4-3 親子喧嘩は最大の見世物

 久々にエルフの集落を訪れる。例の裏道からだったので、普通に向かうよりも早く辿り着くことができた。

 現在、この集落で生活している者は減っており、砦で働いている者が増えている。砦のエルフたちは、休みになると集落へ戻り、家族で団欒を過ごしているらしい。


 後は、この辺りの探索を行っているエルフたちや、混成部隊も、エルフの集落を間借りさせてもらっていたり、森の中へ山小屋を作って仮設住宅にしているようだ。

 変化を肌で感じていると、ミスティがニッコリ笑った。


「長たちが待ってるで!」

「うんうん」


 ミスティに腕を引かれると、自然と笑みが浮かんでしまう。俺が普通の家庭に産まれていたら、弟や妹とこんな関係を築けていたのかもしれない。そんな妄想が浮かび上がる。

 しかし、そんなものはないのだ。現実は非常である。


「……なんでニコニコしたり、落ち込んだりしてるのよ」

「全部落ち着いて、誰かが王位に就いたら、普通の家庭を築きたいな、って思っていただけだよ。その時には、俺も王位を失っているからね」


 もちろん最低条件に、殺されないことや死なないことはあるが、そこまで無理な願いでは無いように思える。たぶん、心強い仲間を得たからだろう。

 だが俺のそんな大きい夢に、スカーレットは肩を竦めた。


「どうせなら、もっと大きい理想を抱きなさいよ。王族全員の弱味を握って、全員手を出せないような影の支配者になってやる! みたいなやつをね」


 バンバンと肩を叩かれ、スケールの違いに笑いが出る。


「いや本当、スカーレットの奔放さには憧れるよ。俺もそのくらい大きなことを言えるようになりたいな」

「褒めてる? バカにしてる?」

「もちろん褒めてるよ」

「ならいいわ!」


 一人で生きていけそうなくらい強くて、誰が相手でも自分の意思を曲げない。俺には無い部分を持ち合わせているからこそ、スカーレットに憧れるんだろうなぁと、冷静に分析をする。……ただ、もう少し謙虚なほうが生きやすそうだなと素直に思った。

 なぜかミスティに腕を抓られ、悲鳴を上げつつ進むこと数分。扉に赤い布を下げている家の中に、長たちはいた。


「どうも、ご無沙汰してます」

「久しぶりやな! 元気そうでなによりや! ……でもな、わしらの雇い主になったのに、腰が低い商人みたいな登場はやめてもらえんか?」

「ふーははははは! 久しぶりだな長たち! セス=カルトフェルンが――」

「やっぱりさっきのでええわ」

「あ、はい」


 期待に応えたつもりだったが、どうやら違ったらしい。

 そのまま手前に座ろうとしたら、上座に座れや! と怒られる。なんでエルフが上座にうるさいんだよ……と思いつつ、言われた通りの場所に座った。

 俺が座ったのを確認し、長が口を開く。


「で、呪いについてはよく分かってへん。ミスティがちょいちょい体を調べてるやろ? その報告を元に話し合っているんやが、なんせ文献とかがあらへんからな。とりあえず、もうちょっと調べてみるわ」

「ミスティが?」

「子供なのに? みたいな顔をしとるが、ミスティは魔法に関しては天才的でな。契約している精霊も二等級と、わしらの中でも最上位に入ってん」

「へぇー。ミスティはすごいんだな」

「えへへ。うち結構やるんやで!」


 司令室をうろちょろしたり、エルペルトを手伝ってお茶を注いだり。そんなイメージしか無かったが、ちゃんと理由があって俺の傍へ寄越されていたんだなぁ。

 小さな天才児へ素直に感心していたのだが、よく考えるとここ最近は天才ばかりに出会っている気がする。エルペルトとか、スカーレットとか、ミスティとか、ティグリス殿下とか。もしかしたら、他にも隠れた天才がいるかもしれない。


 今苦労しておけば、将来は安泰だな。優秀な部下たちに全て任せ、働かない生活を送れそうだと、満面の笑みを浮かべる。小声でエルペルトが言った。


「セス殿下、顔が緩んでおりますよ」

「おっと、失礼。……それで、精霊と契約して呪いをなんたらって聞いてきたんですが」

「あぁ、その通りやねん。ただ、精霊に呪いを解いてもらうっちゅーわけじゃないで? 呪いが魔法なら可能かもしれんが、それすら分からんからな。とりあえずは、危機的な状況にあったとしても、魔法が使えたら身を守れるかもしれない、ってことや」

「なるほどなるほど」


 確かに、手は多いほうがいい。それに、魔法ってものに憧れが無いと言えば嘘になるだろう。男の子だからね。

 契約について話していると、スカーレットが勢いよく手を上げた。


「あたしも契約したいわ! それで魔法剣士になるの!」


 別に、魔法剣士が珍しいというわけではない。エルフの剣士なんて、ほとんどは魔法剣士だ。

 適性があるかは分からないが、別に構わないだろうと思っていたのだが、珍しくエルペルトが反対の意を表明した。


「……まず、剣の腕を上げるべきではないですか?」

「そうね、父上の言うことに間違いはないわ。でも、それは魔法を使えてはいけない理由にはならないでしょ?」

「剣の修業が疎かになると私は思います。なので、まだスカーレットに魔法は必要ありません」

「それを決めるのはあたしよ」

「「……」」


 あれ? なんだろう、空気が重い? もしかして、親子喧嘩が勃発しかけている? 大丈夫?

 気付けば二人は向かい合っており、その間に俺が立っている。他のやつらはそっと離れていた。

 視線を左右に動かし、手で小さく冷静にと示しておく。もちろん効果は無い。


「父上は考えが古いのよ。剣も、魔法も、なんだって使えたほうがいいに決まっているわ。選択肢が増えるということは、強くなったということよ。父上もそう教えたじゃない」

「私が教えたのは、強くなれば選択肢が増える、です」

「どっちも同じよ」

「いいえ、違います。ただ選択肢を増やすだけであれば、悪い結果を増やす可能性が高いのです」


 我が護衛の二人が、我が陣営で最強の二人が、今目の前で決裂しようとしている。

 ここは毅然とした態度で止めねばと、震えながら声を発した。


「ふ、二人とも冷静に――」

「表に出なさい、スカーレット」

「父上に恩返しをする日が来たようね。師匠越えってやつを見せてやるわ」


 二人はバチバチに睨み合い、そのまま外へ出て行く。慌てて追いかけたが、すでに斬り合いは始まっていた。マジ勘弁してください。


 しかも、それだけではない。

 エルフたちが集まり、そのうちの一人が上級魔法を使用して地面をへこませ、まるで決戦場のようなスペースを作った。完全に上級魔法の無駄撃ちである。


「串肉~串肉いらんか~」

「ワインあるで、ワイン! 砦でもらったワインあるでー!」

「現在、8:2! エルペルト8! スカーレット2や! はったはったー!」


 エルフ逞し過ぎない? と思っていたら、混成部隊のやつらも混じっていた。どうやら人もエルフも、こういったことは大好きらしい。

 いつの間にか用意された特等席へ座り、二人の決闘を観覧しながら呟く。


「……俺の契約どうなったの?」


 誰も答えてくれるはずがなく、額に手を当て深く息を吐いた。



 勝負の結果については、スカーレットの十戦十敗。さらに泣きの一回を五回やったことで、十五戦十五敗で終わった。

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