6-4 地に落ちた最強
その後アネモスは、精霊長として抗議をしてくると姿を消し、残された俺たちは茫然としていた。
「アンマリ燃エナクテ良カッタネ」
「あ、あぁ……」
正直、あれほどの範囲を竜巻で包み、炎を消してしまった衝撃が強く、うまく言葉が出てこない。驚いていないオリーブは樹の精霊だし、燃えなくて良かったなーくらいにしか思っていないのかもしれない。
いや、時間は有限だ。アネモスのことについては後で考えよう。
パンッと強く手を叩いた。
「すぐに被害状況の確認を。恐らく、今日はもう戦闘を行わないはずだ。明日に備え、先に行動を起こそう」
大精霊とはいえ、人の行動を完全に制限することはできない。火の魔法は使うだろうし、樹が燃えることもあるだろう。……しかし、大精霊に逆らって、山火事を起こすようなことはできない。それだけでも、少し安心できた。
実際、読みは間違っていなかったらしく、その後に戦闘は行われなかった。
夜遅く、自室にアネモスが訪れた。
「肩入れしていると思われたくないから端的に述べるよ。森への多少の被害は許容するが、全焼、もしくは大きな被害を与えるようなことはしないでもらいたい。これは、この森を守る精霊長としての言葉だ。反した場合、我が力をもって罰を与える。以上だよ。質問はあるかい?」
いや、と首を横に振る。アネモスは満足げに頷き、姿を消した。
これにて一件落着! ……というわけではない。むしろ、明日からが本番だ。
相手もバカでは無い。情報は得ているはずなので、ファアル殿下の訪れる可能性がある以上、明日の間に砦を占拠したいはずだ。
……長い一日になりそうだなと、息を吐いた。
――翌日。敵の攻撃は、まだ暗い時間から開始された。罠地帯を乗り越え、早く砦へ接近しようという考えだろう。
しかし、その方法はとても褒められたものではない。魔法で落とし穴へ対処してくると考えていたのだが、彼らは愚直に兵を強引に押し進めた。
誰かが罠に嵌まれば罠の場所が分かる。一度使った罠はもう一度使えない。そうとでも言わんばかりに、無理矢理進軍をしていた。
死ぬような罠は仕掛けていない。だから、怪我をした仲間を踏みつけ、先へと進んでいる。ただ見ているだけで、気分が悪くなる光景だった。
だがその胸糞悪さに耐え、指示を出す。
「敵の兵糧は?」
「守りは堅く、近づけないとのことです! 突撃指示をと伝令が来ております!」
「突撃はしなくていい。砦へ戻れる位置まで下がり、横からの攻撃と撤退を繰り返させろ。相手がされたくないことをするだけでいい。楽をさせるな」
「了解!」
直に、彼らは罠地帯を越える。門の裏には兵が集まっており、いざというときは砦から出て、敵軍へ突撃する心づもりなようだ。
しかし、それは厳重に止めてある。こちらは数が少ない。出て戦うよりも、少しでも長く籠城するべきだと最初に決めていた。
昼過ぎ。罠地帯を越えた敵軍は、弓矢が届くギリギリの距離で足を止めた。
なんということは無い。もっとも確実に勝てる方法を、正面突破という手段を、相手が選んだだけの話だ。
すぐにでも始まるであろう突撃の前で、乾いた唇を撫でながら言った。
「……予定より早かったな」
「予定はいつでも未定ですからね。こんなものですよ」
エルペルトの言葉に、彼が言うのだからそうなのだろうと頷く。
敵軍から突撃の声が聞こえ、腕を上げる。上級魔法を取得しているエルフたちが、一歩前に出た。
「準備!」
城壁の上で展開されている魔法の光に気付いたのだろう。敵軍でも魔法の光が輝きだす。
だがそれを気にせず、腕を下ろした。
「放て!」
こちら側と、相手側から魔法が伸びていく。それはぶつかるかと思われていたが、エルフたちの放った魔法は
ドンッ、と勢いよく音がして、大きな壁が屹立する。様々な属性の上級魔法で作り出した壁が、敵軍の進行を阻もうと出現していた。
分厚い壁に、敵の魔法が着弾する。だが効果は薄く、壁への被害は少なかった。
「これで、あのぶっとい柱みたいな壁を壊さない限り、相手は砦へ辿り着けないな」
「罠だらけの森を越える手もありますが、得策では無いでしょう。まぁそうなったとしましても、都合が良いだけですかな」
俺は、こちらの魔法を防御に使うと決めていた。それに対し反論が出るかと思っていたが、誰もが受け入れてくれた。本当にありがたい話だ。
エルフの長と相談して作り上げた複合魔法の壁は、一日や二日で壊せるものではない。後はリックとジェイの指揮に合わせ、森の中を守ればいいだけだ。
予定より早かったとはいえ、時間稼ぎは達成できるだろう。明日、壁が壊されるようなことがあったとしても、砦を一日で落とさせたりはしない。
油断してはいけないと分かっていたのにホッとしてしまった。……だからだろうか。そんな愚か者を誅すると言わんばかりに、巨大な魔法の壁はあっけなく
「……え?」
何が起きたのか分からず、目を白黒させる。ただ壁が壊されたことは事実で、壁があったはずの場所には、一人の男が立っていた。
「まさか、こんなに早く切り札を使うことにはなると思いませんでしたよ」
声は聞こえないが、ファンダルだと確認できる。その右腕は赤い光を放っており、見ているだけで震えが止まらない。
あいつが、あの右腕で、壁を壊した。
事実を受け入れられず、ただ目を見開く。今の状況に頭がついていかない。
「セス司令! 戦闘準備を行わせます!」
シヤの言葉に頷くこともできない。だからせめて返事をしようと思ったのだが、
つまり、あれは明確な死だ。ティグリス殿下や、ファアル殿下と出会ったときと同じく、俺の命を刈り取る可能性のあるものだ。
喉に触れながら、エルペルトとスカーレットを見る。
気付いてくれたのだろう。エルペルトの判断は早かった。
「スカーレット! セス殿下の護衛を!」
「任せて! 父上は?」
「――あれを斬って来ます」
言うが早いか、エルペルトは剣を抜く。だが、行ってはならないと彼の服を掴もうとしたが……宙を掴んだ。
城壁に剣を刺し、そのまま下へ降りたエルペルトは、真っ直ぐにファンダルへ駆けて行く。彼の直感も、あれは殺さねばマズいと判断しているのだろう。
僅かにファンダルの体が動き……矢のように飛び出した。
ドンッという音が聞こえ、覗き込む。ファンダルに吹き飛ばされたエルペルトが、地面で片膝を着いていた。
「さすがは先代剣聖ですね。ワタクシを脅威と認めるのが早い!」
「動きには自信があるようですね。……私もです」
二人は弾けるように動きだし、戦闘を開始する。
明らかにファンダルのほうが動きは速く、エルペルトは追い詰められると思っていたが……決してそんなことは無かった。
いや、むしろ押しているのではないだろうか。
「力や速さでは負けているけれど、経験と技の錬度が違うのよ」
スカーレットの言葉を受け、エルペルトの動きをさらに注視する。
ファンダルの力任せに振られる右腕は、喰らえば致命的だろう。だがそれを、最小限の動きで避け、逸らし、斬り込んでいる。
先代剣聖エルペルト=アルマーニ。
その全力を、俺は初めて目にしていた。
「勝てる……」
拳を強く握る。すでに、エルペルトの負ける姿が思い浮かばない。どう足掻いても、ファンダルは斬り伏せられるだろう。
しかし、なぜだろうか。いつまで経っても勝負がつかないのだ。
不思議に思っていると、後方へ飛んだエルペルトが、汗を拭いながら言った。
「驚異的な再生能力をお持ちのようですね。恐らく核はその右腕だと思われますが、傷一つつかないとは」
「……クククッ。それはそうですよ。この右腕は、多くの兵たちの命を捧げて召還した、ヤーム神の右腕ですからね」
神の右腕、という言葉よりも気になったことがあり、城壁から叫ぶ。
「待て! 兵の命を捧げたとはどういうことだ!」
「……言葉の通りですよ、生贄として捧げたのです。甘ちゃんな能無し王子が、できるだけ被害を減らそうとすることは想像できていましたからね。怪我人を捧げるのは、とても簡単なことでしたよ。クククッ」
力が抜け、両膝を着きかける。犠牲を減らそうと考えていたのに、それは全て意味の無いことだった。
撤退など、最初からさせられなかったのだ。なんせファンダルは、怪我人が出ることを望んでいたのだから。
強く、とても強く拳を叩きつける。怒りのままに、俺は命令を出した。
「エルペルト! 巨悪を打ち取れ!」
こいつは敵だ。生かしておくことはできない。
まだエルペルトには、ファンダルを倒す手が思いついていない様子だが、いずれ見つけ出すことは間違いない。俺は、そう信じている。
チラリとこちらへ目を向け、エルペルトは頷く。
「お任せください、セス殿下」
「隙を作りましたね?」
言葉と同時に、ファンダルの左腕が
時間がゆっくりと流れている。こちらへ飛んでくる左腕は形を変え、先を槍のように尖らせている。この軌道と速度では、瞬き一つする間に、俺の胸を貫くだろう。
スカーレットは剣を抜き、左腕を斬り落とそうとしている。だが、たぶん間に合わない。
……どこで失敗したのか? 恐らく、勝てるかもしれないという油断と、多くを犠牲にしたという怒りで、死の恐怖を乗り越えたつもりになったときだろう。強くなったわけでもなく、覚悟もできていないのに。
ただ己の未熟さと反省点だけを思い浮かべていると、鈍い音と共に時の速さが戻る。
俺に放たれた左腕は刺さることなく、剣で壁に縫い付けられていた。
ファンダルに背を斬り裂かれたエルペルトが、どこか満足そうな顔で倒れる。
それを、ただ見ていた。俺の信じた最強が、地に落ちる姿を。
背中から羽を生やし、城壁の上へ飛んだファンダルへ、スカーレットが斬りかかる。だが避ける必要もないのだろう。
彼女の剣では傷一つつかず、ファンダルは俺の胸に向け右腕を伸ばした。
「サヨウナラ」
なんの抵抗もなく俺の胸を貫くはずの右腕は……なにかに阻まれる。
ゆっくり後方へ振り向くと、そこには
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