6-5 決着
周囲の全てが止まっている。動いているのは、俺だけだ。
鎌の刃先で受け止めた死神は、とても不愉快そうに言う。
「別に、剣で殺そうと構わない。素手で殺そうと、毒で殺そうと、誰かを利用しようと、誰かを人質にしようと、この国を滅ぼしたとしても許容しよう。……だが、直鉄的な介入はルール違反だ。神の力を使うことは認められない。我々に許されているのは、何かを利用することと、ダイスを振ることだけだ。違うか? ヤームよ」
ファンダルの右腕の一部が裂け、口のような形状となって声を発する。
「……もう少しで、そこまで届いたものを! おのれ、おのれ、おのれぇ!」
「
死神が鎌を振り下ろし、ファンダルの右腕が斬り落とされる。たちどころに右腕は灰となり、その場から消えた。
あれは、エルペルトが及ばなかったのではない。神の力だったから、斬ることができなかったのだ。
まだよく分からないが、それならばすることは一つだろう。俺は躊躇わず、死神に土下座した。
「頼む! エルペルトを助けてくれ!」
「それは無理だ」
「どんな代償でも捧げる!」
「勘違いをするなよ、呪われし子よ。違反者を罰しただけであり、お前を助けたわけではない。それに……あの者が斬られたのは、お前ができることをやらず、命を惜しんだからではないのか? そのまま覚悟を決めぬのならば、次はあの女が犠牲になるぞ」
「っ」
死神はファンダルの頭を掴み、城壁の外へと放り投げる。
そして、用は済んだとばかりに時は動き出した。
「こんのぉ! ……移動した!?」
「ぐ、ぐああああああああああああ! なぜだ、なぜ宿りしヤーム神の右腕があああああああああ!」
俺以外の誰もが皆、何が起きたのか分からず混乱している。
あれは神の時間であり、本来は見ることのできないもの。なぜか俺にだけ見えたのは、呪いが関係しているのだろうか。
……いや、そんなことはどうでもいい。後で考えればいい話だ。
ゆっくりと立ち上がり、スカーレットに言った。
「右腕を失ったから、今なら仕留められる。……俺たちでファンダルを
「セス……。いえ、分かったわ。必ず、父上の仇を討つわ!」
「あぁ……」
先ほど、エルペルトがやったのと同じように、スカーレットは壁に剣を刺して降りて行く。余程切れ味の良い剣なのだろう。普通の剣ならば、そんな芸当は不可能だ。
はぁ、と息を吐く。心配そうにしているオリーブに、僅かに触れた。
「俺が魂を削るなと言ったから、魔法を使わなかったんだな」
「オリーブ、約束破ッテ、助ケルツモリダッタ。デモ、相手イナクナッタ。何ガアッタノ?」
「そうか、オリーブにも見えなかったんだな。……まぁ大したことじゃないよ。死ぬかもしれないときに、命を惜しんだ情けない自分へ、死神が喝をいれたのさ」
「???」
城壁の縁に立ち、下を覗き込む。炎の剣で、スカーレットがファンダルと戦っていた。
エルペルトならば、と倒れている彼を見て、下唇を強く噛む。流れ出した血を拭い、右手を前に伸ばした。
「精霊の魔法は強い。上級魔法よりも、遥かにだ。……その理由について、俺なりに考察をした。恐らくだが、消費しているものの違いだろう。魔力ではなく、魂を捧げることで、魔法は強化される。違うか?」
「ウン、ソウダケド……」
「なら話は簡単だ。
俺の未熟な下級魔法ではファンダルを仕留めることはできない。だが、それは代償に魔力を支払った場合の話だ。
足りないのならば、足りるもので支払えばいい。届かないのならば、届かせればいい。
二度と、大切な人を犠牲にしないために。
「――プラント・ジェネレイト・ソウルサクリファイス」
樹木や実に花を生み出す魔法の代償に、魂を支払う。
その効果は絶大で、ファンダルの足元から生えた樹は一気に成長し、彼を絡めとったまま大樹となった。
「なん、ですか、これは! ワタクシが、動けない、なんて!」
顔と再生した左腕以外が樹木の中に埋もれており、ファンダルは動きを完全に封じられていた。
抜け出そうとするファンダルの前へ、より強く炎を滾らせながら、スカーレットが剣を構える。
「待っ――」
「――死ね」
一切の逡巡なく、剣は振り切られた。
その炎が移ったのだろう。遅れて、大樹が燃え盛り始めた。
敵軍に動きが無いことを確認し、下へと降りる。
エルペルトの遺体の前で、スカーレットは立ち尽くしていた。
なにを言えばいいのか。言葉を選んでいると、先に彼女が口を開いた。
「……もっと強くなるわ」
声を聞くだけで泣いていることは分かる。
だが、敢えて顔を見せないところに、彼女の強さを感じた。
あの時、躊躇わずに魂を代償として魔法を使用していれば、エルペルトがファンダルの首を斬り落としていただろう。
そんな、あり得ない未来を想像し、振り払った。もう同じ失敗を繰り返してはならないと。
「ファンダルは?」
「たぶん、あのまま燃え尽きるでしょうね」
あの不可思議な体について調べたい気持ちはあったが、黒焦げの遺体から得られるものはないだろう。
仕方ないと諦めて息を吐いたのだが、ふと見た先にあるファンダルの頭と目が合った。死んでいるはずなのに、口が動いている。
ミ チ ヅ レ ダ。
ボンッと燃え盛る樹から音が聞こえる。
目を向けたときにはもう手遅れで、切り離されたファンダルの左腕が、今度こそこちらを貫こうとしていた。
「――だから、まだ未熟だと言っているのです」
そう言って彼は、背を向けていたスカーレットから奪った剣で、左腕を斬り落とす。
ゴホゴホと咳き込み、血を吐きながら、エルペルトは言った。
「咄嗟に身を反らしたのか、鍛えていたからか、運が良かったのか。……どうやら、生き永らえたようです」
グラリと、エルペルトの体が崩れる。
駆け寄り、体を支えた。
「……血で汚れますよ」
「好きなだけ汚してくれ。すぐに治療を行おう」
「まさか、肩をお借りすることになるとは……。身に余る光栄です、セス殿下」
傷は深いだろう。また戦えるようになるかすら、今は分からない。
だが、生きていてくれた。
それだけで十分で、涙が零れ落ちる。
スカーレットも同じなのだろう。顔を背けながら、後へ続いていた。
砦の中へと戻り、エルペルトの治療を任せる。壁に刺さっている彼のエフォートウェポンの回収が終わったところで、大樹は燃え尽きた。周囲に火が移らなかったのは、恐らくアネモスの力だろう。不自然な風を感じていた。
しかし、これで戦いも終わりだ。相手は撤退する。……などと、都合の良いことを考えていた。
「突撃いいいいいいいっ!」
敵軍の将軍かなにかが叫んだのだろう。ラッパの音が鳴り響き、全軍が進軍を始めた。
決死の形相で、全力で、敵兵が向かって来る。ファンダルを倒せば終わりだ。そんな勝手な思い込みをしていた自分が情けない。
「弓兵は前に! 魔法を使える者は準備を……おい、誰だ! 勝手に門を開いたのは!」
許可も出していないのに門が開かれていく。
あぁそうか、今の油断している間に、誰かが侵入して開いたのだろう。悪いことは重なるものだと本でも読んだ。
急ぎ門を閉じなければと、指示を出そうとしたところで、門から黒い兵たちが飛び出した。
「オラオラオラオラァ! オレに続けやてめぇら!」
虎のような黄色と黒の髪をした獣人に続き、次々と兵が出て行く。……いや、現実逃避をするな。あれは幻覚ではなく、本物のティグリス殿下だ。
想定外の人物の出現に混乱していると、肩へ手が乗せられた。
「……ホライアス王国は、あれだけの兵を動かしていたんだ。気付かないはずがないだろう? 近隣の村や町から兵を募り、ティグリスと合流してから戻ってきたのさ。どうだい、僕は頼りになるだろう? 兄さんにお礼を言ってもいいんだよ?」
ドンヨリとした顔で話しかけてきたのは、早くても明日の到着だと予測していたファアル殿下だった。混乱が深まる。
しかし、状況は把握した。一つ深呼吸をし、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、ファアル殿下」
「……まぁ、今回は殿下でいいか。よく頑張ったね、セス。後は兄さんに指揮権を移譲して休んでいなさい」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます。できればですが、うちの兵たちも……」
「順次休ませるから安心するといい。だが、その必要も無いと思うけどね」
必要が無い? 意味が分からず首を傾げたが、疲れが溜まっているせいかもしれない。なにより、エルペルトの傷の具合や、こちらの犠牲についても把握したい。
やるべきことをやろうと、一礼してからその場を後にした。
数時間後。あっさりと敵軍が撤退したことで、ファアル殿下の言葉の意味を理解した。
第一王子ファアルと、第三王子のティグリスが出陣している。その事実は敵にとって想像よりも大きいものだったらしく、ホライアス王国はオリアス砦の奪取を諦めたようだ。
エルペルトも一時は危なかったが峠を越えたらしく、他の部下たちも休ませることができた。今は、二人の兄たちと後処理について話し合っている。
「さすがに報告しないわけにはいかねぇだろ。オレとファアル兄が良いところを持ってったとはいえ、それはてめぇの働きがあったからだからな」
「ティグリスの言う通りだが、セスにはセスの考えがある。君はどうしたいのかを教えてくれるか? 力を貸してくださいと頼むのなら、兄として力を貸すことも吝かじゃない」
「……一度、王都へ戻ります。どちらにしろ、自分で説明をする必要があることと、エルペルトにより良い治療を受けてもらいたいんです」
「分かった。兄さんが最高の治療環境を手配しておこう」
「ありがとうございます」
「……ふむ。お兄ちゃんと呼ばせるのもいいな」
ファアル殿下は古語でなにか呟きながら部屋を後にする。なにか意図を汲み切れていなかったのかもしれないと、体が小さく震える。
ティグリス殿下はといえば、ニヤニヤと笑いながらスカーレットに近づいた。
「よう、そろそろ気も変わったんじゃねぇか? 父親と一緒にオレの陣営へ――ん?」
「セス?」
思わず間に入った俺を見て、二人が目を瞬かせる。
いい加減、自分でも気付いていた。俺は、スカーレットを大切に思っている。人付き合いの無かった俺には、それが恋愛感情なのかまではまだ分からないが、他のやつに渡したいとは思えない。
だからハッキリさせておこうと、ティグリス殿下へ告げた。
「彼女は、スカーレット=アルマーニは俺の大切な護衛です。手を出そうとするのはやめてもらえますか?」
「……へぇ、腹を括ったのか? 面白いことを言うようになったじゃねぇか」
敵だと認識したのだろう。ティグリス殿下は圧を高め、俺の喉を握り潰すように手で触れた。
スカーレットは止めようとしたが、それを俺が止める。
「逆らうとは、喉笛噛み千切られてぇみたいだな?」
臆さずに、力を籠めて答える。
「感謝はしています。ですが、それは退く理由にはなりません」
「回りくどいな。ハッキリ言えよ」
触れている手に力が籠められ、喉が少し締め付けられる。
俺は……同じように手を伸ばし、ティグリス殿下の喉へ触れた。
「俺の大切な仲間に手を出すな。まだ続けるつもりなら、
やってしまった、と心臓はバクバクと音を立てている。だがそれでも、退くことはできない。及び腰になることで、また誰かが傷つくようなことだけは、絶対に認められない。
こちらを睨みつけていたティグリス殿下は、静かに手を放し……笑い出した。
「ふ、震えながらなに言ってんだ? 笑わせてんじゃねぇよ」
「俺は、本気で!」
「あぁ、分かってるさ。……まぁ、そうだな。今回は退いておいてやるよ。わざわざ寝てる子を起こし、敵を増やしても仕方がねぇからな」
それだけ言い残し、ティグリス殿下も部屋を後にする。
ドッと疲れを感じた俺は、ソファへ倒れるように座った。
「疲れた……」
「そりゃ、あのティグリス殿下に舐めた口を聞いたんだから疲れもするでしょう。……でも、良かったんじゃない? あたしたちの頭なんだから、胸を張っていてくれないとね」
珍しく、スカーレットが隣に腰かける。肩に重みを感じ、頭を乗せられているのだと気付いた。
しばしの沈黙の後。ようやく思い至り、口を開いた。
「そうだよね、スカーレットも疲れているよね。エルペルトの傷が癒えるまでは護衛も一人しかいないし、誰か代わりの人をジェイに頼んでくるよ」
「……はぁぁぁぁぁぁぁ。いいから黙って座っててよ」
「う、うん」
なぜかスカーレットは少し怒っており、彼女の言う通りにした。
最初はドキドキしていたのだが、徐々に体の重みが増していき、眠気が押し寄せる。
今日はよく頑張った。今日までもよく頑張った。だから、これからも……。
考えることはたくさんあるはずなのに、それ以上考えることはできず、静かに意識は落ちていった。
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