第10話 ルスリプの夜

 日が落ちるとタマナたちはダニイルの食堂に集まった。


 店の中は明るい色の木製テーブルと椅子がゆったりとしたスペースを設けて50席ほど並んでおり、楽団が演奏できるような小さな一角もあった。


 キッチンはオープンキッチンになっており、店主のダニイルが料理をする様子が見られる。


 彼は長身ですらりとした体型で、切れ長の目にまっすぐな鼻筋の整った顔立ちをしており、そんなダニイルが鮮やかな包丁さばきや、巧みに中華鍋のようなものを火にかける姿は見ていて快く、村の外の女性にも人気があるのだそうだ。


 盗賊取り押さえのために集まった面々は皆、オトハの目から見れば別段戦い慣れしている雰囲気もなく普通のおじさんやおばさんのように見える。


 シギズムンドの募集の仕方に間違いがなければ彼らは手練れのはずなのだが、彼らが戦う姿が想像もつかない為、オトハは少し不安になっていた。

しかも彼女の心配もよそに、タマナもジーンも含めた誰もが、これから戦いを控えているにも関わらず、特に緊張をしている様子もなく、酒と料理に舌鼓を打ち閑談に興じている。


 オトハはそれには加わらず、自ら志願して彼らに料理やお酒を運ぶのを手伝っていた。


「すまないね、オトハさん。もし疲れたら休憩して彼らに加わってくれて構わないですよ。彼らの注文ペースも落ち着いてきていますしね。」


 とダニイルはオトハに気を使ってそう言う。

いや、実際客の数は例の10人とシギズムンド、タマナの合計12人だけなので、ダニイルと彼の奥さんの2人で十分回るのだ。

オトハの強い希望で手伝ってもらっているだけなので、彼らとしても十分働いてもらったと思っている。


「はい、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます!えへへ、ダニイルさんの美味しそうな料理を見てたらお腹が空いちゃった。」


 いそいそと宴の席に寄って行って、余っている料理を口につけると、これがとても美味しくて思わず微笑んでしまう。


 ところがタマナが皆の会話をやめるように促すと言う。


「連中が行動を開始した。俺たちも行くぞ。」


「え、私、今食べ始めたばっかりで……。そんなぁ。」


 ぞろぞろと皆が移動し始めたのを見てオトハは悲しそうに付いて行く。そんな彼女を見てダニイルは気を使ってくれる。


「オトハさん、なんだったら余ったやつ詰めて、あとでタマナの家に持って行ってあげますから……。」


 オトハが笑顔で振り返る。


「ありがとう!ダニイルさん!」


* * *


 各位が持ち場に着くと、あとは盗賊の到着を待つ仕儀となった。


 タマナの言うところでは、4人は短剣を手に、1人は長剣を下げて向かって来ていると言う。

短剣を持っている連中は殆ど素人で、2名ずつ分担しすぐに取り押さえる方針として、残り1人の長剣持ちはシギズムンドを含めた3人で取り押さえると言うことになった。


 程なくして人影が5つ、急斜面を降りて来て姿勢低く木陰に身を隠すと、暫くのちに素早く村の中に入ってくる。


 移動中5人がほどほどに離れたのを見極め、隠れていた村人が一斉に躍りかかった。

2人は為す術もなく地面に転がされ、そのまま縛りあげられる。

それを見た1人が短剣を振り回し抵抗したが、おばさんの見事な体捌きに鮮やかに無力化され縛り上げられた。


 4、5人目は村人と距離を取れる方向に逃げ始めたが別所に潜んでいた村人2人にもう1人も軽々と取り押さえられた。


 残った1人は覚悟を決めたように剣を抜き構えると、自分に向かってくる3人に対して剣を振るう。


 予想以上に速く、鋭い太刀筋にシギズムンドは慎重に立ち回らざるを得ず、もう1人の村人共々距離を詰められずにいる。


 ジーンが飛び出し、短剣で切り結ぶが、リーチ差でやはり距離を詰めかねている。

さらに相手の剣を止めるには腕力の差があり、いなすのが精一杯と言ったところだ。


 オトハはジーンと盗人の目にも止まらぬ攻防を見ていたが、殆ど何が起きているのかわからずにポカンと見ていることしかできなかった。


「このガキ、なんでこうも俺の剣を受けられる!他の村人もそうだ、動きが良すぎる、どうなってるんだこの村は!!」


 このレベルの使い手が何人も集まっているのだから、数の利で自分が取り押さえられるのは時間の問題ということを剣士は理解していた。


(このままでマズい、どうにか全員の動きを封じる術はないだろうか。)


 そう思い周囲を観察する。

よく動きよく弾く少年から集中力を削がぬように周りを見ると、明らかに立ち姿勢が素人の女が1人いる。


(あいつを人質に取れれば。)


 しかし距離が遠い。

ここは賭けに出て少年の短剣を打ち払い、女を捕まえるしかない。


 そう考えたが早いか盗人は渾身の力を込めて剣を振るう。

果たして、弾こうとしたジーンの短剣はその手を離れ、空中に放り出される。


(今だ!)

と走ろうとすると、オトハはがジーンを庇うように身を乗り出していた。


「ジーン!!!」


「こいつぁ渡りに船ッ!」


「おい馬鹿野郎!!!」


 タマナが叫んだ時には既に遅く、オトハは盗人に素早く捉えられ、剣を突きつけられていた。


「動くな!この娘の命が惜しかったら止まれ!!」


 全員がピタリと止まり緊張が走る。


「ったく、言わんこっちゃねえ。」


「これは、参ったね……。」


「そのまま全員下がれ、少しでも動いたらこの娘の首をぶった斬る。下がったら俺の仲間を解放しろ。」


「くっ、ナメないでよ、私はこう見えて剣道初段なんですからね!この状態でできることは何もないけど!」


「軽口とは、自分の状況がわかってないようだな。」


 そう言うと盗人はオトハの首に浅く傷をつける。

血が一筋流れただけだが、それだけで彼女へ恐怖心を与えるのには成功していた。


 オトハは自分の間抜けさに後悔をしていた。

実際この剣士が強いと言うこと以外はシギズムンドが予定していた通り事が運んでいた。

そして自分が飛び出さなければ、全てを台無しにするようなこんな状況にはならなかったはずなのだ。


「みんな、ごめんなさい……。」


 誰もが相手の隙を伺いつつも何もできずにいた。

がジーンだけは違った。

彼の目は怒りに燃え、殺意を全身から放っていた。


 腰からもう一本、柄の長い特殊な短剣を引き抜くと低姿勢で構えた。

握りにあるレバーを引くと柄が駆動音を発し刃が赤熱する。


「てめえ、動くんじゃあない!!」


「お前は、殺す。」


 オトハが瞬きをするとジーンが消えた。


 少年、いや人とは思えぬ俊足の踏み込み、恐ろしい速度で向かってくる。


 剣を素早く引けば女は殺せる、だがこの速度では女を殺している間に少年の短剣が盗人に届くだろう。


(身を守る為には女を殺している余裕はない、あいつの一太刀を受け流し、今一度警告をする。)


 そう考えたが相手は猪突猛進と言わんばかりに真っ直ぐに向かってくる。


(いや、あの前傾姿勢からちょこまかと動くのは不可能だろう、いくら速いとはいえ軌道が分かれば一刀両断するのは難くない。)


 剣士は考え直しジーンを迎え討つ決心をした。


「そこだ!!」


 剣を斜めに振り抜くが手ごたえはなく、地面に剣が突き立っている。

ジーンは剣の一歩手前で停止し、短剣を逆手に右手を振り上げている。


「バカな、あの速度で急停止?いやそうではない、剣が、突き立っている?俺が握りを甘くしたはずは。」


 ハッとなり右手を見ると親指を残し全ての指が切り落とされている。


「剣を振ったあの一瞬で指を落としただと?」


 盗人は少年の神業のような斬撃に驚愕する。

傷口は焼けたようになっており血が流れていない、こう言った傷は傷薬で回復するには時間がかかる。


「うおおおおあああ!!俺のゆ」


 相手が叫ぶ間も与えずジーンは剣を左手に取ると、そのまま全身を左回転させ相手との距離を詰める。

そしてその回転の勢いのままに体重を乗せて、剣を両足を貫通させる形で突き刺した。


「び!?」


 盗人はバランスを崩し膝をつく。


 オトハは前方に突き出される格好になったが、ジーンはそれを受け止め、ふわりと地面に下ろす。

彼はすぐさま跳躍し、盗人の胸にのしかかり押し倒した。


「死ね。」


 短剣を喉に突き立てようとした瞬間、シギズムンドがジーンの右腕を掴んで止める。


「待て待て待て待て!ダメだよ殺しちゃ!!」


 喉ギリギリで突き立てられた刃の熱で皮膚が焼ける匂いがする。


「熱い熱い!降参するから許してくれぇ!!」

「チッ!」


 ジーンは盗人から降りると短剣を手の中でくるくると回転させ鞘に納める。


「いい子だ。さあ、縛り上げるぞ、みんな手伝って。」


 最後の1人を縄で縛るとシギズムンドはふうと一息をついた。


「キミたちは今夜納戸に拘束させてもらうけれど、傷は直してあげるし食事もあげるから冷静になってちょうだいね。明日ゆっくり話をしようじゃない。」


 旅人が1人口を開く。


「ありがたいが、あんたら一体何者なんだ。只者じゃあないようだが……。」


「ルスリプ村って知ってる?この村の名前なんだけど。」


「ルスリプ?ま、まさか、村全体で何でも屋を請け負っていて、村人全員老若男女例外なく凄腕の戦士って噂のあの……?」


 シギズムンドはニコリと笑った。

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