五章 未来から来たテロリスト
第二十五話
何も見つからないまま、ただ時間だけが流れていく。ネットの噂ではそろそろ本格的に街の規制が始まるらしい。交通機関も止まって立ち退く以外になくなるという。
宇津野くんは徐々に痩せてきた。このままずっと目が覚めなかったらと思うと、怖くて仕方なくなる。早く何か思い出さないといけないのに、焦れば焦るほど何も出てこない。
「宇津野くんはどう? まだ目が覚めない?」
栗城さんが小屋に入って聞いてきた。引っ越しや転校の準備で忙しいのに、一日一回は時間を作って小屋まで来てくれる。
「うん、まだ起きない」
「そっかぁ。未来人の当てもまだ何も?」
「うん、それも全然」
「私もこのまま引っ越したくはないんだけどね。中々見つからないね」
栗城さんが引っ越すまで、あと一週間もない。
「もしかしたら、もうこの街にはいないのかな。ねぇ、その未来人を見つけないで、あの装置ってやつを消すことはできないの?」
「できなくはないらしいけど、危ないって。装置を消してる途中で邪魔されるかもしれないし、そもそもこの時代に未来人を残したままだと、過去が変わるかもしれないから」
「そっかぁ。じゃあ、やっぱり探すしかないね」
そう、探すしかない。でもこれ以上どうすればいいんだろう。
何も手掛かりが見つけられないまま夜になり、家に帰る。お婆ちゃんが夜ごはんを作ってくれていた。一緒に食べて、片づけをしてから部屋に戻ろうとすると、お婆ちゃんに引き留められた。
「あんた、まだあの山に行ってるんだろ」
怒っているというより呆れているというような声だった。
「うん、行ってるよ」
私はお婆ちゃんがなんでそんなに夢ノ見山が嫌いなのか知りたくなった。
「お婆ちゃんはなんでそんなにあの山を気にするの?」
「あの山は不吉だよ。近寄らん方がいい」
「お母さんのこと? でもそれは関係ないでしょ。私があそこでケガしたのも、お母さんが亡くなったのも、そんな風に考えるのは違うと思う」
「じゃあ、あんたはお母さんが何で死んだ思てんの?」
「事故だよ。私のケガもお母さんも、事故なんだよ」
「そんなことない! あの子はそんな子じゃない。全部祟りや。あんたも悪いこと言わんからあんな山もう近づくな」
お婆ちゃんはそのまま居間を出て行ってしまった。私は仕方なく部屋に戻る。
お婆ちゃんは本当に祟りだと思っているのかな。ただ、何かの理由が欲しいだけなんじゃないかな。昔の私みたいに逃げているだけなのかも。そんなことをぼんやり考えては掻き消して、眠った。
朝起きると、久しぶりに蒸し暑さがマシになっていたので、夢ノ見山に向かう前に、海沿いの道を歩いた。祠の洞窟の近く、お母さんが最後に目撃された辺りだ。
規制が厳しくて砂浜には入れなかったけど、砂浜の向こうを見ると壁が前より遠く感じた。こんなに海がなくなって、本当に元に戻せるのだろうか。
ゆっくりと歩いてから夢ノ見山に向かう。その途中でスーパーイバタの前を通ると、ベンチに栗城さんが座っていた。
「こんなとこで何してるの?」
「あぁ、西堂さん。私も何か手伝えないかと思って、イバタさんに最近変な人見なかったかとか、昔からいたのにあんま思い出せない人いないかとか聞いてた」
「それで、どうだったの?」
「だめ。そんな人に心当たりないって。なんかこの街からみんな出て行って寂しいみたな話しだすし、コーラだけ買って出てきた」
栗城さんがコーラの缶を開けるとプシュっという音が漏れた。そしてすぐに飲み始める。
「もうこの街から出てって、どこかに隠れてるんじゃないの」
冗談っぽく栗城さんが言う
「それはそれでちょっと怖いな。誰にもバレずに未来人がそこら辺歩いてるなんて」
私も冗談っぽく返した。
「砂浜も入れなくなっちゃったし、この街どうなっちゃうんだろうね。てかこの街だけじゃないよ、この世界どうなっちゃうんだろう」
今度は少し真面目なトーンになった。
「礼深のとこもやばいらしいよ。もう、電車も全部止まっちゃうかもしれないって言ってた。海がなくなって漁なんてできるわけないし、みんな出ていくしかなくなる。誰もいなくなりそう」
最後には隠しきれず、不安の色がハッキリと表れた声音になっていた。
「大丈夫だよ、きっと見つかる。そんで空木が海を取り戻してくれる」
そして、二人で夢ノ見山に向かった。祠の所で街並みを見下ろす。きっと大丈夫。
「あ、そうだ」
栗城さんが急に私の顔を見つめてくる。
「この前、海沿いの道を歩いてた時なんだけど、あの人がいた」
「あの人?」
「なんだっけ。ド忘れしちゃった。前に礼深と漁業組合に行った時にいた人。カメラの映像見せてくれた……。そうだ、思い出した。茂木田さん」
その名前を聞いて記憶が一気によみがえってくる。そうだ、なんで忘れていたんだろう。これが未来人の力なのだろうか。
私たちはすぐに空木を呼んで、茂木田さんについて話した。
「わかった。ずっと忘れていたんなら、多分そいつで間違いないだろう」
空木は落ち着いてそう言った。
「これからどうする? 会いに行く?」
「あぁ、もう時間がないからすぐに行って確かめる」
確かめるという言葉に少し暴力的な空気を感じた。あのライトを使うはずだ。
「ちょっと! みんなニュース見て!」
小屋の中から吾妻さんが叫びながら飛び出してきた。
「なに? なにがあったの?」
「政府が今から規制強化するって! この辺りの海沿いの街は全部、交通機関が止められて検問も始まる。誰も入れなくなるって!」
そんな、それじゃどうやって北の街まで行けばいいの。せっかく未来人を見つけたのに。もう間に合わない。
「空木、どうするの?」
私が言うのとほぼ同時に空木は走っていく。
「待って! どこ行くの? 電車はもう使えないよ!」
私は空木のシャツを掴んで引き留める。
「バイクで行く。大丈夫だ間に合う。だから放してくれ」
「私も行く」
自然と口から出た言葉だった。空木は絶対にダメだと言うと思ったけど、私の目を見ると何も言わなかった。
「飛ばすから振り落とされるなよ」
ヘルメットを渡しながら言うと、爆音を立ててエンジンをかけた。
バイクにまたがり、空木のお腹に手を回す。いつか自転車でした時と同じような心地好さを感じて、こんな時なのに安心してしまう。やっぱり空木は空木だ。たとえ人工人間だとしても、私にとっては大好きな人間だ。
空木は本当に飛ばした。検問を避けて、細い抜け道をとにかく急ぐ。ぶつかるんじゃないかと思う瞬間が何度もあり、信号で止まった時に私は聞いてみた。
「ねぇ、空木ほんとに免許持ってんの?」
「当たり前だろ。去年、十六になった時にすぐ取った。安全運転で行くから安心しろ」
「どこが安全なの? さっきからぶつかりそうじゃん」
「でもぶつかってないだろ。ギリギリぶつけないのが上手さなんだよ」
「そんなの屁理屈じゃん」
信号が変わってすぐ加速して、私の声はエンジン音にかき消されてしまう。
昼前に出発したけど、着くのは何時ごろになるんだろう。電車でも結構かかるから、検問を避けながらのバイクだと、夜になってしまうかもしれない。
一度大通りに出ると更に加速する。私は手をきつく結んだ。自転車の時ほど緩やかじゃないからニオイも声も何も感じないけど、それでも空木の背中に顔を付けると、とても暖かくて心臓がドクドクと弾む。
数えきれないほど道を曲がって信号で止まって、何度か休憩をしていると、いつの間にか空は赤く染まり始めていた。北の街は壁の近くだからか、近くなると検問が増えてきた。ここからは大通り避けて細い道を通る。自然とスピードも落ちていき、どんどん日が傾いてくる。
「検問に見つかったらどうなっちゃうのかな……」
ふと言ってみたけど、空木には聞こえなかったみたいだった。
ついにバイクを降りて徒歩で行くことになった。大型のショッピングモールの周りでは、警察や消防の人がたくさん見張りをしていた。空木と二人で物影に隠れながら漁業組合の建物を目指す。
「建物まで行ったらどうするの? 出てくるの待つ?」
静かに、だけど早足で歩きながら、私は聞いた。
「そんな時間はもうない。中に居るのが分かればすぐにでも入り込む」
徐々にピリピリとした空気が張り詰める。本当にこれから未来人に会いに行くんだ。しかも。ただの未来人じゃない。未来のテロリスト。改めてそのことを意識すると、今頃になって恐怖心がふつふつとわいてくる。
何度も手の汗を拭いてるのに、すぐにまた汗でべたべたしてくる。
「見えてきた。あれが漁業組合の建物だな」
空木の見つめる先には、薄汚れた二階建ての建物が立っている。前に来た時に見たよりも、心なしか大きく見えた。
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