終焉への秒読み
「大山さん、最近痩せた? 綺麗になったねー」
「……」
派遣先の上司が舐めまわすような視線を私に向ける。笑顔で返すが、本当は反吐が出そうな程気持ち悪かった。良ちゃん以外の男に褒められても、全く嬉しくない。今朝飲んだ水が胃液となって逆流しそうになるのを必死にせき止める。
「残念だなぁ、本当に今週末で契約終了するの? 僕だったらギリギリまで調整できるから、よかったら声かけてよ。それとも正社員に登用してもらえるように上に掛け合ってみようか?」
「いえ、家庭の事情なので。ありがとうございま……う……失礼します」
限界だった。波打つ胃と食道を鎮める様に胸をさすりながらトイレに駆け込む。同じ現場の人達に迷惑をかけたくない一心で引き継ぎが終わるまで在籍する事にしていたが、本当はすぐにでも仕事を辞めて、水すらも口にせず一秒でも早く餓死したかった。でもそれも、あと二日で終わる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後五時丁度に退勤し、オフィス街を一人歩く。今の状態で一番苦痛なのは、移動時間だ。業務に追われていれば勝手に時間は過ぎるし、仕事に集中している内は空腹も忘れられる。
しかし通勤中――特に会社から自宅への帰路は、気も抜けてしまい非常に辛い。足取りもおぼつかないし、駅までの道のりが異常に長く感じられる。タクシーを使った事もあったが、やたらと話しかけてくる運転手に気持ちが悪くなって途中で下車する羽目になった為、それ以来電車で我慢している。
電車自体は意外に嫌いではない。大勢の人の中に自分を置く事で、私一人くらい消えてしまっても問題無い事を再認識させてくれるし、都会ではないのですし詰め状態になる事も無い。それに私の顔色を見たら、大体誰かが席を譲ってくれる。
それと今の派遣先は少々特殊で、労働組合との協約で交通費は定期券の現物支給。派遣には交通費が出ないのが当たり前の今の世の中、せっかく支給された物を使わないのは申し訳ない気がするというのも少しあった。
とはいえ、やはり片道合計二十分の徒歩通勤は空腹状態の体には辛すぎる。視界の焦点が定まらない。足が重い。本当に真っ直ぐ歩けているのだろうか。これをあと一往復半。早く楽になりたい。早く……死にたい。
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