私を満たすモノ

 スーパーの彼は、名前をしゅうと言った。私は修くんを愛し、そして彼も私を愛してくれた。あの日――虚ろな目で歩く私を見て、そのまま目を離す出来なかったそうだ。所謂、一目惚れと言う現象らしい。


 出会いこそいびつだったものの、寄り添いあった私達はお互いを深く慈しみ、必要とし、やがて永遠の愛を誓おうとしていた。でも――


 修くんも、私の前から居なくなってしまった。


 厳密に言うと、そろそろ居なくなる。


 良ちゃんに対しての悔恨かいこんの念は、もちろんある。だからこそなけなしの貯金をはたいて、もう一台冷凍庫を買ったのだ。食べられない部分だからって、一緒にしたら可哀想。良ちゃんはベッド側、修くんはクローゼット側。


 修くんが完全に居なくなったら、私は自死を選ぼうと思う。今度こそ彼ら以外は入っていない綺麗な身体になって、餓死するのだ。それまでは、もう少し彼に満たされていたい。愛する修くんを、骨の髄まで。


 業務用の圧力鍋で修くんを煮込んでいると、珍しくインターホンが鳴った。誰だろう。モニターを覗いてみると、若い男性がやや緊張した面持ちで反応を待っていた。返事をし、扉を開ける。


「こ、こんにちは。鷹薬品と申します。あ、あの、置き薬をご紹介しておりまして……使われなくても結構ですから、こちらのお宅で置かせ……配置だけでもさせて頂けないかと……」


 新卒の子だろうか。一生懸命説明してくれる様が、とても好感が持てる。もうすぐ死ぬのだから置き薬なんて必要無いけれど……。


「ええ、良いですよ」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます! では、こちらの約款やっかんを良くご覧になって――」


 素直に喜ぶ様も、とても可愛い。必要無いと言えば、積立の医療保険に入っていたのを思い出した。あれこそ不要だなと思うと、つい可笑しくて笑みをこぼしてしまった。


「……あの、実を言うと、お客様が初めてのご契約者様でして。本当に、ありがとうございます。お呼び頂けたら、いつでも伺いますので。僕、実はこの近所に住んでまして――」


 微笑まれたと勘違いしたのか、彼は顔を赤らめ目を泳がせながら、それでも熱を込めて喋り立てる。思えば、良ちゃんもそんな時があったなぁ。


「では、こちらにサインを――」


「分かりました。……あの」


「は……はい。どうされましたか?」


 私が目を見据えると、彼も同じ様にこちらをじっと見つめ返してくれた。――綺麗な目。こんな真っ直ぐな瞳を向けられるなんて、何年ぶりだろう。


「カレー、ちょっと作り過ぎちゃって。よかったら、食べていってくれませんか?」


「あ……はい! 喜んで!」


 医療保険。あれを解約したら、もう一台くらい冷凍庫が買えるかもしれない。


      完

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そして私は満たされる なぎの みや @nagino_miya

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