第二十四話


 朝早くから空木に電話をかけた。

「空木、昨日どうだった? 未来人見つかった?」

「いや、まだだ。昨日のは全部違った。今日はまた別のところを当たってみる」

「私も考えたんだけど、やっぱり古沼くんの動画が怪しいと思う」

「でも古沼は違う。間違いなくこの時代の人間だ」

「うん、だから古沼くんじゃなくて、あの動画についてなの。古沼くんは自分で撮ったって言っているらしいんだけど、もしかしたら誰か別の人が撮ったんじゃないかな?」

「それを古沼が自分で撮ったって言いふらしたってことか?」

「わざとかは分からないけど、例えばその未来人が古沼くんのスマホに動画を入れておいたとか?」

「……まぁ、あり得なくもないか」

「でしょ? だからこれから二人で古沼くんに話を聞きに行かない?」

 一緒に行くのは嫌がられるのは分かっているけど、聞いてみた。

「なんでまた西堂が来るんだよ。俺一人で行くから」

「でも、まずは古沼くんと普通に話をするんでしょ? なら一緒でもいいじゃん。未来人が見つかったらちゃんと隠れているから。お願い」

 ため息が聞こえてきた気がした。

「分かった。俺は先に行ってるから、古沼のマンションの前で待ち合わせで」

「分かった。私も支度してすぐ行く」

 通話を切るとすぐに着替えて支度をした。


「おまたせ」

 かなり急いだのに、マンションの前にはもう空木がいた。

「古沼が出てきたら話しかけて動画のことを聞く。それでいいな」

「うん。相手は普通の人間なんだから強引にとかはやめてよ」

 最近の空木はちょっと切羽詰まった感じで心配だから、一応釘をさしておく。

「別に俺はそんな暴力的なわけじゃない。この前はただ、本当に古沼が歴史改変主義者だったら危険だからやっただけだ」

「ならいいけど」

 もちろん、本当に空木が暴力をふるうとは思っていない。空木が優しいことは知ってい。だけど、未来から来たとか人工人間なんて話を聞くと、どうしても心の奥には恐怖が芽生えてくる。空木はいざとなったら何をするんだろう。


「出てきた」

 空木の声で視線を上げると、マンションの前を古沼くんが歩いていた。すぐに空木が走り出す。

「古沼だよな?」

 古沼くんは、いきなり話かけられて驚いたように振り返った。

「え? 誰だっけ?」

「空木だよ。宇津野の友達なんだけど」

「あぁ、宇津野くんの友達か」

「ちょっと聞きたいことあるんだけど、今いいか?」

 空木は古沼くんの前に立ちふさがるように回り込む。

「ん~、何の用? 急いでるから早くしてほしいんだけど」

「わるい、すぐ済むから」

 そう言うと、空木はスマホを取り出して古沼くんに見せた。

「この動画なんだけど、宇津野が言うには古沼が自分で撮ったってことだけど、本当か?」

 古沼くんは顔を少し斜めにしてスマホの画面を凝視している。


「あぁ。宇津野くんにはそう言ったかな。でもあれは僕が撮ったわけじゃないよ。バイト先の先輩に貰ったんだ」

 あまりにもあっさりと認めるのでこっちが面食らってしまった。

「そのバイト先の先輩って誰だか教えてもらっていいかな?」

「いや~、それはちょっと……。ごめん、僕ちょっと急ぐから」

 古沼くんは慌てた様子で空木の横をすり抜けていく。でもここで引き下がるわけにはいかない。私は古沼くんの前に立って、懇願する。

「お願い! 古沼くんから聞いたってことは言わないから、教えてもらえないかな?  あの動画にすごく興味あって、どうしても知りたいんだ」

 私が頭を下げると、空木も横に来て、頼む。と言った。


「……分かったよ。その代わり、絶対に僕から聞いたって言わないでね」

 そして、ちょっと日陰になっている所に移動すると、古沼くんは話し始めた。

「あの動画は、僕がバイトしている熱帯魚店の、サカイさんに見せてもらったんだ。確か大学院生とか言ってたかな。あぁ、でもサカイさんも直接撮ったわけじゃないって言ってた気がするな」

「その熱帯魚店ってどこにあるの?」

「ここから二駅先の駅だよ。駅前に本屋があって、その脇道をずっと歩いた突き当りの左のとこにある。まぁ、看板出てるからすぐ見つかるよ」

 スマホでメモを取って、地図を確認する。

「じゃあ僕は急ぐから、あとはサカイさんに聞いて。今日シフト入ってるから行けばいるはずだよ。くれぐれも僕のことは秘密で」

 私がお礼を言うよりも早く、そそくさと歩いて行ってしまった。

「変なやつだな古沼って」

 空木がボソッと言った。


 電車で二駅先に行くと、駅前の本屋の横にある脇道を歩いて行く。言われた通りに進むと、そこには小さなネオンで装飾された看板があった。

 横を見ると空木はもう店内に入ろうとしている。私はギリギリのところでそれを止めた。まさか営業中に堂々と入ってあのライトを使うつもりなのだろうか。

「待ってよ! どうするつもりなの? 他の人もいるかもしれないのに、あんなライト使ったら危なくない?」

 空木は眉毛をぴくっと動かして、呆れたように話す。

「そんなことするわけないだろ、話を聞くだけだよ。そのサカイって人は多分この時代の人間だよ」

「え? でも古沼くんの時はあんなに疑ってたじゃん」

「あれは西堂がすぐに思い出せなかったからな」

 どういう意味だかさっぱり分からないでいると、空木は店から少し離れて場所に移動してから話を続けた。


「未来から来た人間については忘れやすいんだ。それは俺が人工人間だからとかじゃなくて、人間でも全部そうなっている。詳しいことは俺の時代でも分かってないけど、おそらく時空を乱す過干渉を防ぐために、自然にそうなっていくらしい」

 タイムマシンとか時空の歪みとか、全部科学の力だけで作られているのかと思っていた。だけど、そこにまだ自然の力が関わっているんだ。そんなことを思って、なぜだかちょっと嬉しかった。

「古沼は西堂と違ってすぐにサカイのことを思い出したから、おそらくサカイは違う。だから普通にあの動画について聞くだけだよ」

 そして、お店の中に入った。


 店内は壁際に大きな水槽が幾つか並んでいて、その中では色鮮やかな魚がいっぱい泳いでいた。水槽の下には魚の名前と値段が書いてある。思っていたよりもずっと高価なものだらけで驚いた。

 様々な魚に目を奪われながら通路を進んでいくと、レジの後ろに一人の男が立っていた。胸の名札にはサカイと書いてある。

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 レジの前までいって空木が話しかけた。

「はい、なんでしょうか」

「この動画ってあなたが撮ったものですか?」

 空木はポケットからスマホを出して画面を見せる。サカイさんは、てっきり魚のことを聞かれると思っていたのか、ぽかんとした顔で画面を見つめていた。でも途中で気付いたのか、あぁ、と小さく呟いて視線を上げた。


「君たち、もしかして古沼くんに聞いたの?」

 沈黙する。秘密でと言われていたので、どう答えるべきなのか悩んでしまう。

「古沼くんに内緒でって頼まれたのか?」

 まるで心を覗かれているみたいで、空木は違うと言っていたけど本当はこの人が未来人なんじゃないかと思った。

「まぁ元々古沼くんには無理だと思ってたからね。確かにその動画を古沼くんにあげたのは俺だよ。でも撮影はしてない」

「じゃあどうやって?」

 空木が即座に聞き返す。

「俺も貰ったんだよ。常連のお客さんにこういう動画、なんて言うのかな、オカルトっぽいやつ? が好きな人がいて。ネット漁ってたら、この辺りで撮られた動画が見つかったって言ってて、それでちょっと気になってね」

「ネットでですか」

 空木の声は明らかに落胆していた。ネットじゃこれ以上は調べられない。

「うん、そう言ってたよ」

 そこでサカイさんは辺りを見回した。レジから少し乗り出すと、内緒話でもするようなトーンで話し出した。


「てかこの話古沼にもしたんだけど、そしたらじゃあ僕が調べてみますって言うから動画送ったんだよ。でもあいつ絶対そんな真面目じゃないだろ。オカルトとか好きっぽいけど、なんていうか浅いんだよね。あいつ」

 正直、私も古沼くんにいい印象は持ってないけど、同意していいものかどうか困ってしまう。

「だからどうせ学校とかでこういうの詳しい人とかに、自分が撮った動画だって見せびらかしたり、調べてもらったりするのかなって思ってたんだよ。そしたら君たちがこの動画見せてきたから、もしかしてって」

 古沼くんが分かりやすい人間なのか、サカイさんが人の心を読むのが上手いのかは分からないけど、ほとんど当たっていた。

「まぁでも、君たちもあんまり本気にしない方がいいよ。今はこういう動画って簡単に作れるからさ」

 他のお客さんがレジに来たので、そこで話は終わった。私たちは仕方なく店を出た。太陽はまだ高くて、朝よりもかなり気温が上昇していた。

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