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 笛と太鼓のリズムに乗って、棒振りは踊るように獅子の方へ近づいていく。獅子もパクパク口を開けて応戦する。


 僕が寝正月を決め込むのは毎年のことだ、だから友人家族に僕を心配する者はいなかった。唯一心配のメールを寄越して来たのはミユキだった。きっと僕の思いを知っていたから心配してくれたのだろう。つまりはそういうことであるのだが、それでも一縷の望みを捨てきれず、

「アカリ先輩がハヤト部長と付き合ったって本当なのか?」

と聞いてみた。

 ミユキはジッと獅子を見ながら機械的に教えてくれた。

 十二月二十二日、日曜日。アカリ先輩がハヤト先輩に告白、そして成就。連休前にカップルになる人たちは多い、彼らもその内の一組だった。二十四日の十九時くらいに街を歩く二人が目撃されたという情報があり、以降各方面で目撃情報が相次いでいるので付き合っているのは確かだろう、ということである。

「イルミネーションを見に行った時にはもう知ってたんだろ? あの時教えてくれても良かったのに」

「まだ噂レベルだったから。それにそんな死刑宣告みたいなこと、私には出来なかった」

 そしてポツリと「失恋は苦しいもんね」とつぶやいた。

 みんな気持ちを隠して生きていた。僕が求める恋を隠したように、アカリ先輩が実った恋を隠したように、ミユキもまた失った恋を隠しているのかもしれない。


 いよいよ棒振りが獅子に迫る。刃先が獅子の目前に迫ると、陽の光でギラリと光った。再び距離がとられたが、棒振りは容赦なく攻め立て続ける。それでも獅子は引いたりしない。

 毎年恒例の年始行事に大きな違いはないだろう。直に獅子は敗北を喫する。なのに今年に限って自分の顔が浮かんだのはなぜなのか。


 望みの叶わぬ現実を前にあがく獅子が、去年の僕にそっくりだからだ。


「ちょっとアンタ、何してんの?」

 気が付けば僕は獅子に向かって歩いていた。ミユキは慌てて僕の手を掴んで止めた。

「もう見てられるか! 獅子だってもう十分頑張ったんだ、あんな悲しい思いをさせてたまるか!」

「馬鹿はやめて! そんなことしたら前代未聞よ!」

 そうこうしていると、薙刀が刃が獅子の頭を一閃した。

 戦いが終わった。


 ぱらぱらと拍手が起こり、一人また一人と見物客が帰っていく。棒振り、獅子舞に扮した保存会の人たちも笑いながらテントへ向かう。まばらになった境内で僕とミユキが立っていた。

「負けちゃったな」と僕が言うと「当たり前でしょ」とミユキは答えた。

「獅子のやつ、今頃がっかりしてるだろうなぁ」

「生きているなら、そうなんでしょうね。でも負けるなんて毎年のことだから案外平気なんじゃない?」

「命がけで頑張ったのに報われなかったんだぞ? 毎年こんな思いするんだったら、僕は発狂するだろうね」

「あっそ。それじゃあ来年の獅子はもっと出鱈目に舞うのかもね」

 めんどくさそうにミユキは言った。「そんなに辛いなら辞めちゃえばいいのに」

 その通りだと僕は思った。どうせ報われないと分かっているならきっぱり辞めてしまえばいい。未来は可能性に満ちている、獅子だったら海外で珍しがられるかもしれない、そういった別の道を探せば良いのだ。僕が獅子だったらきっとそうする。


 本当にそうするだろうか?


 すると急に笑いがこみ上げてきた。

 愚問だった。少し考えれば分かることだ、まったく僕はどうかしていた。

 獅子は朝から町内を回り何度も棒振りと戦って負けたはずだ。僕だって何度も苦しい思いをしてきた。それでも今日まで戦うことを辞めないでいる。その事実こそが答えじゃないか。

「バカだなぁ。辞めるわけが無いだろう?」

 なんじゃそりゃ、とミユキが言った。

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