第二話
高校では空木と同じクラスになった。
七月という中途半端な時期の転校、しかも東京からなので、クラス中から好奇な目で見られる。
休み時間ごとに、机の周りには磁石で吸い寄せられたみたいに人だかりができて質問攻めにされた。
その中の一人が、私の机の真ん前に来て雑誌を広げた。
「西堂さんってモデルなの? これ、西堂さんだよね?」
彼女の指さす先には確かに私がいる。ファッション誌の隅っこには小さく、西堂朱百合の文字も書いてある。
「うん……前にスカウトされてちょっとだけやってた。今はもうやめちゃったけどね」
できるだけ違和感のないように笑顔を作って、そう答える。
「え、すご~い! 私この雑誌大好きなの! うらやましい~」
亜麻色のショートボブを揺らして、眩しいくらいに煌めく瞳で私を見つめてくる。
「ほんとうにちょっとだけだから、全然大したことないよ」
「いやいや、全然すごいって! もっと色々話聞かせてよ! あ、私栗城。
よろしくね。と返すと休み時間が終わり、先生が入ってきた。栗城さんは名残惜しそうに自分の席に帰っていく。
放課後も質問攻めが続いて、教室を出られたのは夕方になってからだった。
あまり東京でのことは話したくなかったけれど、ちょっとしたことでも、すごーいと言ってもてはやされるのは結構気分が良かった。
私は帰る前になんとなく体育館に寄ってみた。
体育館ではバスケ部が練習をしている。近くにジャージ姿の栗城さんもいた。
走るたびに空木の髪が揺れる。昔と違ってまだらな茶色に染まった髪を少し伸ばしている。この街は何も変わっていないけれど、空木は成長しているんだ。そんな当たり前のことをなんとなく思った。
改めて見ると空木はすごく背が伸びた。私もわりと高い方だけど、それでも全く届かない。百八十センチ以上あるんじゃないだろうか。そのくせやけに細いのがちょっとムカつく。
ぼんやり眺めていると、空木が気付いて話しかけてきた。
「よお西堂、見に来てくれたのか」
「うん。結構ちゃんと練習してるんだね」
空木は笑いながら、当たり前だろと答えた。
「え? 西堂さんと瑞透くんって知り合いなの?」
栗城さんがびっくりしたような顔で近寄ってくる。空木と栗城さんが並ぶと身長差がすごい。二十センチ以上は確実、下手したら三十センチ以上は違うんじゃないだろうか。
「おう。俺と西堂は同じ小学校だったからな」
「まぁ二年生になる前に私は転校したけどね」
「へぇ~、西堂さんって昔はここに住んでたんだ。でもなんでまた転校してきたの?」
「ん~、まぁちょっとあってね」
この質問には答えづらい。
「さぁ、そろそろ練習再開だ」
空木が言って練習に戻る。
栗城さんはあまり納得していないような目で私を見て、何も言わずに練習に戻っていった。
最初こそみんな興味を持って話しかけてきたけれど、ある程度聞き終えると段々と私に対する興味も薄れていった。それはむしろありがたいことだ。だけど、東京でのことを詮索したり、ネットで私のことを検索する人もいた。
ネットでは、全然売れてない芸能人についても沢山の情報が出てくる。年齢、生年月日、家族構成はもちろん。身長体重、スリーサイズに歴代の彼氏まで、ありとあらゆるものが書かれている。しかも大抵の場合は根も葉もない噂レベルの情報を、さも事実のように載せている。
私についても例外ではなかった。
スタッフに暴言を吐いているだとか、枕を断ったから干されただとか、どこから出てきたかもわからない噂が流れている。
ネットだけならまだマシだけど、次第に学校でも陰で噂されるようになっていた。
いつもそうだ。
本当のことなんて知らないのに。知ろうとすらしないのに。
全部分かったつもりになって偉そうに批判してくる。
みんないなくなればいいのに。
嫌な噂を聞くたびにそう思ってしまう。
それでも、表立っては誰も言ってこない。朝会えば挨拶するし、お昼は一緒に食べるし、たまには帰りに遊びに行くこともある。
それが逆に気まずい。上辺だけの付き合いは合理的だけど、精神的にとても疲れる。
空木は噂を聞いたのか。それを聞いてどう思ったんだろうか。
昔から優しかったし、そんな噂なんとも思ってないのかな。
曖昧なヒエラルキーの中で、自分の立ち位置が見つけられないまま、夏休みになった。
夏休みに入って少しすると、栗城さんから海に遊びに行かないかと誘われた。
栗城さんのお父さんが船を出してくれて、港から少しの所にある、小さな島に連れて行ってくれるらしい。
行く気はしないけれど断る理由が見つからなくて困っていると、スマホが鳴った。画面には空木と表示されている。
「西堂、今大丈夫か?」
「うん」
「栗城からのライン見た?」
「見たよ。空木も誘われてるの?」
「ん~、まぁそうだな。西堂はやっぱり海あんまり行く気しない?」
「そうだね。私、海嫌いだし」
「だよな。俺も西堂は来ないと思うって言ったんだけど、誘ってみなきゃ分からないって強情で」
「そっかぁ。栗城さんと仲良いんだね空木は」
「ん、別にそんなこともないけど、部活同じだからな~」
とっくに知っていることなのに、なぜか胸が少しチクチクする。
「空木は行くの? 海」
明るい声で言ったつもりだったのに、出てきた声は冬の嵐みたいに荒んでいた。
「行くつもりだよ。特に予定もないし」
「そ。まぁ楽しんできなよ」
「おう。西堂は無理すんなよ。俺からも言っとくから、あんま気にしないで断っちゃって大丈夫だから」
「わかった。ありがとう」
通話を切ってスマホを見つめる。
わざとらしく大きな息を吐いて、栗城さんへラインを送った。
その日の夜、夢を見た。
懐かしい夢。
小さい頃の記憶はピンボケした写真みたいに輪郭がハッキリしない。
その時のことも詳しくは覚えていないけど、確か山を登っていた気がする。
どれくらい登ったんだろう。頂上ではなかったはずだ。
小さな祠があって、そこにお母さんとお婆ちゃんと三人でお参りをした。
まだ幼かった私は、なんでこんなことをするんだろうと不思議だった。
夢の中で、お婆ちゃんは私を見つめてきて言う
ここではお願い事はしちゃだめ。
願い事は叶えてくれるけど一番大切なものを失くしてしまうから。
だから願ってはダメ。
お婆ちゃんの真剣な顔はなんだか怖くて、お母さんの手を握って顔を見上げる。
逆光になっていて顔が見えない。
それでもどうにかして顔が見たくて、手を引っ張るとお母さんがしゃがんでくれた。
顔を覗き込もうとして、目が覚める。
シーツが汗でびっしょりと濡れていた。
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