イレギュラー
「死にたい」
その言葉は頭の中で呟いたのか、それとも口に出ていたのか。ふと香ばしい匂いが鼻孔を擽り、意識が冴える。その拍子に俯瞰してしまった己の状態は相当酷いもので、匂いの元に佇むエプロン姿の男性も同様の印象を受けたのだろう。心配そうな面持ちと目が合ってしまった。
「あの……大丈夫ですか? 随分顔色が悪いようですけど」
私と同年代か、少し下かもしれない。清潔感のある短髪にスリムな体型のその男性は、〔業務スーパー〕と印字された紙製の帽子を脱いでこちらに近付いて来た。
「いえ……大丈夫です。すみません」
極力目を合わせない様に答えたが、意外にも嫌悪の情は浮かばなかった。良ちゃんとはタイプが違うものの、つい見上げてしまった人懐っこそうな柔和な表情に、妙な安堵感を覚えてしまう。
「よかったら、ご試食いかがですか? ウチの商品なんですけど」
男性は小走りで店前のブースに戻り、爪楊枝を二本差した鶏の唐揚げを紙皿に乗せて、私の前に差し出してくれた。
「あ……」
熱した調理油と、カリカリの衣から醸し出される醤油の香りが脳を刺激し、空っぽの胃袋が収縮する。生き物の本能か、私はつい、その唐揚げに手を伸ばそうとしていた。その時――
――まだ食べるの? 最近太ったんじゃない?
良ちゃんの言葉が頭をよぎる。そうだ、食べちゃ駄目だ。もう余計な物は食べちゃいけない。
「……すみません!」
紙皿を受け取りかけていた手をもう片方の手で自分の胸の前に引き寄せ、男性に一礼してスーパーの前から退散する。男性は何かを言いかけていたが、私はそれも振り切る様に死に物狂いで駅まで走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます