第10話


 東京へ向かう最後の日に律子は、バイオリンを持たずに白い砂浜に立った。

 夏休みの朝だった。

 砂浜に立っていると遠くからこちらに向かう影があった。

 目を凝らすと彼だった。

 釣竿を肩にしてこちらに歩いてきて、律子の数歩手前でとまった。

 彼は黒い目で律子を暫く見ていた。律子もまた潮風に吹かれ、黒い髪が流れるままに立っていた。

 二人は暫く無言で向き合ったが、やがて律子が言った。

「何?青山君、また魚とか投げるつもり?」

 彼は首を振った。すると律子の前で手を開いた。開くとそこに小さく磨かれた青い石があった。

「何・・これ」

 律子が言うのと同時に彼はそれを律子の手に握らせた。

「爺ちゃんの工房で作った。ターコイズって言う石らしい」

 律子は、思いもよらない言葉に首を傾げた。

「爺ちゃんがさ、これを渡して来いって言うものだからさ」

「へー・・」

 律子はそれを空に透かした。

 彼は律子に向かって言った。

「黒田、あのさ・・・元気でいれば、また会える。だから元気で」

 そう言うや、彼は後ろを振り返り走っていった。

「青山君・・ちょっと!ねぇ!」

 そう言って律子は流れる髪を手で押さえて、その姿を見ていた。

(そう、あのターコイズ・・)

 律子は携帯を見た。

 二人の間で律子の携帯電話のストラップが揺れていた。

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