第十五話


 お昼頃に着けるように、朝から駅前に集合する。私が着いた時には吾妻さんがいて、宇津野くんは私とほぼ同時に来た。栗城さんを待っているとスマホが鳴った。

「もしもし、西堂さん? ほんとごめん。家の急用ができちゃって今日行けなくなった」

「え? そうなの。まぁ家の用事じゃ仕方ないね」

「うん、ほんとごめん。礼深には伝えておいたから、もし向こうで何かあったら礼深に頼んで。この間、連絡先交換してたよね?」

「わかった。連絡先は知ってるから大丈夫。なんかあったら礼深さんに聞くね」

「それでお願い。じゃあ急でごめんね。また連絡する」

 電話が切れて、栗城さんが来られなくなったことを二人に伝えた。空木も来られないと返事か来ていたので、三人で電車に乗った。


「今日もあのビルの階段から見るの?」

 吾妻さんに聞いてみた。

「ん~、そこもいいけど、もし可能なら漁業組合の建物から観察できれば、それが一番かなって。でもさすがに望遠鏡持って長々と居座るのもあれだしね……」

「確かにあそこ壁に近いし、場所としては一番いいよね。じゃあ礼深さんに聞いてみるよ」

「うん、お願い」

 ラインで礼深さんに聞いてみると、一応頼んでみるけどちょっと厳しそう、と返事が来た。


 電車が終着駅に着いて、駅の近くでお昼ごはんを食べた。食事が終わると礼深さんからラインが来て、一時間程度なら大丈夫だと書いてあった。お礼と今から向かうことを書いて送った。

 礼深さんのお父さんは忙しいから迎えには行けない、と言われたので歩いて漁業組合の建物へ向かう。宇津野くんは行ったことがないので私と吾妻さんが先導する。

 漁業組合までは歩いてどのくらいなんだろう。まだ五分くらいしか歩いてないけど、暑くて汗が止まらない。今年の夏は異常なくらい雨が降らない。例年なら台風の一つや二つが上陸していてもおかしくないのに、今年は台風どころかゲリラ豪雨すらない。

「さすがに暑すぎるよ。もうタクシー乗らない?」

 宇津野くんがシャツの首元を手でひらひらと広げながら言った。

「賛成。西堂さんもいいでしょ」

 もちろん私も同意してタクシーを探した。

 大通りの方へ出てタクシーを拾う。冷蔵庫の中に入ったような涼しさが襲ってきて、感激のあまり息が漏れる。


 タクシーに乗ってからの十分間は、暑い中を歩いた五分よりも素早く通り過ぎた。漁業組合の建物に着くと、三人で割り勘して代金を払い、タクシーを降りた。

 礼深さんが話を通してくれていたので、茂木田さんがすぐ案内してくれた。二階の海側の部屋で望遠鏡を準備する。茂木田さんは帰る時に声かけて、と言って出ていった。

 私たちは望遠鏡と双眼鏡を準備して、その時を待った。

 室内はエアコンが効いていて涼しかったからか、その瞬間はすぐに訪れた。


「あれ! あそこの壁の近くに青い物体が浮かんでる!」

 吾妻さんが言って、私と宇津野くんがその方向を見る。

「本当だ! なんだあれは。青い箱? いや違うな、多面体の箱みたいにな物に見える」

 青い物体は、波に揺られて幾つかの角を見せながら浮かんでいる。宇津野くんの言うように四角い箱ではなさそうだ。揺れていて正確な形が分からない。

「アタシが前に見たのと同じなら、このまま壁の方へ入り込んで消えるはずなの」


 ジリジリと時間が流れて、青い物体が壁の近くに迫っていった。

 そして消えた。本当に壁の中に消えていった。私が双眼鏡で見ている中を、透明な壁に触れて、同じ透明に侵食されるように、少しずつ小さくなっていき消えた。

「そんな、本当に壁の中に消えていった」

 宇津野くんが驚嘆したように呟く。

 そのまま誰も喋らない時間が続いた。私も、消えてもまだそこにあるんじゃないかと、双眼鏡を覗くのをやめられなかった。

「そろそろ出よう」

 吾妻さんが言って、やっと私は双眼鏡を下ろした。


 無言のまま荷物を片付けて、部屋を出て茂木田さんの所へ行く。お礼を伝えて、帰ろうとしたら呼び止められた。

「まだあの男のこと調べてるの?」

 はい、と吾妻さんが答えた。

「そっかぁ。実は昨日も映ってたんだよね、あの男」

「防犯カメラにですか?」

「うん。この前と同じカメラに映ってた」

 やっぱり。二人の予想通り規則的に現れている。

「そうですか。わざわざありがとうございます」

「いや、俺もちょっと気になってるから。何か分かったら教えてよ」

「はい。今日はどうもありがとうございました」

 頭を下げた吾妻さんに続いて、私もお礼を言った。

「どうも。ほんとは駅前まで送ってあげたいんだけど、ちょっと忙しくてね」

「いえいえ、部屋を使わせてもらっただけで十分です」

 入り口の所で茂木田さんと別れると、三人で歩き出した。


 まだまだ太陽は元気で、肌を突きさすような感覚に襲われる。大通りまで出るとすぐにファミレスで休憩にした。

「ふぅ~、生き返る~」

 ドリンクバーのジュースを一気飲みして、宇津野くんが声を漏らす。

 エアコンの効きすぎた店内でしばらく休んでから、さっきの物体について話し始めた。

「僕は、あれは乗り物だと思うな。地上で活動して、あの乗り物の中で休みながら移動する。そうやってこの辺りのことを調べているだよ」

「正直、宇宙人とか謎の乗り物みたいなのは、アタシはあんまり信じないけど。でも無関係とは思えないよね。実際交互に現れているわけだし」

「今日、壁に消えていったってことは、四日後には南の街の壁から出てくるはずだ。そこを押さえて、どこに行くのかを観察してみよう。もしかしたら男が出てくるところも見えるかもしれない」

 二人の会話を聞きながらふと思った。もし、その男が本当に今回のことに関係あるとして、一体何が目的なんだろう。私が祠で願ったことと、何か関係があるのかな。このことを調べ続けたら、海が消えればいいと願ったことも知られてしまうんじゃないかと、不安な気持ちが芽生えてくる。


「ところで、西堂さんってなんで今回のこと知りたいの?」

 宇津野くんに話をふられて、遠ざかっていた意識が急速に戻ってくる。

「空木くんもそうだけど、二人がなんのためにこのこと調べているのか、聞いたことないよね?」

「ん~、そうだね……」

 なんて言えばいいか必死に考える。でも答えが出てこない。

「僕、西堂さんは海とか嫌いだと思ってたよ。都会からわざわざこんな街に来る人って海目当てだと思ってたけど、西堂さんは全然海見ようとしないし。むしろ避けている感じもしてたからさ」

 軽く笑い飛ばすように言葉を続ける宇津野くんを見ていると、いつまでも隠しているのが申し訳なく思える。もしかしたら、あの祠が本当に何か関係あるかもしれない。正直に伝えた方がいいのかもしれない。

 吾妻さんが私に正直に言ってくれたように、私もみんなに正直になりたいと思った。

「まぁでも協力してくれるのはありがたいし、別に理由なんてなんでもいいけどね」

 それだけ言うとドリンクバーのおかわりをしに行ってしまった。


「このことは絶対みんなに内緒にしてほしいんだけど」

 席に戻ってくるなり宇津野くんは小声でそう言った。

「実は今、今回のことを参考に小説を書いてるんだよね。フィクションなら地球外生命体も好きなだけ出せるし、こうだったら面白そうだなってのを書いてるんだ」

 まるで宝箱の中身をそっと見せてくるみたいに、つやつやした声で語りかけてくる。

「すごいね。書き終わったら読ませてよ。アタシも小説なら宇宙人とか出てくるのも好きだよ」

 二人を見ていると、なんだか妙な疎外感を覚えた。

 冷気で冷えた体で外に出ると、少し雲が出てきて日光を遮っていた。

 駅前まで歩くと、買い物があると言って私は二人と別れた。

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