第7話

 なだらかな海岸線に沿うように車が動いている。

 目の前にはフェニックスの木々が見え、美しい水平線が見えた。

 朝陽を浴びて海面が反射している波の中で泳ぐサーファ達の楽しそうな姿を横目に、道を進んで行った。

 ラジオから流れるDJの声と音楽を聴きながら休暇を楽しんでいる自分にすこし酔いしれていた。

 海沿いの道が無くなりやがて空に白い教会の十字架が見えた。

(あれは・・)

 それは自分が初めてバイオリンを学んだシスターがいた基督教会だった。

 律子は車を留め、教会へ向かった。

(シスターはまだいるに違いない) 

 律子は駆け足で教会の前まで行った。

 しかし目の前の教会は無人の建物になっており、表札は朽ち果て、緑の蔦が屋根の突堤の先にある十字架まで伸びていた。扉を押して開こうとしたが鍵がかかっていて開かなかった。

 この扉の前で少女の頃、歌を歌ったりお菓子を食べたり、そしてバイオリンを弾いていた思い出が律子の心の中を駆け巡ってゆく。

 しかし思い出の扉は開くことなく、ただ無言で律子の前に立っていた。

 扉を押す手を戻すと後は暫く無言で扉を見て、静かにその場を去った。

 車に乗り込むと時間の経過を全身に感じた。

 教えてくれたシスターは当時二十歳そこらだった。もしここにいれば再会できたかもしれないという淡い期待は一瞬にして消えた。

(まだ十年しか過ぎていないというのに・・)

 律子の心を重い何かが突きぬけて大きな空洞を作った。

(私と故郷との間にこれほどの大きな時間の隔たりがあったのだろうか)

 窓越しに空を見たが、雲一つなく美しい青空が広がっている。

 東京の様に壁の隙間から見えるわけではなく、故郷の空はどこまでも果てしなく広がっている。しかし律子にはどこか東京に居る時のように狭い隙間から見えるように感じた。

(悲しくなるわね)

 そう思った時、携帯が鳴った。

 手に取るとメールが届いていた。それはケイスケからだった。

“律子

 いまどこにいる?

 俺、君に会って話したいことがあるんだ。

 もし、東京に帰ってきたら

 連絡をくれ

 いつまでも待っているから“

 律子はそれを見ると静かに携帯を座席に置いた。

(ケイスケ‥ごめんね。まだ時間が必要なのよ)

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