第11話 タマナと村
一夜経って村は何事もなかったかのようにいつも通りの朝を迎えていた。
タマナとオトハは昨日の余り物で朝食を楽しんでいる。
「何でも屋村?」
「そう、依頼内容は探し物やお買い物代行から魔物退治や人殺しまでな。ただしクソみたいな内容の仕事は請け負わない。クソってのは報酬面の話もあるが、先ずは各々の良心に悖るものではないってのが前提だ。」
「良心ってのは村全体の総意でという意味?」
「いや、各人のだ。誰か1人でも受ける者がいれば契約を進める。」
「へー、面白い村だったのね、ここ!ジーンみたいな子までやらせるのはどうかと思うけど。」
「てめぇなぁ、昨日のことがあったのにまだそんなこと言ってんのか?あいつはしっかり鍛えられているし、この村じゃこれが普通なんだよ。」
「いや、反省してますし、ジーンの強さは痛感したけれど、年齢的なアレでさ。」
「俺がいるんだから身の丈に合わない危険なことはさせねえよ。一応どんな依頼でも請け負う奴がいる場合、俺が危険度を確認するんだ。難しいと判断したら別の人間を充てがうか、断ることにしてる。」
「むー、なら良いけれど。」
「あんたはジーンの何なんだよ……。」
「うーん、お姉ちゃん?」
「ジーンが聞いたら残念がるぞ。」
タマナは食事を終えて休憩スペースでシーシャを一服くゆらせ、その隣でオトハはお茶を飲んでいる。
「もう少ししたら昨日の連中のところに行くんだが、あんたも来るか?あいつらについて沙汰する予定なんだが。」
「行ってもいいなら行く。昨日はちょっと怖かったけど、普通の旅人さんなんでしょ?」
「そうだな、切羽詰まって間違っちまった旅人だ。」
* * *
シギズムンドの家の納戸に行くと旅人が5人縛られていた。
怪我をしていた1人は昨日のうちに治療されて足も指も元どおりになっている。
「凄いのね、この世界の傷薬は。」
オトハが感心したように言うと、旅人が謝る。
「お嬢さん、昨日はすまないことをした。空腹でどうかしていたとはいえ、人質なんてしてしまって。」
「いえ、気にしていないと言うと嘘になるんですが、謝ってくださるならそれでいいんです。」
シギズムンドが後ろからひょっこりと出て来る。
「やあキミたちの今後をどうするかお話しに来たよ。」
5人に緊張が走る。
こんな村相手に騒ぎを起こしたのだから、どんな責任を取らされるかわからない。
人殺しも請け負うと言う連中のことだから、最悪殺されるかもしれない。
そう思って身を固くする。
「反省をしてくれているなら縄を解こうと思う。宿はウラジーミルの宿屋があるのでそこを使ってね、昨日の食事はサービス。今日からの宿代や食費は後々返してくれればいいよ。で、時期が来てドニウスに行けるようになったら村から商隊が出るんでそれと一緒に向かってもらう。どうかな?」
「幸い山鯨の活動が活発になってるからよ、一週間もせずに霧が出てドニウスに行けるぜ。」
「山鯨って何?イノシシの肉?」
「いや、そう言う生き物がいるのさ、山が丸々一個の巨大な生物でよ、二ヶ月に一度くらい潮を吹くんだが、そうすると数日間周辺の地域は霧に包まれちまう。」
「逆に言えばその期間だけは澱人に襲われずに街道が使えるんだよ。そうするとこの村からも王都ドニウスに行けるんだ。ラッキーだったねキミたち、何ヶ月も足止めを食らわず済みそうだよ。」
その会話を聞いて心底ホッとした旅人たちは感謝と謝罪を繰り返す。
「本当にありがとうございます。昨日あんなことをしてしまったのに、何とお礼を言ったらいいか……。」
「こいつらは本心から言ってるぜ。もう縄を解いても問題ねえだろ。」
「僕たちはお人好しなんでね。気にしなくていいさ、こちらこそ手荒にして悪かったね。ただ一応言っておくけれど、またあんなことをするようなら今度は優しくできないんでよろしくね。」
恐ろしい釘の刺し方をするのだな、とオトハは聞いていて思った。
ここの人たちはお人好しだけれど、やるときはやる凄みが感じられる。
なのでこの言葉も嘘ではないのだろう、と思うと少し背筋が寒くなった。
実際に目の当たりにした旅人たちも同じ気持ちだろうし、彼らが逆らうことはもうないだろう。
旅人の拘束は解かれ、シギズムンドの案内で宿屋に向かった。
残されたオトハとタマナは帰路に着く。
村の中を歩いていると村人が次々とタマナにお土産を持たせてくれる。
気づいたらタマナの背嚢もオトハの両手もいっぱいになってしまった。
好かれているのだな、とオトハは思った。
「すまねえな、荷物運びさせることになっちまって。」
「ううん。タマナ、人気だねえ。」
「さあな、この村ができた当時からずっといるからな。こいつらの親のその親のその親のその親までずっと見て来たから、まあ年の功ってやつじゃねえか。」
「わかってるでしょ、好かれてるって。みんながタマナを頼ってるのがよく感じられるよ。」
「俺はこんな能力でなんでも知ってるが、あんまり世話しすぎて過干渉になるのも嫌だから聞かれねえと答えないようにしてるし、村人もなるべく自分で解決しようとしてくれるけどさ、やっぱり心配は心配なんだよな。なんと言うかここの連中はみんな、俺にとっては孫みたいな感じだから。」
「ん。」
「だから好かれるのは、嫌じゃねえ。好かれてるのももちろん知ってるし、この覗きみてえな能力を煩わしく思われる場面があるのも知ってる。そう言うの引っ括めて愛おしく思ってんだ。」
300年生きるというのはどういうことなのだろう。
自分の世界に当てはめれば江戸時代の半ばからずっと生きていることになる。
近しい人が亡くなるのを見て、時代の移り変わりを見て、それと同じだけ新しい誕生と成長を見て、彼女の小さな体の中にはその時間を生きた感情が詰まっている。
オトハには到底想像ができないが、それは切なかったり、嬉しかったりの繰り返しだったろう。
「あ〜、小っ恥ずかしいしこの話は止めだ!帰ったら香料の調合をするから手伝ってくれ。」
下手な話題の逸らし方にクスリと笑ってしまう。
「わかった。やり方教えてね。」
ぶっきらぼうだけれど、お人好し、だるそうにしているけれどルスリプの村人を気にかけて愛している。
オトハはタマナのことを少しわかったような気がした。
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