三章 謎の男と青い物体

第十一話


 家に帰って夜ごはんを食べて、お風呂に入る。吾妻さんとの会話を思い出しながら湯船に浸かっていると、つい顔がにやけてしまう。どんな服を着て、どこで撮ってもらおうか。可愛い系の服もいいしスタイリッシュなのもいいかもしれない。ここら辺で撮るならやっぱり自然の中がいいかな。草原か山か、海岸もいい。どこでだって楽しめる確信があある。


 お風呂から出てスマホを見ると、吾妻さんからラインが来ていた。開くと今日のことについてのお礼が書いてあった。律儀だなと思いながら私も丁寧に、でもできるだけ親しみも込めて返事を書いた。

 部屋の扇風機をつける。網戸にして窓を開けると心地好い風が火照った体を冷ましていく。

 吾妻さんとのラインを数回繰り返すと、ふとこの街を宇宙人が歩き回っている、という記事が載っていたサイトを思い出した。暇つぶしに見てみることにした。


 記事はどんどんアップデートされているようで、目撃情報は男の特徴などが追加されていた。この街だけじゃなく、南の方の街やみんなで行った北の街でも目撃されているようだ。大型ショッピングモールの中を歩いていたなんて情報もあった。

 特徴欄には新規情報として、靴を左右逆にして履いている、と書いてある

 バカバカしい。スマホが熱を持って手が汗ばんできたので、電源ボタンを押してスリープにした。充電用のコンセントにつないで枕の横に置くと、ドライヤーで髪を乾かす。

 ドライヤーが終わってスマホを確認すると宇津野くんからラインが来ていた。開いてみると、明日の昼に集まりたいとあった。とくに出かける予定もなかったので、大丈夫だと送っておいた。


 次の日、宇津野くんの家に行くと、吾妻さんがすでに部屋にいた。私のすぐあとに栗城さんが来た。

「瑞透は今日来られないって」

 投げ捨てるように言うと、栗城さんは座布団の上に座った。そっか、空木は来ないのか。少し残念な気持ちになった。

「さっそくだけど、今日はネットで最近話題になっている、この街での宇宙人の話なんだ。ネットではただのオカルト話になっているけど、実は僕たちの学校でも見たって人がいるんだよ」

「え? 本当に?」

 栗城さんが話に食いつく。

「あぁ、天文部の古沼こぬまくんが見たんだ。数日前の夕方に、イバタから家に帰ろうと歩いていたら変な男がいたんだって。それで僕、昨日話を聞きに行ってきたんだ」

 宇津野くんはやけに得意げに話をしている。

「話を聞いてみてわかったんだけど、ネットの噂と実際の出来事は結構違うんだ。まず、顔が開くなんてのは嘘だよ。変な声もしないって。ただ、一つおかしなことがあって、その人靴を左右逆に履いてるんだって」

 靴を左右逆、あの変なサイトに書いてあった通りだなと思った。


「古沼くんはたまたまそれに気付いて、気になって後をつけたんだ。そしたらその男が海に入っていったんだ。警備員がいるのに、まるで透明人間みたいに堂々と砂浜から海の中に入って、見えなくなった」

「それは本当なの? 見間違いじゃないの?」

 吾妻さんが疑念のこもった声で言う。

「確かだよ。海に消えていく所はスマホで動画撮ってたんだ。僕も見せてもらった。データも貰ってきたきら今見せるよ」

 宇津野くんがパソコンを操作して、動画が再生される。みんなで画面を見つめると、海に、海だった場所に、男がいて奥に向かって歩いている。その姿が、まるで砂に描いた絵が風に吹かれるようにすっと消えていった。

「警備員の横を歩いていく場面はないの?」

「うん。それを見て動画を撮ったって言ってたから」

 吾妻さんの問いに答えると、宇津野くんはまた演説のように語り始める。

「変な男がいるってだけならどこにでもある噂話や、あるいは本当に変質者ってだけだけど、でも海がかかわっているとなると違う。この男は絶対に、海や壁と何かしらの関係があるはずだ」

 もう興味もなくなったのかと思っていたけど、宇津野くんはこの動画を見て俄然やる気が出たみたいだ。


「やっぱりこの男は宇宙から来たんだ。それで今回の現象を起こした。そしてそれを観察している。僕たち人間を観察しているんだ。地球人がどれくらいの知能や技術を持っているか確かめているのか、もしかしたら有能な人間を見つけて連れ去るつもりなのかもしれない」

 前に吾妻さんが言ったように、宇津野くんには夢想家としての素質があるようだ。

「だから僕は、その男を探そうと思うんだ。そうすれば海も戻ってくるんじゃないかな」

「でもどうやって探すつもりなの?」

 吾妻さんが言うと、宇津野くんは黙ってしまう。結局策は何もないみたいだ。

「……宇津野くんってそういうところあるよね。そういうのアタシどうかと思うよ」

「え?」

「好き放題言うのはいいけど、もう少し客観的に物事を見た方がいいと思う。確かにタイミング的には関連性がありそうだけど、変な人くらいいつだってどこにだっているでしょ? 分からないことを宇宙とか未知って言ってしまえば楽だけど、それで納得してたらなにも解決しない」


 ダムが決壊したみたいに突然吾妻さんがまくしたてるので、驚いてぽかんと口が開く。宇津野くんも驚いているみたいで、口は半開きなのに言葉が出てこない。

 吾妻さんも言ってから後悔したのか、所在なげに両手をすり合わせている。それから助けを求めるような視線を私に送ってきた。そんな目で見られても困る。

 ヒリヒリと体にしみるような沈黙が続く。

「まぁ、でも、確かに不思議だし、調べてみるのも悪くないんじゃないかな」

 辛うじて声を出した。

「靴の情報がたしかなら、探せないわけでもないし」

「もういいよ。これは僕一人で探すから」

 私の言葉を遮るように宇津野くんが吐き捨てると、また沈黙がやってくる。

「じゃあ、とりあえず今日はここまでってことで」

 栗城さんがそう言って、みんなそそくさと部屋を出た。


 家を出ると栗城さんが、ちょっと寄り道しようと言って三人でスーパーイバタに行った。アップルジュースを買って三人で外のベンチに座る。

「それにしても、吾妻さんさっきすごかったねぇ」

「うん、私もびっくりしちゃった」

「ごめんなさい。つい我慢できなくなっちゃって」

「いやいや、あのくらい言って正解だよ。宇津野くんってすーぐ宇宙人の話にするよね」

 栗城さんも宇津野くんの宇宙好きにはうんざりしていたみたいだ。

「ん~、でもやっぱりアタシも少し言い過ぎた気もする」

「そんなことないって。気にしない気にしない」

「そ、そうかな」

 栗城さんと吾妻さんが楽しそうに話しているのは初めて見た。

「ところで」

 栗城さんが私たち二人を見つめてくる。


「二人は、礼深のこと覚えてる? 前に喫茶店で会った子なんだけど」

 たしか壁の近くまで行った時だったよね。覚えてるよ。と答えて吾妻さんも頷いた。

「そうその時。それで実は、礼深から昨日連絡あって、海が消えた時の話が聞けるかもしれないって。まぁでも宇津野くんがいなきゃもう興味ないか」

「そんなことないよ。アタシは強引な宇宙人説が嫌なだけで興味はあるよ」

「ほんと? じゃあ行ってみる? 礼深のお父さんの知り合いらしいから、行けば色々教えてくれると思う」

「お父さんの知り合いなの?」

「うん、礼深のお父さん漁師やってたの。私のお父さんとも仲良くて、それで漁師仲間に色々聞いてくれたんだって」

「へぇ~、漁師の人たちなら海について詳しいだろうし、行ってみよう」

「リョーカイ、行ってみよう。西堂さんも行くよね?」

「うん、私も行ってみたい」

「じゃあ決まりね! 多分早いうちのがいいと思うから、明日か明後日くらいで大丈夫?」

 私と吾妻さんが頷いた。

 ジュースを飲み終えると三人でゴミ箱に投げた。誰も入れられなくてみんなで拾って普通に捨てる。ちょっとだけ仲良くなっていけてる気がした。

 その日の夜に栗城さんからラインがきて、礼深さんの所には明日行くことになった。

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