第十二話


 待ち合わせの十分前に駅に行くと、まだ二人とも来てなかった。すぐに吾妻さんが来て、それから数分で栗城さんも来た。

 少しだけ暑さは和らいだけど、それでも電車を待つ数分で、額には汗がぷつぷつと吹き出してきた。三人で電車に乗って横に並んで座ると、冷気で一気に体が冷えていく。あとは終着駅まで待つだけだ。

 横に座っている栗城さんが吾妻さんに話しかける。


「ところでさ、吾妻さんって宇津野くんのことどう思ってるの?」

「ん~、アタシはやっぱり宇津野くんの宇宙人説はあまり好きになれないな」

「いやいやそうじゃなくて! 宇津野くんのこと男としてどうなの?」

「え? いや、どうって言われても……」

「だって宇津野くん絶対に吾妻さんのこと好きだよ! 見てればわかるもん」

「え~、そんなことないでしょ。アタシ全然モテないし二人みたいにかわいくないから」

「いや、吾妻さんはメガネのせいでがちょっときつく見えるけど、外せばすごくかわいいよ。ね? 西堂さんもそう思わない?」

 少し眠くなっていた時に急に話しかけられて、変な声が出てしまった。慌てて同意する。


「も~、西堂さん今寝てたよ。話聞いてなかったでしょ」

「ごめん、ちょっとうとうとしてただけで話は聞いてたよ。宇津野くんでしょ? たしかに吾妻さんのこと気にしてそうだよね」

「でしょ! あれは絶対好きだよね」

「うん絶対そうだよ」

「メガネはどう思う? 私はコンタクトもありだと思うけど」

 私は吾妻さんの顔を覗き込むように見る。

「ん~、コンタクトもいいけど、私はメガネも似合ってる気がするから、このままでもいいと思うよ」

「そっか~。まぁ宇津野くんもメガネだしね」

 栗城さんがカラカラと笑う。

「もう、二人ともやめてよ。次会った時に話しにくくなっちゃうじゃん」

 そう言う吾妻さんはまんざらでもない様子だった。その後も女子トークで盛り上がっていたら、気が付いた時には終着駅に着いていた。


 改札を出ると礼深さんが待っていた。今日もサイドポニーテールにした髪を垂らしている。そのまま一緒に喫茶店まで歩いて向かった。閉店中と書いてあるドアを開けて中に入ると、アイスミルクティーを持ってきてくれた。

「少し待ってて、もうすぐでお父さん帰ってくるから。帰ってきたら車で漁業組合まで連れてってもらって、そこで話を聞くことにしよう」

「わかった。ありがとう。礼深」

 栗城さんに続いて私もお礼を言って、少し頭を下げた。

 ガタンという音がして、振り向くとドアの所に大男が立っていた。礼深さんが駆け寄っていって一言何かを言うと、その大男は出ていった。

「お父さん今車出してきてくれるって」

 アイスミルクティーを飲み干して外に出ると、すでにドアの目の前に車がきていた。礼深さんに促されてみんなで乗る。礼深さんが助手席で、二列目に栗城さんと吾妻さん。私が一番後ろになった。


 車が走り出す前に、礼深さんが吾妻さんと私に運転席のお父さんを紹介した。

 わざわざすみませんと言ってお辞儀をすると、気にしなくていいからと笑顔で返してきた。栗城さんには久しぶりと言っていた。

 走り出してからも、礼深さんのお父さんは栗城さんに何度か話しかけていた。内容はよく分からなかったけど、多分栗城さんのお父さんの近況や仕事についてだろう。本当に二人のお父さんは仲が良いみたいだ。


 十分ちょっとで漁業組合の建物に着いた。その建物は壁から数キロしか離れていない場所に建っていて、ここからなら壁の観察もしやすかったかもと思った。

 中に入ると応接室のようなとこに通されて少し待つと、礼深さんのお父さんと一緒に若い男の人が一人入ってきた。

「こいつが茂木田もぎた。あの日のこと話してやれよ」

 茶髪に黒く焼けた肌をした茂木田さんは、まさに漁師というニオイがした。茂木田さんは向かいのソファに座って話し出した。

「俺があの日の朝にここに来た時には、もう海はなくなってたんだ。ほんとにびっくりしたよ。暑くて頭いかれちまったのかと思った」

 ハハッと笑うと礼深さんのお父さんに睨まれて、小さく謝ってまた続けた。


「そんでその次の日に妙なやつを見たんだよ。その時はまだ気が動転してて大して気にしなかったけど、この前おやっさんにあの日のこと聞かれて思い出したんだ。細かいことは覚えてないけど、変な男が砂浜を歩いてたんだ。たぶん歳は俺と同じか少し上くらいだと思う」

「その人の何がおかしかったんですか?」

 吾妻さんが真剣な目で尋ねる。

「いや、なにって言われるとあれなんだけど。なんていうか妙だったんだ。あの時はみんな動揺してたけど、そいつだけ妙に冷静っていうか迷いがないんだ。俺はとにかく船を探さなきゃって思って辺りを探してたんだけど、そいつはただひたすら砂浜から海に入って奥までずっと歩いて行くんだ。俺も少し入って行ったけど、目で見りゃ先まで行っても何もないってわかるからすぐ戻って。そんでこの建物まで来て振り返るとそいつはまだ海の奥に歩いていたんだ」

「確かに妙ですね。その男の人はその後どうなったんですか?」

 茂木田さんはそこで頭をかいて、困ったという顔を見せてきた。

「それがよくわかんねえんだけど、消えたんだよそいつ。あんま奥まで行くと危ないぞって言おうとしたら急にさ、煙みたいにすって消えたんだ」

 消えた。その言葉で宇津野くんの話を思い出す。まさか本当にそんなことだ起こるんだろうか。


「俺はこいつの見間違いだと思うぞ。こいつ結構そそっかしいとこあんからな」

 礼深さんのお父さんが顎で茂木田さんを示す。

「いや、おやっさん。あれは見間違いなんかじゃないですって。はっきり覚えてますから。それでそいつをこの前また見かけたんだよ」

「え? どこでですか?」

「この前そこの通りをバイクで走ってて、何気なく海の方を見たらいたんだよそいつ。マジでびっくりしたよ。事故るかと思った。そんでバイク止めてちゃんと見てたんだ。そしたら消えたんだよ。また煙みたいに急に」

 まさか、本当に宇宙人がいるのだろうか。信じているわけではないけど、足元がスーッと冷えてくる。


「その人の特徴とか何か覚えてます?」

 吾妻さんは相変わらず真剣で冷静だ。

「ん~、それが特に特徴とかなかったんだよなぁ。なんか言葉にできないけど、ただ普通ではない感じって言うか」

「なんだよそれ、お前やっぱり見間違いなんじゃねえか?」

 また礼深さんのお父さんが茶々を入れる。

「いや、見たのは確かです」

 そう言ってすぐ、何か思い出したように立ち上がった。

「そうだ、確か防犯カメラにそいつ映ってたんだ」

「本当ですか? よかったらその映像見せてもらえません?」

 茂木田さんが礼深さんのお父さんの顔を窺う。

「まぁ、本当はダメなんだけどな。でも栗城さんとこの頼みなら特別だ」

 私たちがお礼を言うと、礼深さんのお父さんが立ち上がって部屋を出ていった。続いて茂木田さんがドアに向かっていき、こっちの部屋だから、と言ってみんなを誘導した。

 案内された部屋にはパソコンのディスプレイが幾つか置いてある。そのほぼすべてに、外の通りや海、建物内を映した映像が流れていた。

 茂木田さんが部屋の隅に置かれた椅子に座り、私たちもその側に行く。茂木田さんがパソコンを操作して、ディスプレイには外の通りを映した映像が映った。


「確かこないだおやっさんに、なんか気になったことないかって聞かれた日の前日だったはず」

「弥美に会った日にお父さんに頼んで聞きに行ってもらったから、じゃあ弥美たちが来る前の日」

「これだこれ。一週間前のやつに映ってたんだ。前の通りを歩いているこの男だよ」

 その男はまさに特徴のない人物という感じで、画質の悪さも相まって、とてもじゃないけど探して特定するなんてできそうもない。足元を見てみた。靴が左右逆かどうかもさっぱり分からない。もちろん宇津野くんの話を信じているわけではないけど。

「他の映像はないんですか?」

 吾妻さんが遠慮がちに言う。

「ないね。ん~、もっとちゃんと映ってたと思ったんだけどなぁ」

 茂木田さんは、おかしいなという風に首を傾げて腕を組んだ。

 それから海や壁についても一応聞いてみたけれど、私たちが知っている以上のことは何も聞けなかった。


「ところで、さっき船を探してたって言ってましたけど、見つかったんですか?」

 そんなこと聞いてどうするんだろうと吾妻さんを見る。吾妻さんはまだ興味津々という顔をしていた。

「それが何日も探したんだけど、結局どこ探しても見つからなくて。ほんとたまったもんじゃねえよ」

 そう言って小さく舌打ちをした。

 一応部外者は入れない部屋なので、そろそろ出ようかと栗城さんが言うと、最後に一つだけと吾妻さんが言った。


「最後に海を映した映像って見せてもらえませんか? この建物の外についている海側の映像です」

「え? まぁいいけど海って言っても大して映ってないよ」

 茂木田さんがパソコンを操作する。

「で、いつの映像が見たいの?」

「そうですね。一週間前のその男が映ったあとから今日までのを、できるだけ見せてもらえますか」

「ん~、本当はダメなんだけどねぇ~」

 茂木田さんはそう言いながらもパソコンを操作して動画を見せてくれた。早回しで流れていく映像を、吾妻さんはじっと見つめている。私は特に代わり映えしない映像を見ていると目がくらくらしそうで、視線を外してギュッと目をつぶった。瞬きをしてからもう一度視線を戻すと、吾妻さんはまだじっとディスプレイを眺めている。

 ディスプレイの中で夜が過ぎて朝が来て、太陽が高く昇った頃、吾妻さんの透き通るような声が響いた。


「そこ。今の所もう一度見せてください」

「ん。はいよ」

 映像が巻き戻されてまた再生される。今度は早回しではなく通常速度で。

「なにか見つかったの吾妻さん?」

 ディスプレイを覗き込むようにしながら栗城さんが言った。

「うん。壁の近くの海に小さな青い物体が浮かんでた気がする」

 みんなでディスプレイを食い入るように見つめる。確かに奥の方で何か小さな物体が浮かんでいるようにも見えるけど、やっぱり画質が悪くてよく分からない。

「ん~、私にはよく分からないなぁ」

 栗城さんが言ってディプレイから離れる。

「青い物体って……もしかして前に言ってたやつ?」

 気になって聞いてみる。

「うん。それにすごく似てる気がするの。あの、すみませんけど最初にその男を見たのって海が消えた次の日でしたよね?」

「そう。海が消えた次の日」

「その日のカメラには男は映ってなかったんですか?」

「ん~、あの頃はとにかく人が多かったからなぁ。正直ちゃんと見てないし、とてもじゃないけどあの中から探すのは厳しいと思うな」

 確かに私たちの街も最初はすごい人でごった返していたし、ここら辺は壁も近いから映っていたとしても探せないだろう。


「じゃあその日から数日分の海の映像も見せてもらっていいですか?」

「本当はダメなんだけどねぇ~。ちょっと待ってて」

 茂木田さんはまたパソコンを操作し始めた。吾妻さんは何かに気付いたのかもしれない。

「はい。これが海が消えた次の日、あの男を見た日の海の映像」

 そしてまた早回しで時間が流れていき夜が過ぎて朝が来て、また太陽が高く昇った頃、やはり吾妻さんは映像を止めた。

「今の所もう一度見せてください」

 そして何度もその場面を見ては巻き戻すを繰り返して、吾妻さんは諦めたように天井を見上げてきつく目を瞑った。


「ありがとうございました。もう大丈夫です」

 目を開いてそう言うと、立ち上がってお辞儀をする。私たちも同じように頭を下げた。まぁ気になることあったらまた来ていいから、と礼深さんのお父さんが言ってくれて、もう一度お礼を言うと建物を出た。空を見ると太陽はとても高い位置にあった。

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