第12話 山鯨の日
あれから数日経ち、村は何やら賑やかになっている。
近く山鯨が潮を吹くからだという。
その為、村中は王都ドニウスに商隊を出す準備で活気付いている。
凡そ二ヶ月に一度、不定期に山鯨から発生する霧の影響で街道が使用できるようになり、王都への道が開ける。
その間王都にはバザーが立ち、方々から集まった商品が並び大いに賑わうのだ。
同時に村の職人にとっては自分らの商品を卸す貴重なタイミングとなる。
特に王都の貴族を相手に商売をしているタマナは準備をするものが多く、毎日忙しそうにしている。
オトハももちろん手伝いに駆り出されててんてこ舞いとなっている。
「その香料の調合が終わったらタバコを包むのを手伝ってくれ。種類を間違えないようにな。」
「はーい。なんだってこんなに急いで準備しているの?」
「今までの経験から見て、俺の目算だと明後日には霧が出るんでちょっと急がなくちゃなんねえ、今作ってる分を含めてなるべく多く持って行きてえしな。まあ、俺が過去から現在までのことしか知らねえから、山鯨の潮吹きに関してギリギリにならねえとわからねえってのもあるんだけどよ。おかげで村中が大急ぎで準備ってわけだ。霧が出てから準備しても良いんだろうが、事前にわかるのならみんな初日からバザーに参加したいのさ。」
「それにしてもバザー!楽しそうな響き!私の世界にもバザーってあったんだけれど、大規模なバザーは未経験だからワクワクするよ!」
「まあ楽しいと思うぜ。手伝ってもらった分、小遣いもやるから好きなもんを買うと良い。」
「え、でもこの手伝いって住まわせてもらってる分っていうのが交換条件だし。」
「うるせえなぁ、良いんだよ細けえことは。やるっつってるんだから甘えとけ。」
「ふふ、ありがとう、甘えておくね。」
今日はこのまま商品の製作とパッケージングを並行して行い、明日は卸す商品とバザー用のものを選定し、荷馬車を借りて積み込みをする。
そして明後日は朝からドニウスに向けて出発するという予定だ。
今日の朝食を一緒に過ごしたジーンの話によると、どこの家も似たようなスケジュールで動いているようだった。
荷馬車はこの日のためにしっかり数が用意されているので、行けなくなる家はないのだそうだ。
また頼まれていた依頼などの関係で王都に向かう人もいる。
ダニイルやシギズムンドがそうで、こういうった人も商隊に加わるのである。
これに加えて先日の旅人もこの商隊と共に旅の目的地である王都に向かう。
まさに村総出の一大イベントといった趣だ。
* * *
あっという間に2日が経っていよいよ出発の日になった。
早朝、軽い地震とともに山鯨が潮を吹いた。
最初小糠雨だったものが徐々に霧雨となり、しばらくすると村は少し先の視界もないくらいの濃霧に包まれた。
「うわあ、すごい霧、これちゃんと迷わず進めるの?」
「そんな心配はしなくても良いぜ、みんな慣れてるからな。それより積み込み忘れはねえよな?向こうに5日くらい宿泊するから生活用品も持ってくんだぞ。」
「大丈夫!ちゃんとメモ書きをチェックしながら確認したから!」
「よし、じゃあ行くか!」
こうして商隊は王都ドニウスに向かって出発した。
荷馬車の狭い荷台にオトハとタマナが横並びに腰掛けていると、いつの間に現れたのか正面に男女混合の小人の楽隊が座っている。
「は?え?どなたですか?」
「こいつらは鼓笛隊だな。特定の人物に取り憑いて、たまに姿を現しては音楽を演奏するという非常に珍しい自然現象だ。俺も見るのは二度目だぜ。すげえな、オトハ、あんたに取り憑いてるみたいだ。おそらくこの世界に来てからずっと。」
「え、ちょっと怖いんだけど害はないの?」
「害どころかこいつらには意思もない。ただ現れて音楽を演奏するだけの現象なんだ。」
するとそれに呼応するかのように鼓笛隊が演奏を始めた。
霧の中を進む商隊を音楽が包み込む。
その音楽にオトハは驚いた、これは彼女の知っている曲なのだ。
こちらの世界で聞いたことがあると言うわけではない、そうではなく、明らかにこれは自分のいた世界の音楽だった。
「ああ、これってMy Morning JacketのSteam Engineだ。ギターの音はおろかボーカルまで再現してるし。というか音源そのままと言っても差し支えない。どういうこと?」
タマナはタバコに火を点けると驚きを隠さずに説明した。
「取り憑いた本人が知っている音楽を中心に演奏してくれるんだが、異世界の音まで再現するなんてな、俺も驚きだよ。」
「こっちに来てからまだそんなに経ってないけれど、懐かしくてちょっと泣いちゃった。」
そう言うとオトハは涙ぐむ目を閉じて音楽に耳を傾ける。
タマナは紫煙を燻らせながら、リズムに合わせて頭を揺らしている。
音楽とともに霧の中に進む荷馬車の群のシルエットは、どこか厳かで不思議と美しかった。
商隊の道行きは凡そ丸一日かかる。
その間、鼓笛隊はたまに思い出したように音楽を響かせてくれ、皆の気分転換に一躍買った。
そうして進んでいると、日も落ちて来た頃、前方に大きな壁と大きなアーチの影が見えて来た。
王都ドニウス、その入り口である。
シギズムンドは馬車から降りると、ルスリプ村の代表として関所に通行証を提示する。
旅人たちは別途各々で手続きし、無事全員が都に入ることができた。
王都ドニウスは王城を中心に城下町が広がり、貴族街、庶民街、貧民街でそれぞれ細かく区分けされており、人口凡そ30万人が住むと言う大都市だ。
街の端から端まで見て回るには馬を使っても2、3日では回りきれないと言うほど広い。
貴族街と庶民街の間に複数の商人ギルドが設けられており、バザーもその周辺地域で行われる。
ルスリプの村人の宿泊は庶民街の大きな宿で、霧の時期に毎回お世話になっている為、ほとんどお得意さまになっている。
鼓笛隊は街に入るといつの間にか消えていた。
街中を宿に向かって進む中、オトハは街の様子が見たくて荷台から外を眺めるが、夜の上に市内もまた霧が濃く、全然何も見えない。
「霧の中を進む感覚は得も言われぬ雰囲気で楽しかったけれど、街が見えないのは残念だなぁ。」
「まあ5日間もあるんだ、俺たちのバザー参加は2日だけだし、観光する時間はまあまああるぜ。」
宿に着くと各々念のため商品を部屋に降ろす。
タマナたちの部屋は2人用の部屋だが、とても広々としていた。
調度品も品が良く、タマナがちょっと値の張る良い部屋を取ったのがわかる。
部屋に落ち着くと長時間狭いところで座っていた疲れがどっと来るのを感じた。
「ハァ〜、疲れたぁ。身体中がバッキバキだよ。」
「筋肉を程よく伸ばしたら今日は早めに寝ておけ。明日は朝早くからギルドに寄って商品を卸してからバザーに出るからな。」
「うへー、了解。でも楽しみだなぁ、バザー。」
窓の外は足音もかき消えそうな静かな霧。
オトハはカーテンを閉めると自分の側のランプを消した。
疲労感でベッドに体が沈んでいくのを感じる。
そして睡魔に身を任せると程なく寝入るのだった。
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