F.Y.D. 〜崩壊する世界でなんでも屋を始めました〜

柚木呂高

第0章

第1話 半年前兄が死んだ

 私が最初で最後に自主性を発揮したのは恐らく高校に入って一人暮らしを親に承諾させたときだ。


 あのときは本当に頑張った。


 親と腹を割って話し合い、説得し、それに見合う努力をした。

私は見事自分の部屋を借りることができたし、親になるべく頼らずバイトをしながら高校に通った。


 でも何がやりたかったわけではない。

私はなりたいものがなかったから。


 漠然と可能性がたくさんあると思っていた。

真面目に勉強さえしていれば可能性が広がり、そこからなりたいものが選べると思っていた。


 で、そのあとはどうか?

文系の大学に進み、特に何もなく目についた会社に就職。

結局、やりたかったことは見つからず、一つのピリオドを迎えた。


 そして私の唯一の自主性である一人暮らしも、半年前の兄の死によって終わった。


 じっとりと湿り気のある6月、ほぼ勘当状態だった兄は安アパートの一室、一人で死んだ。

原因は自殺だった。

いや、自殺をできる度胸があるようには私は思えないのだけれど、状況的に見て自殺だろうということだった。


 それでショックを受けた両親は心配して私を実家に呼び戻した。

私もそんなことをするんじゃないか、という恐怖を抱いたのだろう。

私もその気持ちがわからないでもないので、親を安心させるため素直に従った。


 こうして私の最初で最後の自主性は終わりを告げたのである。


「音葉さ~ん、今日飲み行かない?ちょっと相談乗って欲しくてさ~。彼氏と喧嘩すると基本的にフリースタイルでやりあうことになるんだけど、彼ったら話の趣旨無視して私のライムをdisってきたりして話を逸らすんだよ!だから相手に有無を言わせないよう、フリースタイルの練習に付き合ってほしいなって。」


 定時になると先輩の新村さんがモニタ越しの席から頭だけを出して誘ってきた。


「ごめんなさい今日は残業だし、そのあと友人との先約があるんです。っていうかフリースタイルで喧嘩って何!完全にツッコミ待ちのネタでしょ!?飲み屋でラップし合うのも間違いなく奇異の目で見られるから絶対嫌ですよ!」


「なんでよ~、いけず、ラップバトルしようよ~!」


「はいはい、仕事の邪魔なんでその話は今度しましょう。」


 新村さんはブーブーいいながらそサクッと退社をして行った。


 一方私は感情をライムにぶつけるような自主性もぶつける言葉が浮かぶでもなく、ただ残業をこなした。


* * *


 飲み会の会場である居酒屋に入ると、すぐに右のテーブル席に3人が集まっているのが見えた。

今日集まるのは大学時代からの仲良し4人。

とは言っても学校が同じだったわけではない。


「遅かったじゃん~!社畜~!」


 と憎まれ口で迎えてくれたのは、ファッションデザイナーを目指してる信輝くん。一つ年下。

いつかのFUJI ROCKのレッドマーキーで多分SBTRKTか何かで踊っているときに「うんこをしたいけれどトイレまでは我慢できないのでティッシュを恵んでください」と叫んでいたところを救ってあげたのが最初の出会い。


 見た目はイケメンなおしゃれさんなのに本当に残念だ。


「やあ、お疲れさま。一足先に始めちゃってたよ。こっちに荷物を置く場所あるよ、貸してごらん。」


 灘さんは一回り年上のお兄さんで、いくつかの会社を経営している。

合宿免許の教習所で知りあった人で、音楽の趣味が近くて仲良くなった。

わざわざ合宿免許の暇つぶしに小難しそうな人文学の本を読んでいたのが凄くスノッブな印象を受けたものだ。


「いつものハイボールで良かった?音葉が店の前通るの見えたから頼んじゃった。」


「ありがとう、真緒、それがベスト!」


 真緒は高校生の頃からの親友で、一人暮らしの私の家によく泊まりに来てくれた。

感性の一番やわらかい時期、一緒にレコードを掘ったり、面白い本を交換したりと、共に趣味嗜好を育てた仲だ。


 高校の帰り道、古書店に寄って安くて古い本を買ったり、何故か学割の効く中古CDショップで二人で一生懸命ジャケットを見ながらダウンロードするよりも安く買える当たりCDやレコードを探した。

その後は100円ショップでポップコーンとジュースを買って、神社でポータブルCDプレイヤーを使って二人の戦利品を検分するのだ。


 あの日々は最高に楽しかったな。


「よーし、じゃあメンツは揃ったし改めて……」


「カンパーイ!!」


 そう言うとグラスが空中で軽やかにぶつかり合う。

集まること自体が2ヶ月ぶりで4人共が少なからず浮かれているように見える。

残業で疲れたあとだけれど、参加した甲斐があるというものだ。


「で、みんなは最近どうなの?」


 と我ながら面白味のない質問をみんなに投げてしまった。


「私は相変わらず本屋さんのバイトをしながら次のアルバムにむけて曲を書いてるわ。この前新しいのを一曲だけSoundCloudにアップしたから聴いてみてね!」


 真緒は大学を卒業してから、というか在学中から音楽を作っている。

今では国内外大小のインディーレーベルからいくつかの作品を出す程度になった。

継続には結果がついてくるというのを感じさせる身近な人だ。


「真緒ちゃんの曲いいよね~、俺ももう新曲聴かせてもらったけれど、マジでいい意味で意味わかんなかったよ~。あんな綺麗な音なのに、グリッチでぐちゃぐちゃにしちゃうんだもんな、空間歪んだよ~。」


「僕、真緒ちゃんの曲をまだまともに聴いていないんだよね、今度タワーレコードで買ってみるよ!」


「ありがとう!でも言ってくれればサンプルあげるのに……。」


「いいよいいよ、こういうのは買って本人へ還元しないとね。」


 そう言いながら灘さんはみんなの飲み終わったグラスをテーブルの端に集めながら、次の注文を取ってくれた。

こういう気配りをしてくれるのがこの人らしい。


「そうそう、真緒ちゃんの曲と言えば、今度俺ファッションショーやるんだけどさ、そのときに真緒ちゃんライブできない?すっげえイメージとぴったりだからさ~、是非お願いしたいと思って。」


「楽しそう!日付にもよるけど、なるべく合わせるわ。」


「ショーってすごいね、どこでやるの?」


 また私はつまらない質問をしている。


「青山のクラブだよ~。と言っても俺みたいなやつと一緒に金出し合ってやる合同のショーだけどね~。学生生活もあと少しで終わりだれけど、なるべく多くこういう経験をしておきたいんだ。学校の仲間はやっぱりお針子とかパタンナーを目指してる人が多いけれど、俺はインディペンデントでもいいからデザイナーをやってみたいんだ~。そのためには色んな人と知り合ったり、一緒にものを作ったりしたくてさ~。」


「僕もそういう経験は大事だと思うよ。そしていっぱい遊ぶこと。遊んで色んな人と出会ってアイディアを膨らませたり、実現できる機会を増やしたりするのが成功の秘訣だと思うな。」


「灘さんが言うと説得力がありますね……。そういう灘さんは最近どうしてるんですか?」


「や、特に面白いことは何もしてないよ。台湾の3Dデザイナーの学生達を中心にした派遣会社を立ち上げて、日本のモバイルゲーム会社との仲介しているとか。面白くないでしょ、こんな話。」


「いや、はあ、相変わらずなんですね……。」


 そしてこんな質問したら最後に回ってくるのは一番面白くない私だと言うのを忘れていた。


「私はどこにでもいる平々凡々の方々の生活の上澄みを平均化したようなくらい、本当に何もない日々を送っているので、会社の雑務で残業していることしか語ることがない。しかも学生時代の唯一の楽しみだったライブも、外タレバンドは多くの場合平日の夕方7時から10時とかのタイムスケジュールで開催されるから、毎日残業のある私には参加不可能でストレスのはけ口もない。音楽業界は仕事していないか超ホワイト企業勤めしかターゲットにしてないのか。そんなんだから洋楽ファンが減るんだばかやろう。その上両親は最近ちょっと遅く帰るだけであーだこーだと言うようになって、さらには……」


「待った待った!」


 と灘さんがなだめてきて初めて自分が声に出して言っていることに気がついた。


「音葉、スッゲー鬱憤溜まってんじゃん!飲め飲め!」


「信輝くん、私はすっごい鬱憤が溜まっててイライラしています!信輝くんがそのアツアツ激辛チョリソーを尻から食うところを見せてくれないと治まりそうにない!」


「コラコラ、食べ物を粗末にしちゃダメだよ。」


「信輝くんそんな芸持ってたの?私そんなの見たら吐いちゃうかも。」


「そんな芸やったことねえよ!?」


 笑いがおさまると真緒はちょっと慎重な面持ちになりながら切り出した。


「やっぱりお兄さんの件、引きずってる?」


 みんなの雰囲気がピリっとした。

私に気を使ってくれている気配がする。

兄が死んでからの約半年間、この話題になるたびに感じている気配だ。


「どうかなぁ、何度も言うけれど兄とは殆ど口もきかないくらい関係が薄かったから、正直自分でも拍子抜けするくらい気にしてないと思うんだ。」


 すると真緒は私の頬に手を当てて顔を覗き込んできた。


「メイクで隠してるけど、目の隈ひどいよ。全然眠れていないでしょう。忙しいのもあるかもしれないけれど、不眠みたいなの続いているんじゃないの。」


 それは図星だった。

私は鬱憤の晴らし場所を失って、夜遅く帰ると心配する親の顔色を伺って、気づいたら親の状態に引きづられるように自分もうつ病になっていた。

お医者さんに相談してお薬も貰っているけれど、眠っていられる時間はどんどん減っていった。

こういう一連の心労を換言すれば確かに兄の死のせいと言えなくはなかったけれど、やはり直接の原因ではなかった。

そしてそういう自分の冷たさを責める気持ちがどこかにあるのかもしれない。


 私は真緒の手をそっと払う。


「最近ちょっと眠れてないのは本当。さすが真緒、よくわかったね。でも兄の件は関係ない、オッケー?」


 空気が重い。

私のせいだ。

気を使わせている。

そういう気配を感じる。

責任を感じる。

その場を和ませる言葉が浮かばない。

わからない。


「あ、じゃーさ、音葉ちゃんさ、ファッションショーでDJやってくんね?」

「は?」

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