第十四話


 朝起きると、吾妻さんからラインがきていた。今日の昼過ぎに家に来てほしいと書いてあって、分かったと返事をした。多分、謎の男のことだろう。

 窓の外は今日も晴れていて、かなり暑くなりそうだ。

 居間に入るとお婆ちゃんが朝ごはんを用意してくれていた。祠の話をしてからずっと必要最低限の会話しかしていない。お母さんのこともっと聞きたい気もするけど、聞くのが怖い気もする。無言のまま食事を済ませると部屋に戻った。

 空木にラインしてみると、今日も来られないらしい。理由は聞かないでおいた。最近は街でもあまり空木を見かけない。


 昼頃になって、小さな声で行ってきますと言ってから家を出た。一歩外に出ると、茹だるような暑さに目が眩みそうになる。麦わら帽子をしっかり被り直してから、歩き出した。

 吾妻さんの家に着くと、まだ他には誰も来ていなかった。

「栗城さんはもうすぐ来ると思う。宇津野くんは一応来るとは言ってたけど、ちょっと不貞腐れた感じだったな」

 少しして栗城さんと宇津野くんが一緒に来た。部屋に入っても宇津野くんは気まずそうにして吾妻さんの目を見ない。

「じゃあまず昨日のことについて話すね」

 吾妻さんは宇津野くんの態度を気にすることもなく話し始めた。そして昨日漁業組合で聞いたことを話し終えると、宇津野くんの方を向いた。


「私たちもあの謎の男のことを調べようと思う。だから宇津野くんも一緒にどう?」

 宇津野くんはまだ下を向いて目を合わせようとしない。

「この前のことは謝る。言い過ぎた。ごめんなさい」

 吾妻さんが頭を下げた。宇津野くんは少しもじもじしながらも、まだ何も言わない。

「吾妻さんがここまで言ってるんだから何か言ったらどうなの?」

 栗城さんが急に怒ったような声を出す。

「宇津野くんはもう一緒にやるのは嫌なの?」

 私も聞いてみた。

「別に……そういうわけじゃないけど」

 宇津野くんは小さな声で答える。

「じゃあいいじゃん。もうこの前のことはお互い忘れてまた一緒に調べようよ」

「わかったよ。もういいから。一緒にやるよ」

 栗城さんの提案に投げやりに答えて宇津野くんが立ち上がった。

「で、探すって何か手掛かりは見つかったの?」

「うん、それなんだけど実は手掛かりになりそうなのを見つけたんだ」

 吾妻さんはそう言ってノートを見せてきた。


「海が消えた翌日に謎の男が北の街で目撃された。そしてその次の日に海に青い物体が浮かんでいた。そして男は丁度八日後にまた街で目撃されて、翌日に同じように海に青い物体が浮かんでいた」

 ノートには時系列に沿って男のことと青い物体のことが書かれていた。

「それから私は南の街でも、その青い物体を見たの。みんなで北の街に行ってビルから壁を見てた時に、私は青い物体を発見して、もしかしたら潮の流れで南の街まで行くんじゃないかと思ったの。そして北の街に行った日から数えて五日後に、南の街の壁付近で発見したの。まるで壁から出てきたみたいだった」

 壁からと聞いて、宇津野くんが驚いた様子で聞き返す。

「ハッキリと見えたわけじゃないけど、でもそんな感じに見えたの」

「そうなると本当に今回の現象に何か絡んでいる可能性が高いな」

 宇津野くんが息を吹き返したように喋り出す。

「実は僕も色々と調べたんだよね」

 そう言うと得意げに鼻を鳴らした。

「ネットで謎の男について、とことん調べたんだ。ニュース系はもちろん、一般のSNSなんかも色々見て回ってとにかく情報を集めた。嘘情報もそれなりにあったけど、信憑性のありそうなのだけピックアップしていったら、その男の目撃情報にある規則性を発見した」

 もったいぶってそこで一呼吸入れる。いつもの宇津野くんに戻っている。


「規則性?」

 吾妻さんが聞き返す。

「そう、規則性。さっき吾妻さんが言ったように、海が消えた翌日に北の街で男の目撃情報がある。そしてその八日後にも、北の街でまた目撃されてる。でもそれだけじゃないんだ。吾妻さんが南の街で青い物体を見たっていう次の日には、南の街で目撃されてる。更にその丁度八日前にも同じ南の街で目撃されてる」

「それってつまり」

 私の言葉を押しのけるように宇津野くんが続ける。

「男は八日ごとに街に現れる。しかも順番も決まってる。最初に南の街、次にこの街、そしてその次の日に北の街だ」

 なるほど、と吾妻さんが頷いた。じっとノートを見ながら考えこんでいる。

「アタシの見た青い物体も関係あるとしたら、男が北の街で目撃された次の日に、青い物体が壁付近で消える。そして五日後に南の壁付近から現れて、その翌日に男が目撃される」

「その青い物体ってなんなの?」

 私も疑問に思っていたことを、栗城さんが言う。

「それはまだ分からない」

「僕はその青い物体は謎の男そのものなんじゃないかと思う」

 え。宇津野くんが突拍子もないことを言い出すので、みんな固まってしまう。


「だって、そう考えれば全部辻褄が合うじゃないか。男は北の街まで行くと、次の日には青い物体になって海から壁に行く。そして五日かけて南の壁から出てきて、次の日には街に現れる。その男の乗り物かあるいは」

 そこまで言って、宇津野くんはハッと息を止めた。

「まぁ確証はないけど、でもありえない話でもないと思うよ」

 言い終えると居心地悪そうに窓の方へ行ってしまった。もしかしたら、まだこの前のことを気にしているのかもしれない。

 私は改めて吾妻さんのノートを見た。確かにどこにもおかしなとこはない。だとしたら、あの男は一体何の目的でこんなことを繰り返しているんだろう。そう思っているとあることに気付いた。

「あれ? もし今の話が正しかったとしたら、今日は北の街に現れるってことじゃない?」


 そうだ、吾妻さんのノート通りなら昨日はこの街に現れていて、今日は北の街に現れるはず。そして明後日には壁に消えていく。

「うん、アタシもそれには気付いた。だけど見つけてもどうするわけにもいかないし、とりあえずみんなに話すのが先かなって思って」

「見つけたら話しかけてみればいいじゃん。言ってみようよ今から」

 宇津野くんはこちらを向いて楽しそうに話しかけてくる。

「何か関係があるのはもう間違いないよ。だったら直接聞いてみるのが一番じゃん。聞いてみたら案外素直に答えてくれるかもよ」

「でも、男が現れるのは大体夜だから、そうなるとアタシたち帰って来られないよ。アタシは泊りで出かけるのはちょっと無理だと思う」

 宇津野くんは残念そうに唸りながら、でも言い返しはしなかった。


「明日はどうかな? 明日、北の街に行って海を見るの。青い物体は前も昼過ぎに見えたし、とりあえずそれを見に行くっていうのは?」

「うん、私もそれがいいと思う 」

 またギクシャクしても嫌だから、すぐさま吾妻さんに同意した。

「ん~、まぁそうだね。今からは急すぎるし、そうしようか」

 今回は穏やかに話がまとまってホッとした。

 空木には一応ラインを送っておいたけど、既読すら付かなかった。

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