第2話 インソムニア
「いや、だからさ~、音葉ちゃんならショーのDJを任せられると思ったんだよね~。」
「は?いや、え、何で?」
話題が空気を読まないすごい勢いで捻じ曲げられてキョトンとしている私を尻目に信輝くんは話を続ける。
「音葉ってさ~、結構自分が空気読んでるの気付いてる?でさ、耳もスゲーいいんだよ、音楽の審美眼がスゴい。んでんで、随分前にくれた、"私がこの映画に音楽をつけたらこうなるコンピレーション"あるじゃん?」
「ちょっと待って、そのコンピは今となるとかなり恥ずかしい話だからマジでやめて欲しい。」
「そういうシチュエーションに音楽付けるみたいなのめちゃくちゃ上手くてさ~、今回のショーでデザインしてる奴らは音楽疎いやつとかも多いから、是非助けてもらいたいんだよね!」
「おい、いいからさっきの恥ずかしいコンピレーションの話、もう二度と人前でするんじゃねえぞ。作ってるときはとびきりロマンチックな気分になってるのが余計に痛々しい!若気の至りなの!わかって!赦して!」
あまりの恥ずかしさにテーブルに突っ伏していると頭の上から追い打ちが来る。
「俺はスゲーいいと思ったけどな~。まあ兎に角さ、よかったら協力してくれないかな?」
私はちょっと泣き顔になりながら返答した。
「……やる。」
信輝くんはニカッといい笑顔をしてサムズアップをしている。
私は彼のこういう空気を読まないところに凄く救われている気がする。
いや、ここのメンバー全員がそうなのかもしれない。
私達が仲違いをしたり気まずい時間が長く続かないのは彼のおかげなのかも。
「私は嬉しいな、音葉と一緒に何かをするって本当文化祭以来なんじゃないかな!?すごく楽しみになって来たよ!」
真緒、いい女だ。
彼女の笑顔を見ると私も嬉しい。
抱きしめたい。
「なんかこうなってくると僕も一枚噛みたくなってくるなぁ。ささやかだけどいくつか知り合いのWEBメディアでイベントの紹介を頼んでみるよ、多分真緒ちゃんがいい感じのフックになると思うし掲載率は悪くないと思うよ。」
「うおー!!テンション上がってきたぜ!!!スッゲー楽しみになってきた!俺も頑張って製図しまくるぞ~!!!!」
こうして私は信輝くんのファッションショーでDJをすることになった。
DJなんて大学のサークル主催のショボいイベントでやった以来だ。
そもそも知識もなければ機材もない、家にあるノートPC一台でなんとかするしかないけれど、頑張るぞ。
「信輝くん!ショーの順番とそれぞれのデザイナーさんのコンセプトや作品のスケッチ、実物の写真とかあったら纏めてメールで送っておいてね!私は結構やる気になっている!人サマの映画に勝手にBGM付けるクソ痛女の本領を見せてあげよう!」
ライブには行けないし、両親には気を使ってるけれど、やはり仲間を集まってお酒を飲むのは楽しい。
そして、それ以上にそんな仲間たちと何か一つの成功を目指すのはもっと楽しい。
私はこの時間に救われていると思う。
こういう仲間との関係に救われていると思う。
自主性もなく平凡でつまらない私の手を無理矢理にでも引いてくれる友達がいてくれてよかった。
* * *
夜も更けて終電で帰る。
凍えるような冬の空に月が明るくて、一人で帰路を取る寂しさがじわりとわいてくる。
誰もいない車両。
イヤホンには自分が中学生くらいの頃の古い音楽、Insomnia、不眠の私にピッタリのチョイスで笑ってしまう。
リバース再生のギターノイズと細かいビート、囁くようなボーカル。
椅子暖房の暖かさが太腿を伝うと、私は心地よい疲れを全身に感じてうとうとする。
眠れない日々の、こうした瞬間が一番安らげる。
「乗り過ごしちゃマズい。」
目を閉じて、眠りと覚醒の隙間を低空飛行する。
するとふと風が吹いた。
窓が開いているにしては春の風のような暖かさだ。
肌の近くを何か小さなものが横切っているような気配がする。
訝しんで重い瞼を開けると、眩しい陽の光に青々とした草原。
そして車体を花びらと散らし、今にもなくなってしまいそうな電車。
花びらは私の頬を触れて飛んでいってしまう。
既に電車はほぼ停止しており、風だけが柔らかく吹いている。
座席はまるで何年もそうであったかのように木々の蔦が絡まって朽ちている。
「え、ちょっと待って何これ、私死んだ?私の最寄り駅付近とは似つかないこの牧歌的な風景は天国的なアレ?」
目を擦って頬を抓ってみる。
痛い。
いやでも、夢かもしれない。
抓った意味が完全になくなるけど、痛みを感じる系の夢かもしれないし、ここはもうちょっと楽観的にいこうじゃないか。
レム睡眠最高。
金のかからない最高のエンタテインメント。
こんな奇抜な夢を見るなら私もサン=ドニ侯爵にならって夢日記でもつけようかしら。
「ともかくまだ自分の足で立って歩けるってことは死んではいなさそう。家に帰る道はわからないけれど……。」
不思議と焦りやパニックはなかった。
不安ではあるけれど、一人旅行みたいなものだと思えば肝も据わった。
さっきの電車の散華が目に焼き付いている、あれはとても美しいシーンだった。
ああいうものがまだ見られるならば私はここに興味がある。
そんなふうに考えられるのは、まだ頭にアルコールが残っているからなのかもしれない。
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