだ。

それに対しタマナも返事をする。


「あんたも健康には気を付けるこった。じゃあな。」


 退店するとオトハは緊張から解かれてまるでずっと息を止めていたかのように呼吸が荒くなる。

それでも後ろからギュンターが付いてきているのではないかという不安が残っている。


 オトハはタマナの方をチラリと伺う。


「あ?付いてきてねえよ。連中はまだあの店でゆっくり食事中だ。」


 それを聞いてオトハはやっと安堵した。

しかしそれがわかるタマナが何故あそこまでギュンターの接近を許してしまったのだろう。


 そう言えばタマナは未来のことがわかるわけではないし、現在のことに関しても全部のことを一時に把握するわけではないらしいので、見落としがあるのかもしれない。


 曰く、自分は全てを知っているけれど、何かを具体的に知るには思い出すのに似た手順を踏んでいるのだという。

つまり、知ってはいても意識しなければそれを真に知ることはできない。


 例えば今ナイナが何処にいるのか知るには、ナイナが何処にいるのかということを思い出すように意識を向ける必要があるのだ。

その為、頭の中で別のことを考えていたり、何かに集中していたりする場合はそういった意識が疎かになるのだという。

だから料理に舌鼓を打っている間にギュンターたちの接近に気付くのが遅れたのかもしれない。


 宿に向かって歩きながら、ジーンは先程の緊張感を思い返していた。

あの男は恐らく只者ではない。

認めたくはないが、ジーンはあの冷たい殺意のようなものに完全に気圧されていた。


「なあ、タマナ、あの男、何者なんだ?」


「ああ、あいつな。ギュンターだ。」


 それを聞いてジーンは目を剥き立ち止まる。


「ふざけんなよタマナてめえ!わかってて黙っていやがったな!!」


「ああそうだよ、お前があそこで突っ掛かって行ってたら今頃俺らは死んでたからな。」


 ジーンは怒りでタマナを睨み付ける。

さっきのがここ2日ずっと待ち望んでたギュンターを殺れる最後の機会だった。

何処にぶつけたら良いかわからない悔しさにジーンは震えていた。


 確かに、勝てないかも知れない、それでも戦うべきだったのではないかと考えてしまう。

だがタマナの言う通り、自分が返り討ちにされたら、タマナもオトハも殺されてしまう。

あの場面では、もし知っていても堪える他なかったのだろう。


 だとしてもジーンは感情を抑えることができなかった。


「俺が、俺がぶっ殺せば良かったんだ!あんなやつ、俺だけで十分だ。メシを食ってるときに首を掻っ切れば……。」


「無理だって自分でもわかってんじゃねえか。」


「心を読むんじゃねえよ!クソッタレ!!」


 頭に血が上ってさっきの店にジーンは引き返そうと踵を返す。

オトハはジーンの手を握り止める。


「ダメ、行かないで。全員が無事でいられて良かったんだよ。あれでいいの。そして私達は村へ帰る。それが一番大事なことだよ。」


「でも!でも……!」


 あまりの悔しさ、間抜けさに涙が出る。

もっと自分が強ければこんな不条理な結末を迎えることはなかった。


 オトハを攫い、シギズムンドをあんな目に合わせたクソ野郎。


 自分の村は正義の味方だと思っていた。

それを誇りに思っていた。

だが現実は力の強い邪悪を相手にして野放しにすることしかできない。


 ジーンの涙はそういった喪失感も混ざっていた。

タマナはジーンの頭を優しく撫でる。


「お前はよく堪えたよ。立派な大人だ。」


「こんなクソを認めるのが大人だってんなら俺は子供でいい!」


「そうか。そうだよな。」


 そしてジーンは声をあげて泣くのだった。


* * *


 タマナたちは宿に戻り帰り支度をする。


 王都滞在の5日間、長いようであっという間だったが、オトハとしては今は一刻も早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。

楽しいこともたくさんあったけれど、全てあの男への恐怖がそれを上書きしていた。


「忘れ物はないか?」


 タマナは自分の荷物を一通り片付けてオトハに聞く。


 商品を全て卸し、売り切ったので、二人の荷物も来るときよりも減っていた。

タマナはいくつかの調合用の器具、オトハは服飾品が複数増えたがそれでも帰る際は行きよりも楽になることは間違いなかった。


「うん、もう大丈夫。」


 ひと目見て空元気とわかるような笑顔でオトハが微笑む。

タマナはそれを痛ましく見たが、追求しないことにした。


「よし、じゃあみんなの準備が終わるまで食堂で茶でもシバくか。他にも暇にしてるやつがいるだろうしな。」


 果たして食堂にはシギズムンドとナイナがいた。

タマナとオトハが入ってくると2人はにこやかに迎えてくれる。


「やあ、キミたちも準備が終わったのかい?僕はもう暇だったから朝から片付けを終えてしまってね。」


「私も今日は何処へも出かけずに帰り支度をしていたわ。思ったよりも早く終わってしまって、ここで休んでいたのよ。」


「私たちも荷物が少なかったのですぐ準備が終わっちゃいました。なので村の他の人たちが支度ができるまでここでお茶でもしようかなって。」


 人と話して茶をすすると少し心が落ち着いてきた。

オトハはお昼以降、自分が思った以上にずっと恐怖を感じていたことを悟る。

食堂に出てきたのは正解だった。

部屋にずっといたら緊張が解けなかったかもしれない。


 4人で談笑していると、宿屋に警察関係者が訪れてきた。

そしてタマナを見つけると袋を渡す。


「約束の報酬だ。先ほど奴が道端で倒れているのが発見された。どうやったのかはわからないが良く奴を殺してくれたな。さすが何でも屋村だ、心から礼を言う。キミらのおかげで外道がまた1人消えた。それじゃあ。俺は戻るから。」


「ああ、ありがとな。」


 そう言うとさっさと出て行ってしまった。

3人は何のことやらさっぱりわからなくて目をパチクリさせている。

タマナは煙を吐き出し言う。


「ギュンターのクソ野郎は死んだぜ。もういない。」


 それを聞いて一同は驚く。


「え、どう言うこと?依頼は放棄したんじゃなかったかしら?」


「誰も放棄するなんて言ってねえだろ、帰るまでにチャンスがなかったらって言っただけだ。」


「まさか、ジーンとオトハさんとご飯を食べに言った時にジーンがやったのかい?」


「だってタマナ、ギュンターと会話をしていただけじゃない。何をどうしたの?」


 矢継ぎ早に質問をされてタマナはおどけた表情で待て待てと手振りをした。


「ナイナ、初日の夜に頼んで作って貰った紙を覚えているか?アレを使った。」


「アレって、特定のものに対して免疫反応を促すようになるあの紙?」


「それと俺の調合した薬草を組み合わせてタバコを作った。それが一緒に煙となり、特定の食物を食べた人間の体内に取り込まれると過剰な免疫反応を起こすようにした。これはナイナが魔力を込めて作ってくれた紙があったからできたことなんだが。」


「待って、でもあの煙は私もジーンも、何よりタマナも吸ってるよ。」


「だから作用する食物を絞った。ギュンターの好物で、かつ不人気なもの。あの店のメニューの中で唯一サラザンが使われている料理。それに反応するようにした。じゃなきゃあんな不味いタバコなんざ吸わねえさ。」


「だからあの時……!」


「あいつは耐毒体質だったから毒殺に頼るわけにもいかなかったし、そもそも今日あそこにあいつが店に来るのすら賭けだった。だが結果あいつはサラザンを食った、狭い室内で俺の煙をたっぷり吸ってな。そして食後少し経ってからショック症状を引き起こし死んだってわけだ。」


 そう言いながらタマナはお気に入りのタバコを吸う。


「ギュンター、あいつは何人もの罪のない人を殺し、何人もの無辜な人間を食い物にした。その罪を償ってもらった。少なくとも奴の毒牙から開放される人は沢山いる。一味に関しても頭の挿げ替えにはならねえだろうよ。頭が何でもやるワンマン体制だったからな、クソチンピラ共は散り散りになるさ。それによ、ガキたちにあんなツラさせて終われねえだろが。」


 シギズムンドとナイナは目を合わせる。

オトハは泣きそうになりながら微笑むと、タマナに抱きついた。

タマナはバツが悪そうに紅茶を啜って言う。


「また一緒にこの街に来ような。今度は楽しい思い出だけで。」

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