4-4 精霊との契約を目指して

 翌日の早朝。予定外なことで予定が狂いはしたが、この日は森に入り、精霊との契約を目指すことになっていた。


「精霊っちゅーのはな、偉い存在やねん。だから、敬意を持って接さなければあかんし、わしらから会いに行くのが礼儀なんや」

「それは知っているけど……それよりも、リックはいつ集落へ戻って来たんだ? 仕事があるって言ってなかったか?」

「決闘を見るため、昨日は休みにしたんや! お陰で今日は仕事や!」

「働け」


 こんなやつばっかりかよ、と息を吐く。

 しかし、リックが先導してくれるのは助かる。彼はこう見えて、上級魔法の使い手だ。

 実際、その後の説明も丁寧に行ってくれた。


「周囲の精霊を束ねてる精霊が必ずおって、『精霊長』って言うねん。まずは、その精霊へ挨拶に行って、他の精霊と契約する許可をもらうんや」

「あれ? それじゃあ、大精霊ってのはなんだ?」

「大精霊は一等級と二等級の精霊のことで、精霊長をやっているのも、ほとんどは大精霊やな。三等から五等は小精霊で、契約してくれるのはほとんど小精霊や」


 魔法についてはともかく、精霊については秘匿されていることが多い。だが、そこはさすがエルフというか。彼らにとっては常識らしく、簡単に教えてくれた。

 ふと、背中にしがみついている少女の事を思い出す。


「ミスティの契約している精霊は二等級って言ってたよな?」

「せやねん。わしでも三等級やからな。ミスティの契約精霊は、集落で五本の指に入るでー」

「めっちゃすごいやん……」


 末恐ろしいチビっ子だなと、背中で笑っているミスティへの驚きを隠せない。大精霊との契約って、なんかもう響きがすごい。


「この辺りの精霊長はシルフで二等級。風の大精霊やねん。ミスティが契約してるのも、その精霊長や」

「ってことは、この辺りで一番すごいやつかよ!」


 俺の言葉に、ミスティは苦笑いを返した。


「残念やけど、うちが契約している精霊さんは一番じゃないでー」


 もっとすごいやつがいるの? と目を見開いたのだが、リックは渋い顔をしていた。

 なんとも言いづらそうにリックが言う。


「一等級の大精霊がおんねん。ドリアードなんだけどな? こいつがまた、五年くらい前まで人間に捕まってたらしくて、大の人間嫌いなんよ。会うことはないと思うけど、もし見かけたら全力で逃げんとあかんで。まず会わないと思うけど、いざというときはエルペルトさん、セス殿下の護衛は任せたからなー」

「かしこまりました」

「任せてよ!」


 なぜかスカーレットも反応を見せたが、昨日のことを引きずっており、エルペルトに対抗しているのだろう。可愛いところがあるもんだ。

 しかし、エフォートウェポンを持たない彼女に、魔法を防ぐ術は無い。俺たちはエルペルトに守ってもらいながら、全力で逃げるしかないだろう。

 元気出して? と肩へ手を乗せると、スカーレットは口を尖らせた。


「……そのうち、あたしだってエフォートウェポンの一本や二本手に入れてやるわよ」


 二本も持ってるやつがいたら大変だろ、と心の中で思った。



 リックに案内されて辿り着いたのは開けた場所で、そこには祭壇があった。とはいえ、自然物で作り上げられたもので、そこにあるのが当たり前のように感じられた。

 大きな石、二本の木。

 たったそれだけの簡素なものだが、この辺りだけ空気が澄んでいるように思える。

 きっと、なにか食料や酒と共に祈りをを捧げ、精霊を呼び出し――。


「精霊長さんおるかー?」

「台無しだよ! 酒場に来たおっさんかよ!」

「お、おぉ?」


 リックの気安い態度にショックを隠せない。本当にガッカリだよ! 失望した! もっと格好良く呼び出してくれ!

 しかし、現実とはこんなものなのだ。数分して、ようやく甘んじて受け入れられる精神状態になったのだが、リックは腕を組みながら首を傾げていた。


「んー、ダメみたいやな。ミスティ頼めるか?」

「うちに任せてなー」


 意気揚々と前に出たミスティは、口を少しだけ細め、口笛を鳴らした。

 鳥の鳴き声のような、美しい口笛だ。この風景にも良くあっており、こういうのが見たかったんだよと、思わず聞き入ってしまった。


 しばし経ち、口笛が止まって拍手をする。すぐ隣からも拍手の音が聞こえ、目を向けると……フワフワと浮いている、明らかに人間じゃない美しい男がいた。


「ミスティの口笛はいい……、風に乗ってどこまでも響き渡る……、芸術点が高い……、少女なのも加点する……」


 エルフも美しいが、彼らよりも神秘的なオーラを感じる特殊な存在。

 息を一つ吐き、エルペルトに言った。


「エルペルト」

「はい」

「危険人物だ、牢屋にぶち込んでくれ」

「ちょちょちょちょちょちょーっと待とうか!?」


 明らかに動揺し始め、やはりなと確信を持つ。

 こいつは、なんか神秘的な感じはするけど、かなりヤバい変態だ。間違いない。放置しておいたら大変なことになる。

 しかし、変態は動揺しながら言う。


「よ、呼んだのはそっちだろ!? ほら、精霊長だよ、精霊長! この辺りの精霊を統括している偉い大精霊! それがボクさ!」

「少女は?」

「世界の宝!」

「斬っていい?」


 スカーレットの言葉に頷くと、変態はさらに慌て出した。


「頼むから話を聞いておくれよ! 少年少女が好きな変態じゃないから!」

「じゃあ、スカーレットはどうだ?」

「圏外かな」

「斬るわ」

「待ってえええええええええええええええ!?」


 そのあまりにも情けない態度を見て、薄々気付いてはいたが、本当にこいつが? と思ってしまう。

 俺はいまだ信じられないままスカーレットを止め、ミスティに頭を撫でられている半泣きの青年に聞いた。


「……あなたが精霊長?」

「そ、そう! ボクがこの辺りの精霊を統括している精霊長! 今はまだ二等級、将来は一等級! 風の大精霊、アネモスとはボクのことさ!」


 今、自分はどんな顔をしているんだろう。精霊という存在へのひどい落胆を感じながら二歩ほど下がり、大精霊アネモスに言った。


「そうですか。初めまして、セス=カルトフェルンと申します。自分と契約できる精霊などがおりましたら、ご紹介いただけないでしょうか? あぁでも、精霊長さんは忙しいですよね? 他の方にご案内いただければと思います」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。そのジトッとした目とか、後ろに下がったこととか、話し方が他人行儀なこととか、さりげなく他の精霊に変えてもらおうとするところとか! 一体、ボクのなにが不満なのさ!?」


 少年少女への実害があったわけでないのなら、不満という不満は無い。

 いや、これは好みの問題だな。頭を下げる立場なのだからと思い直し、笑顔で告げた。


「失礼しました。初めて精霊と会ったもので、少々面食らっていただけです」

「ふーん、まぁ謝ってくれたからいいけどさ。それに、ミスティやリックから事前に話を聞いていたからね。……セスだっけ? 変な呪いにかかっているらしいじゃないか。どうしてもって頭を下げるなら、ボクが契約してやらないこともないぜ! 大精霊の24時間警護さ!」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい!?」

「本当にごめんなさい」

「本当にごめんなさい!?」


 仲良くなりたいし、頭なんていくらでも下げてやる。呪いの対策だって急務だと理解している。

 だが、大精霊アネモスと24時間一緒にいることを想像すれば、正直ご勘弁願いたい。日々、違う意味で精神力を削られそうだ。


 深々と頭を下げていると、アネモスは頬を膨らませながら言った。


「ふーんだ! なら、契約してやんないからなー! 本当にしてやんないぞー? いいんだなー? 他を紹介しちゃうよー?」

「よろしくお願いします、アネモス様」

「……え、マジで? 大精霊との契約を――いや、そういうことか。ボクは成長しきっているもんね」


 なにかを理解したのか、アネモスは何度か俺とミスティを見て頷く。

 そして、優しく肩に手を置き、こう言ったのだ。


「同志よ」

「もうやだあああああああああ! 帰る! 本当に無理! こいつの仲間にはなりたくない!」

「セ、セス殿下落ち着いてください。これでも、この方は大精霊です」

「これでも!?」

「たまに子供見てニヤニヤしていたり、好みの子供以外とは契約せんかったりする変態やけど、めちゃんこすごい大精霊なんやって」

「変態!?」


 しばし経ち、エルペルトとスカーレットの努力で落ち着きを取り戻した俺と、ふてくされていたがミスティに頭を撫でられ立ち直ったアネモスは、改めて話し合いの場に立った。


「先ほどは失礼しました、アネモス様。それでよろしければ、精霊と契約をさせていただけないでしょうか?」

「絶対に嫌だね! 誰も紹介しないからな! ……うそうそ、だからミスティ怒らないで? し、仕方ないなぁ。ボクとは相性が悪そうだから、適当に紹介するよ」

「……ありがとうございます」


 釈然としない気持ちのまま、アネモスに案内され、精霊たちと会う運びとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る