四章 未来からの贈り物
第十八話
どういうこと。未来から来たって。言いたいことはいっぱいあるはずなのに、一つも言葉にならない。
「俺、未来から来たんだ」
空木が今度はこっちを向いてから言う。ほんの数分前に見た顔と同じはずなのに違って見えるのは、ここが洞窟だからだろうか。
「どういうことなの? 空木はずっとここにいたじゃん。私が小さいころからずっとこの街に住んでて、それで、それで……。なんでそんなこと言うの……」
すがるように見つめても空木の表情は変わらない。どこにも嘘のない顔を茫然と眺めていると、涙が出てきた。
「なんで、なんで今そんなこと言うの……。もし本当だとしても今関係ないじゃん。これからもずっとここにいるんでしょ。ならどこから来たとかどうでもいいじゃん」
返ってくる答えは予想できていた。
「海を取り戻して、この世界を元に戻して、俺は未来に帰る」
聞きたくなかった。知らないままでいたかったのに。
「やっぱり、海を消したのって私なんだね」
「あぁ、きっとこの先の祠に‘装置’があるはずだ」
「装置?」
「未来から、俺が生まれた時代から送られた‘装置’。それに願えば何でも叶えてくれる」
そうだ。本当は気付いていたはずなんだ。あの時、夢ノ見山の祠に空木が来た時。私は空木の目を、その瞳の中を見て、全てを知った。知ってて知らないフリをした。私はずるい人間なんだ。
「じゃあ、その‘装置’を止めに行こう」
だけど、もうれ以上は逃げたくない。
「私も協力するよ。元々は私のせいだし」
空木は前を向いて歩きだした。
「でもさ、なんでそんな‘装置’がこの時代に送られてきたの?」
「俺の生まれた時代では、一つの国家として世界をまとめていた。だがそれに対抗する勢力が出てきた。そいつらは歴史改変主義者を自称して、世界を良くしたいと、積極的に過去に介入しようとした。実際は自分たちの邪魔になる人間を、過去を変えることで消そうとしているだけなのに」
まるで違う国の言葉を聞いているみたいに、何にも頭に入ってこない。
「俺はそいつらから国家を守るために作られた、人工人間なんだ」
「え? 人工人間って? 空木は人間じゃないの?」
「あぁ。ロボットと人間の間。別に体に鉄板が入ってたりはしないし、ちゃんと心も感情もある。だけど人間ではない。国家に作られたから親もいない」
言葉が出ない。あんなに暖かい背中が人間じゃないなんて信じられない。
「なんの問題もないはずだった。あいつらは勢力を弱めて、もう勝敗は見えていた。だけどそこであいつらは賭けに出た。タイムマシンを奪って時代を遡り、秘密裏に開発した‘装置’をばら撒いた。過去を一気に変えて、未来を乗っ取るつもりなんだ」
洞窟は次第に、右に左にゆるく曲がりながら進んでいく。
「まだ開発途中だった時空転送システムも奪われたのに気付いて、俺たち人工人間が送り込まれた。‘装置’の電波を追ってここまで来たけど、正確な位置までは分からなかった。だから俺は探した。そして海が消えた」
暗闇はどこまでも深く続いていて、入り口はもう見えない。スマホを持つ手に力がこもる。
「西堂は、俺がずっとこの街にいると思ってるんだよな」
「そうだよ。昔からずっといたじゃん。一緒に遊んだりもしてたし」
「俺がこの時代に来たのは先月だ。それより前の記憶は全部偽物。俺たち人工人間は、どの時代に行っても未来に影響を与えないよう、違和感のない人物になる。そのために周囲の人間の記憶を書き換える。それが人工人間の力なんだ」
偽物という言葉がいつまでも脳内で反響していく。
「だから俺が消えたら俺の記憶もすぐに忘れていく」
「え?」
そんなのいやだ。たとえ昔の記憶が偽物だとしても、この夏の記憶は全部本物だ。忘れたくない。
「仕方ないんだ。俺はこの時代にいたらいけないから。‘装置’を止めて、壁が消えて海が戻ったら元の時代に帰る。そしてこの時代の俺に関する記憶も全部消える」
急に空木が足を速めた。ライトに照らされた前方を見ると祠がある。
私も後を追って駆けていく。祠の前に着くと、それは夢ノ見山の祠より一回りくらい大きかった。ライトで照らしてみると隅の方がキラキラと光る。濡れている。普段は海に沈むこの場所にずっと置かれていて水を吸っていたのか、時折水が滴っている。
滴る水を見て思い出した。夢で見た祠だ。私は何度もこの祠に来ていた。
その祠は、海水が無くなった今でもしっかりと海のニオイを漂わせている。
空木はしきりに辺りを探る。‘装置’は見つかったのだろうか。
やがて空木は祠の後ろの岩の前で動かなくなった。
「ねぇ、‘装置’はあったの?」
声をかけても返事がない。どうしたんだろう。横から覗いてみると、岩の出っ張りに手を置いて、聞こえるか聞こえないかの声量で何かを呟いている。
手を放してこちらを向いた空木は、どこか困ったような顔をしていた。
「どうしたの? ‘装置’ないの?」
小さく首を振る
「いや、‘装置’はある。でも止められない」
「そんな、止められないってどういうこと?」
何も答えない。
「じゃあ海はどうなっちゃうの。私はどうすれば……」
「海を取り戻す方法はある」
真冬の海水のような、冷たい声が響いた。
「‘装置’は止まらない。だから俺が‘装置’ごと時空の穴に引きずり込む。それでこの世界は元に戻るはずだ」
「よかった。それで、空木はどうなるの? 元の時代に帰れるんだよね?」
また沈黙が流れる。もうそれの意味することは分かってしまう。
「そんな……それじゃあまりにもひどすぎるよ。勝手に作られて、勝手に過去に送られて、それで……それで帰れないなんて……ひどすぎるよ。なんで? そこまでしなくてもいいじゃん。海が消えたのは私のせいなんだし、空木がそこまですることないよ。このまま……このままずっとここで生きていけばいいじゃん」
「それはできない。俺はこのために生まれてきたんだ」
一瞬たりとも迷うことなく、決してブレることもなく、空木は答える。
そんな風に言い切られると、何も言えなくなる。
「それに、帰れないって決まったわけじゃない」
薄闇の中で視線が交わる。
「帰れる保証がなくなるだけで、帰れないってわけじゃない。ただ、あの‘装置’はすでに時空を歪め始めている。ずっとあれと一緒にいると、どうなるかは分からない。そんなこと前例がないから」
空木は祠に近付いて、来た道を引き返そうとしている。
「でもこの世界だけは絶対に守る。それはなんとかする」
それから振り向いて、帰るぞと言った。
道を戻る途中に気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇ、でもなんであの‘装置’はここにあるのに、夢ノ見山での私の願いが届いたの?」
「それは無線機だ。多分セミか何かに擬態させて、山の祠に飛ばしたんだろう。ああいう所には願いを持った人が多いからな」
「そっか。私が祠に行かなければ、こんなことにはならなかったんだね」
今更分かりきっていたけど、それでもやっぱり自分のせいだと思うと、何とも言えなくなる。
「でも願ってしまったのは西堂のせいじゃないよ。あれはそういう物なんだ。人間の隙間を見つけて寄ってくる。そして願いを引き出すんだ」
「え?」
「だから西堂は悪くない。気にすることないよ」
気を使ってくれたんだと思うけど、それでも嬉しかった。
「ありがとう」
「あと、実はあの‘装置’は、なんでも無条件に願いを叶えてくれるわけじゃないんだ。願いには代償が必要だ」
「代償……」
「本来なら願いと引き換えに、大切な人が消えるはずなんだ」
「え、それって」
「でも今回はなかった。多分西堂が一番大切に思っている人はお母さんで、もう亡くなっているから代償は何もなかった」
「そんなことあるの?」
「分からない。そもそもこんな‘装置’が本当に作動するかも、正直半信半疑だったから」
洞窟の入り口が見えてきた。久しぶりにスマホのライト以外の光を見た気がする。
「これからどうするの?」
「少し考える。あの‘装置’なら、この時代の人に見つかることはないから大丈夫。また連絡するよ」
洞窟を出ると日は傾いて、空を赤く染めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます